ep33 理性と本能

 ——いつの間に意識を失っていたのか。


 目覚めると、まず後頭部にじんと痛みを感じた。

 たぶんジェスカかサシャに意識を失うほど強打されたのだろう。


 視線だけで辺りを見回すと、そこはレリウスとマルセイがいた貴賓室だった。




 俺はベッドの上。手足の自由はきく。

 服が乱れているのは、武器の類を隠し持ってないか調べられたからか。護身用のナイフも奪われていた。


 状況にさほど変化はない。部屋の外も日が高い。

 たぶん俺が気を失っていたのはほんの数分か、一時間も経っていないはずだ。


 レリウスとジェスカはソファの置かれた一角で何か話し込んでいる。

 サシャは……いた。扉の側で暇そうに壁にもたれかかっている。


 マルセイは血を流して床に倒れたままだ。……残念だが、おそらくもう息はない。




 俺は彼らに気取られないようゆっくりと首を起こし、逃亡するための窓を探す。


 さほど広くはないが、大きな窓とバルコニーへの扉がある部屋だ。

 今の季節は冬の終わり。窓は開け放たれていないが、この距離ならジェスカとサシャに捕まることなく鍵を開け、飛び降りることは可能なはずだ。


 ——いける。

 そう思い、顔をあげた瞬間。


 視界がぐにゃりと歪み、一気に脳がぐらつく感覚が襲って来た。

 倦怠感と酩酊感。全く身体が言うことを聞かない。


 あまりの気持ち悪さに俺は嘔吐寸前になり、咳き込んでしまう。

 咳き込むと同時に喉に甘ったるい苦味を感じた。


 ……最悪だ。たぶん何か飲まされてる。




 俺のその咳き込む音に3人は顔をあげた。


 レリウスが立ち上がり、ゆったりと近づいて来る。

 俺は咳き込みながらなんとか上体を起こし、威嚇するようにレリウスを睨みつけた。


「おはよう、グレイ」

 俺を見下ろし、レリウスは目を細め柔らかに微笑んだ。


 くそ、駄目だ。

 名前を呼ばれただけで、身体が嫌な疼き方をする。

「……気安く、名前を呼ぶな」


「おや、随分と嫌われているようだ。……まぁいい。私のことを知っているのであれば、話は早いか」

 笑みを浮かべたまま、ベッドの脇にレリウスは座った。

 レリウスの重みでベッドが軋む。

 それだけで、俺の身体がまた反応した。


 身体が重く、息が浅い。

 レリウスが隣にいるだけで気持ちが浮わつき、身体が疼く。

 それに抗い必死に理性を保とうとするせいで、俺は今にもおかしくなりそうだった。




 俺は平常心を必死に装いつつ、言葉を絞り出す。

「何が、目的だ」


「欲しいものを手に入れに。そして邪魔者を排除しに」

 そう言うと、レリウスは俺に手を伸ばした。


 触れられたくなくて身体を逸らすが、力が入らず全く抵抗できない。

 簡単に顎を掴まれ、レリウスの方へ顔を向けられた。


「私は本来、歴史に選ばれた存在だ。あるべき歴史を辿ろうとする時、幸運に祝福される。……だというのに、それを邪魔する者がいてね。煩わしい限りだよ。

 だから、まずはお前を奪い取ることにした」

 そう続けながら、顎と頬を指先でなぞられる。俺の身体が指先に反応して、びくりと跳ねた。


「グレイ、わかっているだろう。お前は私のものになる運命だよ。

 おかげでこんなにも容易く手に入れることができた。お前の予知がそう望んでいるからだ」


「触……るな、クソ野郎……」

 精一杯の侮蔑の視線をむけ悪態をついたが、 それに対しレリウスは怪訝な顔をするどころか、愉しげに微笑んだ。




 レリウスは俺から少し離れると、ベッドのサイドテーブルに置かれた小瓶から何かを口に含む。


 そして突然。

 両手で俺の首を強く締めた。


 「……ぐっ!?……ぅ、あ……っ!」


 容赦なく掴まれて息が出来ない。

 俺は抵抗しようとするが、全く身体に力が入らない。


 レリウスは俺に覆い被さるように上から首を締めつけ続ける。

 その顔に完璧なまでの微笑みを讃えて、苦しみもがく俺を愉しそうに見下ろしている。


 意識が遠のくギリギリのところで、レリウスはようやく俺の首から手を離した。

 呼吸を取り戻した俺は咳き込みながら、必死に肩で息をする。


 レリウスはそんな俺を掴み引き寄せ、今度はそのまま俺に強引に口づける。無理矢理、口移しでドロリとした液が俺の喉に流し込まれた。


 レリウスの熱い口内でぬるさを帯びた、甘さと痺れる苦味。

 それが身体の自由を奪っている薬の類であることに気づいた時には、もう手遅れだった。


 ただでさえ呼吸を整えようとしていた最中に液体を喉に流し込まれ、飲み込むよう強引に首をあげ喉を開かせられる。

 咳き込むことすら許されず、俺はそれを全て飲み込んでしまった。


 液体を飲み込むと同時にレリウスの唇が離れた。

 舌舐めずりをしながら、俺を見下ろす。




 俺はレリウスを押しのけ離れようとしたが、一気に飲んだ液体の効能に襲われる。


 意識と身体が遠のくような感覚。

 身体が火照りだして言うことを聞かず、湧き上がってくる性の衝動。


 身体の自由を奪うばかりか、強い催淫作用のある媚薬だ。


「諦めろグレイ。お前も予知もすべて私のものだ。逃げられると思うな」


「……嫌に、決まってんだろ……アンタこそ、思い上がるなよ……っ」

 一瞬でも気を抜いたら、理性が吹っ飛びそうになっているが、それでも俺はレリウスを拒絶する言葉を並べる。


 そんな俺を見下ろしながら、レリウスが不意に俺の内腿を撫でた。


 反射的に俺はその手を過剰に払い、股をたたむ。

「……っ、触んなって言ってるだろ」


 その姿を見て、レリウスはゆったりと妖艶に微笑んだ。


「男に抱かれ慣れてるな」


 ぞっとした。

 レリウスのおもちゃを見つけたかのような貪欲な瞳に。



「いいよ、グレイ。お前の理性と本能、どちらが勝つか試してみよう」



 そう言うと、レリウスは乱暴に俺を組み敷き、股の間に割って入り込んだ。

 俺の両手を片手で掴み取り、頭の上でベッドに押しつける。


 服の間から手が入り込み、乱暴に身体のいたるところをまさぐられた。

 首筋を吸い、耳を舐め、胸に手を這わせる。

 レリウスは唇を這わせる度にわざと卑猥な音を立てて俺を貪った。

 敏感な場所ひとつひとつを確認するように刺激される。


「んっ……あっ、や……めろっ、触……っんな……っ!」


 レリウスから押しつけられる乱暴な刺激に、俺の意志に反して口から荒く甘い吐息が漏れた。


 嫌だと拒む理性と、与えられる快楽に悦ぶ身体。

 自分自身をまるで制御できなくて、今にもどうかなりそうだった。




 突然はじまった一方的な情事に戸惑ったのは、扉近くに佇んでいたサシャだ。

 顔を真っ赤にして俯き、床を凝視している。


 見かねたジェスカが、横目にレリウスを咎めるように睨む。

「……そういうの、全部終わってからお願いできませんかね?」


「別に構わないだろ。躾け甲斐がありそうで、我慢できなくなった」

 俺をまるで愛玩動物扱いして、レリウスは笑みを浮かべ俺のはだけた胸をべろりと舐めあげる。

 ふざけんな、クソ野郎。


「……お前たちの仕事はまもなく来る。それまでは時間潰しくらいさせてくれ」


 『仕事が来る』という言葉に、俺は違和感を覚えた。


「次来るバケモノまで犯さないと気が済まない、なんて言わないでくださいよ」


「まさか。そっちは捕え次第すぐ殺せ」


 そのやりとりに俺は凍りついた。

 多分知ってるんだ、こいつらは。

 俺がこうして捕えられサンドレア王城にもどらないと、この場所に誰が来るのか。




 そして、完璧とも言えるそのタイミングで。

 部屋の中央でコトと小さな物音がした。


 レリウス、ジェスカ、サシャが一斉に音のした方へ意識をむける。

 空気が一瞬で変わった。


「……グレイ。お前本当にいつでもどこでも盛ってんのな」


 部屋の中央に転移してきたゼクスは、俺を見下ろしながら呆れた口調でそう言った。

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