ep40 争奪戦

 スノーヴィアに帰領したその日の晩餐。


 俺はメルロロッティ嬢に接触禁止令を出された為、アルヴァンドの側仕えとして控えていた。

 アルヴァンドはメルロロッティ嬢に声をかけては、優しく気遣っているのだが。


 対するお嬢様、めっちゃ塩対応。

 どうしたよ……


 昼に行われた親睦会を知る者に聞いたところ、メルロロッティ嬢はアルヴァンドからの申し出を断り続けているらしい。

 そしてアルヴァンドも引き下がらず、平行線なのだそうだ。


 世界は平和への道を歩んでいるというのに、難儀すぎる。




 晩餐後。気遣い疲れでげんなりしているアルヴァンドに、俺は食後の紅茶を淹れていた。

 場所はスノーヴィア辺境伯城一番の貴賓室だ。


「……君が言っていた通りだ、グレイ。今まで出会ったどのご令嬢よりも、頑固で融通がきかない」

 眉間に皺を寄せ、アルヴァンドがそうぼやいた。


「そこが魅力のお嬢様ですので……」

 俺が何とも言えない顔ではにかむと、アルヴァンドはさらに不満げな顔をする。


「何故あそこまで拒むんだ?彼女の言葉に虚勢や偽りがない分、つけ入る隙がない」

 ため息混じりのアルヴァンドの言葉に、俺はちくりと胸を刺される。


「スノーヴィア領にとってもマルゴーン帝国にとっても良縁のはずだ。何故そこまで拒むのか、理由がわかるか?」

 紅茶をぐいと飲むと、アルヴァンドは俺を見上げた。




 この世界は平和へと歩みはじめたとはいえ、いつ不安定になるかもわからない時世だ。

 スノーヴィア領は独立領になるとはいえ、マルゴーン帝国と懇意にしておくに越したことはない。

 それはメルロロッティ嬢にもわかっているはず。


 では何故、一度は承諾していた婚姻の件を再び拒むのか?

 思い当たるのは多分アレ。




「……陛下には、その。言いにくいのですが。メルロロッティ嬢には、誰にも言えない想い人がいます」


 俺のボソボソと絞り出した言葉に、アルヴァンドは意外といった顔をした。

「そうなのか?」


「ただ、誰なのかは頑なに教えてくださらなくて。私にも心当たりがなく……」


 俺がごにょごにょ言っている間、アルヴァンドは口元に手をあててしばらく考え込んでいた。

 そして、俺を再び見上げる。


「明日はグレイも一緒に来てくれ。おそらく、だが。ご令嬢を攻略する算段がつきそうだ」

 アルヴァンドはそう言うと、不敵にも思える顔でニッコリと笑った。




 ええ……アルヴァンドがメルロロッティ嬢を口説く現場に同席するの、俺?

 内心テンションを限界まで下げながらも、俺は陛下の侍従兼補佐として毅然と了承した。



+++++



 翌日。


 この日はスノーヴィア辺境伯城内をメルロロッティ嬢が案内し、飛竜の厩舎や訓練場をアルヴァンドに見せて回ることになった。


 昨晩、訓練場ではゼクスと竜騎士たち、とりたててハーシュが模擬戦をしていたそうだ。

 ゼクスは異能力はもちろんなのだが、あのジェスカやサシャとも対等に渡り合えるほどの剣術を持ち合わせている。

 竜騎士の中でゼクスに一本とれたのは、ダングリッド団長だけだったらしい。


 飛竜の厩舎では、飛竜のうねる背中の独特な動きを眺めていたアルヴァンドが「……なるほど。これが飛竜跨ぎか」と呟き、ベテラン竜騎士たち全員がむせ返り、一斉に俺を睨むというアクシデントもあった。


 『飛竜跨ぎ』とは、日々飛竜に跨り鍛えあげられた竜騎士たちに受け継がれる、快楽を最高潮に高める秘奥義みたいなものだ。


 うん。確かに俺がアルヴァンド、いやヴァンに野営地で教えた。

 仕方ないだろ。皇帝陛下になられるお方なんて、知らなかったんだから。




 そんな城内見学を終えた頃。

 城から少し離れた庭園の一角で、ティータイムを過ごすことになった。


 庭園は色とりどりの春の花に彩られているが、最も多く花壇に溢れんばかりに咲き誇っているのは、背の低い小さな白い花たちだ。


 サンドレアの国花。


 数世代前の当主の時代、友好の証としてサンドレア王国から贈られたらしいのだが、スノーヴィアの過酷な冬にも負けず、群生してここの庭園の顔になってしまったらしい。


 その不屈で強かな姿はサンドレアの国花に相応しいと、俺は思う。




 そんな白い花たちに囲まれて、紅茶を淹れ給仕するのは俺の役目となった。


 メルロロッティ嬢は俺がいない間、専属侍女であるアグナとソネアを従者のかわりに側に置いていた。

 ソネアは今まで通りの侍女服だが、アグナの方は俺とよく似たテールコートを着用していた。

 端正ですらりとしたアグナによく似合ってる。


 今日も二人は少し離れた場所で待機していた。


「さて、昨日の話の続きをしても?」

 テーブルを囲んだところで、早速アルヴァンドが溢れんばがりの美しい微笑みで話を切り出した。


 すごーく嫌そうな顔のメルロロッティ嬢。

 そして同じく、すごーく嫌そうな顔の俺。




 アルヴァンドが話を切り出したものの、メルロロッティ嬢は相変わらずの塩対応で「まずはお茶を」とだけ言い、そっぽを向いて黙ってしまった。


 沈黙の中、俺は紅茶の準備を進める。

 俺が淹れた紅茶を手渡すと、メルロロッティ嬢は一瞬だけ俺をこちらを見て、ぷいっと再びそっぽを向いた。


 うわぁぁかわいいぃぃ話しかけたいぃぃ


 ようやくメルロロッティ嬢の傍にまともに佇むことが出来、喜びのあまりヴァンへの恋心問題すら忘れて崩壊寸前な俺。


 そんな俺を無視して、メルロロッティ嬢は紅茶を飲む。


 しかし一口飲んだ、その瞬間。

 彼女の顔色がスッと変わった。


 これには俺も驚く。

「も、申し訳ありません、お嬢様。お気に召しませんでしたか?」

 俺がアタフタ尋ねると、メルロロッティ嬢は小さな声で呟いた。



「……味が濃くなってる」



 愕然とした彼女の顔に満足げな表情をしたのは、まさかのアルヴァンドだった。




「おやおや、それは申し訳ない。グレイの紅茶が濃くなったのは、私のせいだろう。毎日淹れてもらっているうちに私の好みの味にグレイが変えてくれていたようだね」

 ニッコリとメルロロッティ嬢を煽り散らかしたのだ。


 えっ何してるの陛下。そういう作戦?


「……何度も申し上げましたが」

 メルロロッティ嬢は売られた喧嘩は絶対に買うタイプだ。


「グレイは私の従者です。今までもこれからも、ずっと。貴方には渡さないわ」


 ん?


「メルロロッティ嬢。あなたはまもなく婚姻も考えねばならない年頃だろう。結婚する気もない男ひとりに執着しすぎるのは、度を越えれば醜聞が立つぞ」


 んん?


「グレイは特別よ。みんな知ってるし、そうあることが許されているわ」


「……はっ、子供だな」


「……なんですって?」


 あれっ、なんかアカンぞこれ。


「昨日はグレイを殴って、口も聞かず、不機嫌を振り撒いておいて。特別だから手放さない?グレイは君のおもちゃじゃないんだ」


「グレイは私の従者よ。勝手な行動で主人に心配をかけたのだから、罰を与えたまで」

 その言葉にアルヴァンドが珍しく笑顔を絶やした。


「そのような蛮行を私のグレイにするな」


「私のグレイよ。ちょっと股開かせたくらいで勘違いしないで」


 ……お嬢様!?そんな言い方どこで覚えたの?


「残念ながら股を開いているのは私の方だ。グレイは両方いけるんだ。そんなことも知らないのか?」


 おい陛下、どんなマウントの取り方だよ!




 ふたりは俺の目の前で、グレイ争奪戦をはじめていた。


 色々と訳がわからない状況だったが、これだけは俺にもわかった。

 流石に言っていいはずだと思った。


 だって、こんな平和な世界で。

 溢れんばかりの美貌を讃えたふたりが。

 その美しい顔を歪め、睨み合い罵りあっているのだから。



「俺のために争わないでくれ!ふたりとも!」



 俺はちょっと赤くなりながら、二人の前に手を伸ばし会話を制止する。

 二人は俺の手を挟んだまま、しばらくの間黙って睨み合っていた。




 要約すると、こうだ。


 アルヴァンドは俺を侍従としてではなく、伴侶として自分のもとに迎え入れるため、主人であるメルロロッティ嬢に会いに来たらしい。

 というのも、スノーヴィア領から届いていた手紙。

 『グレイをかえせ』とたった一言だけ書き殴られた手紙だったのだそうだ。


 ……男前が過ぎるだろ、お嬢様。

 というか。

 ふたりとも、事前に俺にも言ってよ。


 アルヴァンドの伴侶に迎える話は俺も初耳で、ポカンとした顔をしていたら、

「だって断らないだろう」

 とアルヴァンド。


 ヴィルゴ亡き手前、しばらくは俺とアルヴァンドの距離は清く正しく保たれていた。

 の、だが。

 正式にアルヴァンドの補佐兼侍従となった瞬間、それはもう、俺たちの関係はただれにただれた。

 多忙な毎日にも関わらず、朝も昼も夜も。

 隙あらば俺たちは求め合い、身体を重ね、互いの熱に溺れ合っていた。


 四六時中、発情していたように思う。

 そんな日々の中で、勝算があると踏んだのだろうか。




 対するメルロロッティ嬢はとにかくNO。

 スノーヴィア領は俺の故郷なわけだから、強い後ろ盾がつくにも関わらずNO。

 何が何でも絶対NO。


 とにかく俺を手放そうとしないらしい。




「……メルロロッティ嬢。何故そんなにも頑ななのか、ここまで来ると不思議だったんだ。貴女は嘘を言ったり虚勢をはっているわけでもないからね」

 一度冷静になったのかアルヴァンドは、穏やかに話しはじめた。


「だが、ようやく理解した。君は『そうあること』がグレイの幸せだと本当に信じていたんだろ」

 アルヴァンドの目は優しい。メルロロッティ嬢を糾弾する声音ではない。


「……誰にも言えない想い人がいるそうだね」


 アルヴァンドの言葉にメルロロッティ嬢は目を見開き、その瞳はみるみる冷ややかになる。


 晩秋のあの日と同じ瞳、同じ顔。

 彼女の顔はあの時と変わらず、その言葉を肯定していた。

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