ep34 形勢逆転
ゼクスの姿を見て、レリウスは小さな声で「来たな」と言った。
俺はゼクスが助けに来たことに、安堵どころか嫌な予感しかしなかった。
レリウスのこの反応、先ほどの会話。
明らかにゼクスが来ることを想定していた。
ここへ来た目的として「邪魔者を排除しに」と言っていたが、おそらくはゼクスのことだ。
ゼクスに勝てるわけがない、とは思えなかった。
レリウスたちはおそらくは何かしらの対策をしてきている。
ゼクスは異能力だけを見れば、この大陸で敵うものなどいないと思う。
大袈裟な表現ではなく、本当に。
彼の万能な異能力はもはや異次元なのだ。
だが、いくつかの条件が揃えばその圧倒的な力は覆る。
俺はサンドレア王国に来て以来、度重なる襲撃を受けた中ゼクスの戦い方を見て、それに気づいた。
ゼクスはまず、相手が複数になることを好まない。
ゼクスの異能力は対象を指さして言葉を紡ぐ。ひとつひとつの発動に一瞬とは言え、どうしても時間を要する。
そして、致命的な弱点。
ゼクスの他人を寄せつけたがらない性格がゆえに、他人に触れられていると異能力を発動できないという制限を持つ。
故にゼクスは常に相手と距離をとって戦うことがほとんどだった。そして必ず最も近い距離にいる相手を最初に狙う。
もし、ゼクスを打ち負かしたいと考える者がそのことを知っており、対策を練るとしたらどうするだろうか?
簡単だ。
距離を取られない場所で複数人による接近戦を挑み、ゼクスに指をさして言葉を紡ぐ時間を与えない猛攻をかけること。
ゼクスは視線を俺が組み敷かれているベッドから、ジェスカたちに移す。
そして彼らの頭の上をそれぞれに見て。
無言で腰にさげていた側近用の細身の剣を抜いた。
ゼクスが剣を抜く時は相手が手強いと認めた時。異能力だけでは心許ないと判断した時だ。
対するジェスカは2本の短剣を引き抜き、サシャは何も獲物を持たずに腰を低く構えた。
——まずい。
レリウスたちが幾度となく襲撃をかけたのは、ゼクスの弱点を見抜くためだったんじゃないのか?
この貴賓室は戦いの最中に距離を取るには、あまりに狭すぎる。
そしてレリウスという帝国皇子の依頼に対し、まだ暗殺者見習いと言ってもいい扱いを受けているサシャが、この場にいる理由。
俺がそれに気づいたところで、すべてが手遅れだった。
ジェスカがゼクスとの間合いを詰めるため、真正面から向かっていく。一見、無謀な行為だ。
ゼクスは当然、ジェスカを指さし捩じ切ろうとする。
だが、その一瞬の間にサシャはゼクスの死角を突いて接近、その腕を掴んでいた。
「掴んだ」
サシャが短くジェスカに告げる。
ジェスカは迷いなく真正面からゼクスに短剣を振りかざした。
ゼクスは掴まれていない手に携えている剣で短剣を受け流し、サシャを蹴り飛ばす。
一瞬の距離が出来、ゼクスが再びジェスカを指さそうとするが、それすら許さずサシャが再びゼクスの腕を掴む。
剣を閃かせ、再び振り払おうとするゼクス。
「油断するな、サシャ。いけるぞ」
ジェスカが不敵に笑う。
サシャも巧みにゼクスの反撃を躱し、黙って頷いた。
まずい。
まずいまずいまずい!
完全にゼクスが押されている。
俺は反射的にベッドから這い出ようとする。
それに気づいたレリウスが俺の髪をぐいと引っ張り、俺を再びベッドに組み伏せた。
「お前はこっちで私の相手だろう?」
そう言って。
レリウスは俺の喉元に本気で噛みついた。
血が滲むほどの力で喉に噛みつかれ、俺は痛みに耐えられず悲鳴に近い呻き声をあげる。
その声に、ゼクスが反応してしまった。
自分の身を守ることより、俺をこの場から逃す判断をしてしまった。
ゼクスはジェスカとサシャから一歩後退り、まっすぐ俺を指さし「転移」と言い放とうとした、その寸前。
再び間合いを詰めたサシャに腕を掴まれ、ほぼ同時にジェスカに身体を抑えられる。
ゼクスはそのままへと床へと倒れ込んだ。
「……っ離せ……!」
ゼクスが抵抗するが、単純な腕力勝負ではジェスカの圧勝だった。
ゼクスをうつ伏せの状態で床に抑え込み、ジェスカは短く息をつくと、勝利を確信して小さく笑みを溢す。
「勝負あったな。サシャ、念の為こいつの正面には立つなよ。蹴られたところは?」
「……多分あばらが何本か折れてる。他は問題ない」
サシャはそう言うと、ゼクスの死角となる壁際までさがった。
「レリウス殿下。殺しますよ」
ジェスカが片方の手でくるりと短剣を持ち替え、温度のない冷ややかな瞳でゼクスを見下ろしながら確認した。
「はは、随分とあっけなかったな。……少し待て」
俺の首元から顔をあげたレリウスが、喉で嗤いながらそう言った。
「幸運を持ってすれば、こうも容易いものか。予知する者も、最強のバケモノも。いとも簡単に奪い取れた。……私の勝ちだ。歴史は正される」
レリウスは俺の上から起き上がり、慢心した笑みでその顔を歪めた。
俺はレリウスに好き勝手に身体を蹂躙された挙句、喉を強く噛まれ、全身を駆け巡る快楽と苦痛でまともに動けずにいた。
ジェスカはゼクスを拘束する手を緩めず、レリウスを咎める。
「殿下、愉しまないでいただきたい。すぐ殺す約束だったでしょう」
「あぁ。だが、少し物足りない」
そう言うとレリウスは、絶え絶えに肩で息をしている俺を見下ろした。
「……仲間の為に私に媚びてみろグレイ。私の気がかわるかもしれないぞ」
その膿んだ赤い瞳に下卑た色を滲ませ、レリウスは俺を試すようにそう言った。
絶対に嘘だ。
コイツは間違いなくゼクスを殺す。
勝利を確信して、優越感に浸り、この場で俺の反応を愉しみたいだけだ。
「話が違う」
ジェスカが苛立ちを隠さず訴える。
「命令だ。少し黙れ」
レリウスは俺から視線を逸らさず、雇われ暗殺者たちを黙らせる。
俺は何とか身体をベッドから起こし、ジェスカに組み伏せられたゼクスを見やる。ゼクスは黙したまま視線を床に向けている。
俺はレリウスに侮蔑の視線を向けながらも、静かに口を開いた。
「……本当にゼクスを見逃してくれるのか?」
「お前次第だよ、グレイ」
そう言うと、レリウスはさっき強く噛みついた俺の喉を舐め上げた。
甘い痺れと傷口に唾液が滲みる痛みに、俺は眉を顰める。
そして俺を試すように首や鎖骨にキスを落としはじめた。愉しげに喉で嗤いながら、俺の身体を貪りはじめる。
……どこまでもゲス野郎が。
だが、俺はこの状況を打破しなくてはならない。
大丈夫だ、やれる。
乗ってやるよ、レリウス。お前の三文芝居に。
俺は精一杯の蔑みの目で睨みながら、ベッドの上で寛ぐレリウスの腰の上に跨った。
「……光栄に思えよ」
そう言って首に両腕を回すと、俺は自らレリウスに口づける。
短く数回唇を喰み、それから少し開けられた口に舌を差し込む。
「言葉のわりに、従順だな」
レリウスは満足げに微笑むと、俺が差し出した舌を受け入れ、俺の後頭部をぐいと引き寄せ、深く口づけを返してきた。
艶かしい音を立てながら、俺たちは深く口づけ、舌を絡め合う。
レリウスの大きな手が俺の髪を掻き撫でながら、俺の腰を強く抱き込んだ。
ジェスカは舌打ちして視線を逸らし、ゼクスは不愉快そうな顔で床に伏せたまま。
サシャは再び顔を赤くして、床を凝視している。
レリウスとの口づけは、媚薬の効果なのか予知の導く強制力なのか、何もかもが蕩けそうなほど甘味で濃厚な熱を帯びていた。
否応なくさせられているのか、自ら望んでしているのか、意識が遠のいて曖昧になるほど。
俺との口づけを貪りながら、レリウスは俺の腰に手を這わせ、ゆっくりと服の中に手を忍び込ませてくる。
そして、レリウスが傍に来てからずっと昂り熱を持て余していた俺のそれに、ゆるりと触れた。
「っあ……っ」
何があろうと絶対喘ぐものかと思っていたのだが、触れられただけで、あっさり俺は腰を引くつかせて吐息を漏らしてしまう。
指先が触れただけで、全身に痺れるような快感が駆け抜けた。
そもそも限界まで達していた挙句、レリウスが触れたことで、一気に熱が膨れ上がる。
レリウスはそれがわかっているのか、煽るように、追い立てるように、荒く俺の昂りを掴み弄ぶ。
「……っ、んぁっ……、や……めろ、レリウス。も、う……っあ!……っ」
膨れ上がって溢れ出した快楽に背中を反らせる。
舌を絡められたまま乱暴に愛撫され、俺はいとも簡単に達してしまった。
レリウスは俺が放った精を指に絡めたまま、見せつけるように手のひらを舐めて俺を見上げた。
俺はその膿んだ赤い視線にぞくりと身体を反応させ、そのまま力なくレリウスの肩にもたれかかった。肩口で甘く掠れた息を短く吐き、呼吸を落ち着かせる。
やばい、やばすぎる。
味わったことのない底抜けの快楽に理性が飛ぶ。
この男への嫌悪感や恐怖心すら、情欲に溶けて呑まれていくのがわかる。
ふと、レリウスの肩越しにサシャと目が合った。
ずっと床に視線を落としていたのだが、俺が果てたことでこの淫猥な情事が終わったと思ったのだろうか。
俺と目が合った瞬間動揺して、再び床を凝視しはじめた。
「……どうしたんだよサシャ、そんなもどかしそうな顔して。まぜてやろうか?」
俺は真っ赤に俯くサシャを挑発する。
サシャは俺に名前を呼ばれて狼狽えるが、視線は絶対にこちらに向かない。
「サシャに話しかけるな」
ゼクスを抑え込んだままのジェスカが俺を睨む。
「はっ、そんなに心配なら。そこのお子様を不健全なこの場から解放してやれよ」
「……サシャ、隣の部屋に行ってろ」
ジェスカが殺気だった目で俺を再度睨みつけると、サシャにそう言った。
「……茶番だな」
ゼクスが組み伏せられたままボソリと言う。
サシャは逃げるように部屋の扉へと向かっていった。
やりとりを無視して俺の身体をまさぐっていたレリウスは、俺の首筋をねっとりと舐めながら続きを催促した。
「グレイ、腰を上げろ」
俺の内腿に指を滑り込ませ、静かな命令口調で囁く。
これから何をしようとしているのか容易に想像できて、俺は顔を歪ませる。
レリウスは俺が言いなりになっている現状に悦楽を感じ、興奮しているのだろう。
十分に俺への欲望を昂らせていた。
俺はサシャが部屋から去ろうとする背中を目で追いながら、レリウスの肩から離れ長く息を吐く。
そして。
腰をあげてレリウスに身体を委ねることはせず、レリウスの胸を押して突き放した。
「……終わりだよ、レリウス」
俺はハッキリとそう言った。
「なんだ、もう終わりか?私は構わないが。お前の仲間は死ぬことになるぞ」
自分の優位を確信しているレリウスは余裕の微笑みを浮かべている。
「最初からゼクスを生かすつもりなんてないだろうが、ゲス野郎。それに言っとくが、ゼクスは絶対に死なない」
俺はそう言うと、レリウスに自分の体重を傾けベッドに押し倒した。
さっきとは逆の体制だ。
レリウスを俺が押し倒し、上から見下ろす。
「アンタの負けだよ、レリウス。この世界は予知から外れる。アンタの望みは何ひとつ叶わない」
不本意極まりないが、レリウスに限界だった昂りを弄ばれ一度欲を放ったおかげで、俺は少し冷静になっていた。
「……この状況でずいぶんな自信だな、グレイ」
押し倒されようと、不敵に笑うレリウス。
そうだよな。
アンタはもう勝った気でいて、全然気づいちゃいないもんな。
でも、俺は気づいてる。
俺はぐいとレリウスの襟元を掴み上げた。
なすがままにされていた時とは明らかに違う、意志のこもった強い力で掴まれ、レリウスは少し驚いた表情をした。
「……俺のこと調べたんなら知ってるだろ。俺は良い男じゃないと抱かれないし、抱かないんだ」
俺はにっと勝ち誇った笑みを浮かべ返してやる。
「アンタは全然良い男じゃなかったよ、レリウス。だから俺は、良い男のいる未来を目指す」
そして俺はレリウスの目を見たまま、大きな声でこう告げた。
「ヴィルゴ。その黒髪はオレンジ野郎の弱点だ」
俺の言葉に目の色を変えたジェスカが「サシャ扉から離れろ!」と言うのと同時に。
サシャは廊下に潜んでいたヴィルゴに腕を掴み取られ、その細い腕を容赦なくへし折られた。
ゴキンと鈍い骨折音に続き、そのあまりの痛みにサシャの絶叫が響いた。
そして、反射的にジェスカが力を緩めた隙をゼクスは見逃さなかった。
くるりと身を翻し、ジェスカの後方を取ると、同時にジェスカの喉元を指さす。
「動いたら捻じ切る」
レリウスは俺に襟首を掴まれたまま、一瞬の出来事に唖然とした顔をしてヴィルゴを見ている。
形勢は完全に逆転した。
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