ep13.5 【番外譚】思い通りにいかない関係

※本編読了後推奨。ep数は時系列です。




「なぁハーシュ。アイツ、大丈夫なのか?」


 飛行訓練を終えたハーシュが部隊員たちと厩舎前を歩いていると、ダングリッドが声をかけてきた。


 ダングリッドがハーシュに『アイツ』と言う場合、該当者はひとりだ。


「……どーすかね、グレイのやつ。帰ってきてからずっと塞ぎ込んでる感じですけど」

 ハーシュは、わりとどうでもよさそうな感じに返事をした。




 最近のグレイは気味の悪い笑みを浮かべながら、メルロロッティ嬢への婚約申し込みの書状を宿舎裏手でひたすら燃やしている。

 訓練場にまで煙が来ていい迷惑だ。一度注意した方がいい。


「そうだよなぁ。慣れない王都で苦労しただろうに、お嬢の婚約破棄まであったからな。心労が溜まってないといいが……」


「…………そーすね」

 グレイの様子がおかしいのは、マジでどうでもいいお嬢の想い人とやらで悩んでる挙句、ワンナイト禁止令が発動してるからです。


 と、心の中で説明するだけにして、ハーシュは苦笑いした。


 飛竜騎士団では暗黙の了解として、飛竜騎士団団長にして眩いほどにピュアなダングリッドに下世話なネタを振ることを禁止されている。

 グレイなど、ダングリッド自身から名前が出ない限り存在自体が下世話の象徴、NGワードだ。


「ハーシュ、今度グレイを飲みにでも誘ってやれ。お前が一緒なら外出許可くらいは降りるだろ。俺からもお嬢に頼んでやるから」


「……はぁ。でもアイツ来ないと思いますよ」

 外出許可が出ても外泊許可が出ないなら、一夜の相手探しはできない。

 だから、グレイは来ない。


 グレイは良い男となれば、誰とでも寝る無節操だが、絶対に相手を軽んじない。一発ヤるだけヤッてはいサヨナラ、なんて雑な一夜の過ごし方を好まないのだ。

 グレイは相手に尽くすタイプだ。相手に拒まれない限り、夜明けまでは必ず傍にいたがる。

 オレ相手でも必ずそうしていた。王都でも変わらずだった。

 なんか知らんが、アイツのポリシーなのだろう。


 まあ、要するに結論。絶対来ない。




 ハーシュはそんなことを思いながら、ダングリッドに適当に返事をして、この話を終わろうとした、のだが。


「今日これから行けばいいじゃないですか、ハーシュ君」


 後ろから聞こえたその涼やかな声にハーシュは思わず眉を顰め、この上なく嫌そうな顔をする。


 振り返ると案の定、その美しく整った顔に微笑みを讃えたクラウス飛竜騎士団副団長がいた。

 出たよ。めんどくさい人……


「……オレ今日は用事あるんで」


「フフ。今日で第五飛竜隊の当直終わりですもんね。早上がりですし、いつもの酒場に行くんでしょ?」


「……ひとりで行きたいんで」


 出会い目的の男たちが通うことで有名な酒場だ。ハーシュも勿論それ目的。

 グレイにその気がなくとも、あんな顔のが横に居たら誰も釣れるわけがない。


「なんだ、飲みに行くならグレイも誘ってやれよ」

 罪深きダングリッドの後押し。


「そうそう、お友達見つけるなら3人で愉しめばいいじゃないですか。この時間なら門限前までには存分にやることやって、もどってこれるでしょ」

 ダングリッドには絶妙に伝わらない言葉選びで、クラウスはハーシュに言い含めてくる。


「おぉ、いいじゃないか。賑やかならグレイも喜ぶだろ」


「グレイ君は両方いける子ですからね。同時にやってみたりするのも、刺激的で愉しいと思いますよ」


「そうだなぁ。新たな出会いってのは刺激的で悪くないもんだ。気分転換には良いんじゃないか?」


「あ、団長もそう思います?僕もまったく同意見です」


「クラウスさん、噛み合ってるフリして全然噛み合ってない話するのやめてください」

 忌々しげに睨むハーシュに、クラウスは微笑みを崩さぬまま、可愛く小首を傾げてとぼけた。


 このふざけきった男に未だ槍の手合わせで勝てないことに、ハーシュはいつも情けなさと苛立ちを覚える。




「……そもそも、オレはグレイの保護者じゃないんで。毎回アイツのこと頼まれても困るんですけど」


 もうこれ以上踏み込むな

 を言葉と態度に滲ませてハーシュはふたりを牽制した。


 が、ダングリッドはそんな機微に気づくはずもなく。

 クラウスは涼しい顔であえての無視。


「でもお前、見習い同期の中でも一番アイツと仲良かっただろ」


「そうですよ。ほら、繋がりだって一番ですし。騎士団内に勝てる人いないでしょ」


 ……また要らん小ネタを挟んできやがった、この男!


「え、繋がり?ハーシュはマクベール家だよな。グレイのノートリック家とは遠縁か何かなのか?」


「フフ、違いますよ団長。繋がりが一番っていうのは回数的な意味です」


「クラウスさん、本当に黙ってください。とっちらかる」

 頭の上に疑問符を並べるダングリッドを横目に、ハーシュは苛立ちを隠さずクラウスを黙らせようとする。


「おや、怖い顔。では、おしゃべりはここまでにして。ハーシュ君に伝達事項があって来たんです」

 ハーシュの威嚇を笑顔で軽やかに受け流し、クラウスはようやく要件を口にした。


「ハーシュ君、帰領してから辺境伯城の宿舎で寝泊まりしてますよね。許可はしますので届出を提出するように」


「……はい」


「グレイ君が何者かに狙われてる件で心配なのはわかりますが、一応規則ですので」


「……わかりました」


「それから。先日グレイ君がスノーヴィアにもどったことを聞きつけた商家の男が、彼を買いたいとまた乗り込んで来たそうですね」


「……片づけときました」


「似たようなこと前にもありましたが、報告してください。把握しておく必要があります」


「……クラウスさんが把握する必要ないでしょ」


「ありますよ。まるで姫君を守る騎士物語だ、僕の大好物です」


「……やっぱ喧嘩売ってんだろ、アンタ!」

 ハーシュは舌打ちして、クラウスを正面から睨む。


「売ってませんよ。ハーシュ君とグレイ君の関係が素敵だなと思ってるだけです」


 一度もその微笑みを崩さないクラウスと、無遠慮にいじられて怒気を露わにするハーシュ。

 ふたりの間に緊張した空気が張りつめた。




「隊長!今グレイさんの話、してませんでした!?オレもまぜてください!」


 そんなふたりの間に。

 空気を全く読めないコルトーがひょっこりと顔を出した。


 ハーシュはその緊張感のない声音に拍子抜けした顔になり、そのまま心底げんなりした表情をした。

 めんどくさいのがまた増えた……


「おや、コルトー君。ふたりのことが気になるんですか?」

 ハーシュの視線が逸れたので、クラウスもまた視線を逸らし、新たな乱入者を快く迎え入れる。




 コルトーはサンドレア王都へ護衛任務に行って以来、グレイに傾倒しているようだった。

 何せ竜騎士見習いを卒業して久しい従者の身でありながら、あのはねっかえり赤飛竜マルテを容易く手懐けてみせたのだ。

 グレイはコルトー同様に他の竜騎士たちと比べ小柄だ。

 それも相まりハーシュ隊長への尊敬とは別に、グレイには特別な憧憬を抱いているのだろう。


「隊長とグレイさんって仲良いんですよね!? 王都でも朝まで話し込んでたみたいなのに、そのこと全然教えてくれなくって。オレだってまざりたかったのにー!」


「おやおや、王都で朝まで? コルトー君がまざるのはまだちょっと早い気はしますが。王都でのこと、まずは詳しく聞いてみましょうか」


「なぁ、それよりクラウス。さっきの繋がりの回数って何のことだ?」


 そして話題が四方八方に散らかりはじめたところで、ハーシュの我慢が限界突破した。


「だーっもうっ! 全員ちょっと黙れ!

 コルトー。擦り切れた手綱の交換しとけって言っただろ。さっさと終わらせてこい。

 クラウスさん。アンタは次の手合わせで絶対ボコボコにするんで覚悟しといてください。

 ダングリッド団長。一応グレイには声かけときますが、期待しないでください」


 捲し立てるようにハーシュはそれぞれに言葉を投げつけ「はい、解散!」と怒り任せに言い放つと、その場を足早に去っていった。




 コルトーは隊長からの言いつけを思い出したようで、慌てて団長と副団長に一礼すると、自分の飛竜のもとへ走りもどって行く。


 ダングリッドとクラウスはそんな彼らの背中を見送りながら、その場に取り残されることとなった。


 そして、遠くなったハーシュの背中を眺めたまま、ダングリッドはクラウスに何となく尋ねる。

「……なぁクラウス。アイツらってもしかして別れたのか?」


 その質問にクラウスは一瞬ぽかんとし、軽く吹き出してダングリッドの問いに答える。

「フフ。団長そういうの、いつも見当違いで当たらない自覚あるでしょ。ハーシュ君とグレイ君はそもそも恋人でも何でもないですよ。だから付き合ってもいないし、別れてもいません」


「え、違うのか!? 見習いの頃から俺はそうとばかり……」

 ハーシュの背中を見送りながら、ダングリッドは頭を掻いた。


 そんなダングリッドにクラウスは朗らかに微笑みながら、心の中で呟く。


 ほらね。

 あのダングリッド団長だって、彼らの特別な関係に気づくんだ。




 はじめて竜騎士見習いとしてハーシュとグレイに出会った時、クラウスは並ぶ彼らを見て思ったのだ。


 このふたりは、きっと。

 誰もが羨むような関係になる。

 互いに信頼し、高めあい、求めあい、守りあう。


 何にも断ち切られることのない、特別な関係になる、と。


「……団長。正直に言うとね。僕もあのふたりは恋人になるだろうって思ってたんです」

 クラウスもハーシュの背中を眺めながら、言葉を続けた。


「俺はともかく。クラウスがそういうのを外すのは珍しいな」


「ええ。自信あったのですけど、ね」


 でも、彼らはそうならなかった。

 関係が今以上進むことは、なかった。


「……多分、ハーシュ君とグレイ君は順番を間違えたんです。

 出会ってすぐ、互いに下心で関係を持って。でもその後すぐに、居心地の良さを知って、相性の良さを知って。替えのきかない存在だと気づいてしまった」


 安易で脆弱な、すぐにでも手放せる関係を持ったのに。

 その相手が自分にとってあまりに特別な存在だと、後から自覚してしまったのだ。


 だから。若さ故に焦ったのだろう。


「今の心地よい関係が壊れることを恐れて、慌てて恋心にフタをしたんだ。

 決して相手を傷つけず、何かあれば気軽に傍にいてやれる。唯一無二の関係を保つために、それ以上踏み込むことをやめたんです」


「……それじゃ互いの一番になれないだろ。ふたりはそれで幸せなのか?」

 ダングリッドはクラウスの言葉に難解そうな顔をした。


「グレイ君は、ハーシュ君が踏み込まないから自分も踏み込まない。彼は他人に聡いくせに自分に疎い。踏み込まれないと、相手をどう思ってるのか自分で気づけないんだ。

 ……でもハーシュ君は違う。嫌と言うほど自分の気持ちを自覚しながら立ち回ってますよ」


 ハーシュはあれで慎重で臆病な性格だ。

 何せ自分の部隊員には手を出さない、なんて操を立てるような男なのだ。


「恋人になろうものなら、性格上いつかグレイ君を軽率な行動で傷つけるのでは、と怖かったんでしょう」




 口では「保護者じゃない」なんて邪険にするくせに、誰よりも彼のことを見ていて。

 王都への護衛任務だって自ら志願して迎えに飛んで、一番に会いに行って。


 だから見ていてもどかしい。つい、口を挟んでしまう。


 今ならいくらでも踏み込んでいいのに。

 どちらかが言葉にするだけで、ふたりはお互いの一番になれるかもしれないのに。


「ま、存外ハーシュはそれでいいって思ってそうだけどな。駆け引きだの何だの……小難しいこと苦手だろ、アイツ」

 ダングリッドは大らかに笑いながら言った。


「フフ、実は僕も同意見です。ハーシュ君は不器用ですからね。現状維持を、もう選び終わっているのかもしれません」


 そして、グレイが誰かの隣で幸せな顔をしていたら。


 ハーシュは結局、すんなり受け入れるのだろう。

 グレイの幸せを祝福して、心から喜んでしまうのだろう。


「グレイ君はモテますからね。そのうち本気で恋した誰かに取られちゃいますよ」


 そうして、フタをした恋心は二度と開くことはないのだ。




「……ねえ、団長。もし今あなたが自分の後継を推挙するなら誰を選びますか?」

 クラウスは見えなくなったハーシュの背中からダングリッドへと視線を移した。


「ん? まぁ、ハーシュだろうなぁ。まだ若いがアイツはいい。飛竜が大好きだし、強くあることに貪欲だ。あと、後輩の面倒見もいいしな」


 ダングリッドがこのことを言葉にしたのははじめてだが、これはクラウス含め他の竜騎士たちも周知していることだ。


 ハーシュが異例の抜擢で第五飛竜隊を任されているのもそれが理由だ。

 第五飛竜隊は隊長がハーシュ、副隊長が不在で、隊員はすべて有望な若手で構成されている。

 ベテラン竜騎士が不在な部分は、飛竜騎士団副団長であり第二飛竜隊の隊長であるクラウスがたまにフォローに入る。


 未来の飛竜騎士団を担うための人材育成を目的とした部隊なのだ。


「ハーシュ君が飛竜騎士団長になるのであれば。僕は自分の後継をグレイ君にするつもりでした」


 飛竜騎士団の部隊構成を担当しているのはクラウスだ。

 第五飛竜隊に副隊長がいないのは、クラウスの諦めの悪さからだった。


 何故かご令嬢の専属従者を望んだ彼が、騎士団にもどってくるかもしれない。

 竜騎士として優秀で、男癖は悪いが、愛嬌があって人たらしで。自身の心より他人の心に聡い。


 少し自分と似たところのある後輩に、クラウスはいまだに期待してしまうのだ。




「……ほーんと、腹立たしいですよ。あの子達は。思い通りにはいかないものですね」


 クラウスはダングリッドに微笑みながら、溜め息まじりにつくづくもどかしさを感じ、愚痴を溢した。

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