ep42 【最終話】愛おしい世界で
改めて行われた話し合いで、俺は正式にアルヴァンドの伴侶としてマルゴーン帝国に迎え入れられることになった。
帝国は自由恋愛の国らしい。同性婚も異民族婚も異種族婚も、どーんと来いとのこと。
素晴らしいね。
後々聞いた話によると。
スノーヴィア辺境伯城に到着してすぐ、令嬢右ストレートで俺が気を失った後。
アルヴァンドはそこにいる全員の前で、俺をいかに愛しているかを語り、伴侶としてノートリック家の嫡男を貰い受ける許可を求めたのだそうだ。
つまり。ハーシュの野郎はそれを知ってて、俺に「二人が親睦を深めてる」などと言ったのだ。
ハーシュもメルロロッティ嬢と同様に、俺に怒っていた。
自分をゼクスの異能力から救うため、俺がヴィルゴにつき従って行ってしまったことが、よほど気に食わなかったらしい。
決まった相手を作らないハーシュだが、俺のことは特別気に入っていたから、なおさらだったようだ。
……なんとなく知っていたけれど。
罪深いな、俺。
+++++
そして、俺たちがスノーヴィア領から帰る日はあっという間に訪れた。
アルヴァンド含め、見送りに来た全員の前で。
こともあろうかハーシュは俺の唇を奪い、長ーい口づけの後ぷはっと唇を離し「じゃあな」と言って、素知らぬ顔で隊列にもどっていった。
ハーシュというより、竜騎士たちからの花向けみたいなものだった。
全員が俺とアルヴァンドに向かって、それぞれに「ざまぁみろ」といった顔をしていた。
アルヴァンドは「わかるよ、わかる。グレイは魅力的だからね」と笑っていたが、いつも美しい琥珀の瞳は暗く澱んでいた。
……外交に響いたらどうしよう。
ゼクスは帰り際、クラウス副団長と何やら打ち合わせていた。
何を話していたのか尋ねると、またスノーヴィア領に赴いて竜騎士の訓練に付き合うのだと言っていた。
竜騎士サークルのアイドルにでもなったのかと思い、詳しく聞いてみると「あいつら何回ぶっ飛ばしても挑んでくる。この世界の人間にしては、しぶとくて楽しい……へへ」と、ゼクスは何か新しいトビラを開いていた。
対するクラウス副団長は「彼はいいですね。人間がどの程度で死ぬかの加減をわかっていない。訓練にはもってこいです」とご満悦だった。
多分、出会わせてはいけないふたりを出会わせてしまった。
「……グレイ」
ゼクスが転移を発動する直前、ずっと黙っていたメルロロッティ嬢が俺のもとに歩み寄ってきた。
あの日、涙と声が枯れるまで俺たちは抱きあって泣いた。
それ以来、メルロロッティ嬢と俺はちょっと気恥ずかしくて、うまく距離が取れずにいた。
「お嬢様、その……」
「夏の水竜祭にはもどってきてくれる?」
ぽそっと言われた彼女の言葉。
その言葉に、俺は再び涙を禁じ得ない愛しさと切なさが湧き上がった。
「必ず……必ず!お嬢様のもとに帰ります!」
メルロロッティ嬢の手を強く強く握りしめる。完全に距離感がバグってる俺。
「また一緒に花蜜サイダーが飲みたいわ」
彼女もじっと俺を見つめてそう言う。
こっちも距離感がバグっている。
「ええ、必ず!夕方になりましたら、またマルテで湖まで夕焼けを見に行きましょう!」
「グレイは振り落とされないように気をつけるのよ」
「ふふっそんなこともありましたね。それからそれから……」
結局。
侍女たちとアルヴァンドが無理矢理引き剥がし、強制的に転移陣に乗せられるまで、メルロロッティ嬢と俺は手を取り合い、思い出に浸っていた。
+++++
「まったく。困ったものだね、君は」
マルゴーン帝国の皇帝の私室にもどったアルヴァンドは、そう言ってジトッと俺を見つつ眉間に皺を寄せた。
俺は紅茶を淹れながら、目を泳がせる。
「……悪かったよヴァン」
アルヴァンドは俺を無事に勝ち取ったわけだが、メルロロッティ嬢との絆をみせつけられ、飛竜騎士団でのめくるめく情熱と性欲の猛る日々を間接的にもみせつけられ、ちょっと拗ねていた。
そんなアルヴァンドの額に軽くキスを落とし、俺は淹れた紅茶の入ったマグカップを手渡した。
マグカップはアルヴァンドの指定だ。ティーカップより好きらしい。
野営地での俺との思い出のカップだしな。わかるわ。
「はぁ……私は後どれくらい、君とご令嬢や竜騎士たちとの仲睦まじさに敗北感を味わいながら、過ごさねばならないのだろうな」
「はは、大袈裟だよヴァン。俺はもう君のものだろ」
「そのはずなのに、この不安は何だろうな……君のふりまく愛の多さに起因している気がするが」
俺を恨めしそうに睨むアルヴァンド。
「安心してくれ。俺の愛はもう君だけのものだ、他にはもうふりまかないよ」
自分で言っておいて何だが……説得力ないな。
なんとなーく保険をかけてみたくなる俺。
「まあ……でも、ほら。一応ね。念のために聞いておくよ。何があるかわからないのが人生だろ?……他所で愛をふりまくのは、何回まで許されるんだ?」
そんな俺の言葉に、アルヴァンドは冷ややかな笑顔で即答する。
「ゼロだ。一度でもしてみろ、瞬時に見抜くからな。
そうなったら君をどこにも行けないよう閉じ込めておく。もし逃げようとしたら、二度と動けないようにしてでも、閉じ込める。誰の目にも触れない場所で、君の世界は私だけになって。そして、私だけが君を愛してあげるんだ」
ヤンデレが過ぎるだろ陛下。
アルヴァンドの容姿はいつも輝いてキラキラしているが、その内面は闇属性に天賦の才能がありそうだ。
アルヴァンドは紅茶を楽しみつつ飲み終わると、テーブルにマグカップを置き、大きなベッドへ体を投げた。
枕に顔をうずめる……フリをして、こちらをじっと見ている。
「グレイ」
「はい陛下。すぐ参りますよ」
アルヴァンドのおねだりの時間だ。
俺は手早く紅茶を片付けると、アルヴァンドの待つ豪勢なベッドへむかう。
砂漠の国の月夜は仄かに明るく美しい。
広い皇帝の私室はベッドの灯りひとつだけを残し、静かな月の光に満たされた。
俺はベッドの脇まで行くと、巨大な天蓋から降りるカーテンを紐解く。
するりと美しい刺繍の施されたカーテンが滑り落ち、その場所はベールに包まれた、俺とアルヴァンドだけの世界になった。
アルヴァンドは触り心地の柔らかな絹の中に丸くなっている。
俺はローブを脱いで緩やかな腰巻きだけとなり、アルヴァンドの傍へと膝を進めると、ぴくりと絹の塊が動く。
「ヴァン」
名前を呼んで薄い絹をそっと剥ぐ。
アルヴァンドはいまだ機嫌を損ねた顔で見上げてきた。
薄い羽織りを纏った何とも危うげな姿だ。身を捩ると胸や太腿が羽織りから覗き、俺の目を釘付けにした。
「今日はどちらをご所望で?」
俺はアルヴァンドを仰向けにして膝立ちで跨ぎ、見下ろしながら彼の腰の紐をゆっくりと解く。
「……抱いてくれ」
アルヴァンドはまだ拗ね気味だが、甘えた眼差しで俺を見上げた。
毎回尋ねてはいるが、大半は俺がアルヴァンドを抱いている。
役割が逆になるのはたまーに。
直近は確かアレ。
はじめてアルヴァンドとともにマルゴーン皇宮を訪れた時だ。
皇宮にずらりと並ぶ衛兵たちに俺はいたく感動した。
砂漠の戦士特有のスタイルなのだが、みごとな筋肉隆々の太ももは美しく毛を処理され、白い絹から見え隠れしているのだ。
ついアルヴァンドがいることを忘れて、興奮気味に彼らにベタベタ触り、偶然を装いちょっと撫でたりしていた。
その夜、俺は問答無用でアルヴァンドに抱かれた。
快楽の頂に何度も突きあげられ、何も出なくなるまで精を放ち、その後はただただ吐精することなくイかされ続け、最終的に失禁までして意識も度々飛んだ。
それでも終始無言のアルヴァンドは一切手を緩めることなく、俺を犯し続けるのをやめなかった。
彼の恐ろしい才能を垣間見た。
そんなことを思い出しながら、アルヴァンドの絹のローブを解くと、美しい身体が目に飛び込んでくる。
少し日焼けしたきめ細かな肌。
鍛えているほどよい胸と腹筋。
しなやかに流れた先にあるへそ。
そしてその下に続く美しい一物。
今日も完璧。完璧すぎる。
大好物すぎて、この身体を見るだけで俺の下腹部には熱が昂る。
アルヴァンドの身体は綺麗だが、傷ひとつないという意味ではない。
アルヴァンドの体にはよく見ると無数の傷跡がある。
その中には、明らかに相手を痛ぶり楽しむためにつけられたような痕があることも、俺は気づいている。
きっと、レリウスだけによるものではない。
特異点として能力を持ち、マルゴーン帝国の第十九皇子として、この世界にアルヴァンドは生まれた。
でも、だからこそ。
幸福な人生を歩んできただけではないことを、その痕は物語っていた。
気がつくと、アルヴァンドが物足りなげに俺の股の内側を膝で押していた。
……すまないヴァン。
君の身体が素晴らしすぎて、世界にまで想いを馳せてしまった。
俺は目の前の極上を味わおうとして。
ずっと心に留めたいた、大事なことを思い出す。
それを今ここで言おうと、思い立った。
「なぁ、ヴァン」
俺は改めて名前を呼んで、アルヴァンドの傍に座り直す。
「……今まで言ったことがないと思うから。その、ちゃんと言っておきたいことが、あるんだ」
「どうしたんだ?」
改めてベッドの上に座り直した俺に、アルヴァンドも体を起こした。
俺はアルヴァンドをまっすぐに見つめる。
「ヴァン。君のことを……その、愛してる」
気恥ずかしくて、さらりと言えなかった。
ダサいな俺……
少し緊張気味に、頬を赤らめながら。でも俺はアルヴァンドにそう言った。
言葉にするより、俺は身体でそれを伝えてしまうところがある。
でも、アルヴァンドにはちゃんと言葉にして言っておきたかった。
君がいかに特別かを、知っておいてほしかった。
俺の生涯の伴侶となる、大切な人なのだから。
そして。
俺の一世一代の愛の告白を聞いたアルヴァンドは、
「…………え、あぁ。うん」
まさかの。
まさかの超淡白な反応。
はい、俺の繊細な心が折れましたー
ベッドの端にトボトボ寄り、体操座りでいじける俺。
「すごく緊張したのに。勇気をだして言ったのに。ひどくないか?ヴァン……」
「えっ……あぁ!そうか、そうだね。すまないグレイ。いや、だって」
何故か急に照れ出すアルヴァンド。
「私はいつも、君からその言葉を聞いているから」
言っている意味がわからん。
俺はちょっと振り返り、アルヴァンドを見やる。
「深く体が触れ合っていると、特にね。何も言わずとも声が聞こえてくるんだ。心の、声が」
え、まさかの新能力をカミングアウトされた。
嘘を見抜くだけじゃなく、そんな能力まであったのかよ。
「君と出会って、はじめて触れた時から、君はずっと言っていたよ。
好きだ。顔がいい。首筋が綺麗だ。もっと触れたい。腹筋を舐めたい。大好きだ。手放したくない。また会いたい。とね」
な、にソレ……
俺は自分の顔がみるみる温度急上昇するのを感じた。
「体を重ねている間、ずっと私にそう言っていた。こちらが恥ずかしくなるくらい、君は情熱的だった。だから、私もグレイを忘れられなくなった」
恥ずかしそうに目を細め、幸せそうにアルヴァンドはそう言葉を続ける。
「再会してからも、ずっと。私は君にいかに愛されているのか、独占されたがっているのか……そんな幸せなことを、毎日思い知らされてるんだよ」
はじめて会った夜、再会した時、その後も。
俺の芽生えていた恋心は、アルヴァンドへの特別な想いは。ずっと聞こえていたのか。
……そりゃ、そんだけ聞かされてたら、事前報告不要で婚姻できそうって思うわ。
「そういう恥ずかしいこと、なんで今カミングアウトするんだ」
「いじけないでくれグレイ」
「無理だ。恥ずかしすぎて萎えた。もう寝る」
「……嘘をつくな」
はい、大変元気なままです。
俺は再びアルヴァンドを強引に押し倒し、唇や首にキスの猛攻をかける。
時々甘噛みしながら、気恥ずかしさを誤魔化すように。
しばらく続けていると、くすぐったそうに笑っていたアルヴァンドの声は、いつのまにか甘い吐息となる。
顔をあげると、頬を上気させ情欲を滲ませた琥珀の瞳と視線が絡んだ。
「愛してるよグレイ」
アルヴァンドがそう言葉にする。
「俺も愛してる」
今度は緊張せず素直に、同じ言葉を返す。
俺とアルヴァンドは額をくっつけて、見つめあう。
互いを愛おしむように笑いあって。
その存在を慈しむように触れあって。
砂漠の夜に溶けるように、俺たちは体を重ねた。
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