ep31 あっちの相談

「アシュレイ殿」


 本名だというのに聞き慣れていない名で呼ばれ、俺は自分が呼ばれていると気づくのに時間を要してしまった。


 慌てて振り返ると、そこにはサンドレア王国らしい華やかな貴族服を身に纏った、ふくよかな中年の男が佇んでいた。


「大変失礼致しました、ファルマン伯爵。私に何かご用でしょうか?」

 俺は深々と頭をさげ、目の前の上級貴族に伺いを立てた。




 俺は今、サンドレア王都内の貴族地区にある、共用の会合ホールに来ている。

 革新派閥貴族たちとの会合を終え、これから王城へともどるところだった。


 会合では主にヴィルゴからの司令や言伝を共有し、彼らの意見を持ち帰る。

 要するにヴィルゴと革新派閥貴族たちの橋渡しのお使いだ。


 本来であれば、ヴィルゴ自身が赴く方が貴族たちの統率も計りやすいのだろうが、ヴィルゴは相変わらず忙殺されそうな日々を送っていた。加えてオーバーヒートの件もある。

 そしてサンドレア王城はあれから三度の襲撃を受けていた。おそらくはすべて、第七皇子の差金だ。


 そういったあらゆる懸念もあり、今回の会合には俺が代わりに出席することになった。

 幸い大きな議題はあがらず、滞りなく会合は終わっていた。




「実はな。アシュレイ殿に折り入って相談があるのだ」

 くるりと巻いた顎髭をいじりながらファルマン伯爵は俺にそう告げた。


「どのようなことでしょうか?必要であればヴィルゴ宰相閣下に直接取り次ぎますが」


 ファルマン伯爵家はサンドレア王国に長く仕える古参貴族のひとつ。

 現当主であるファルマン伯爵は有能か無能かと言われれば、残念ながら後者だ。

 常に他の有力貴族の顔色を伺いながら立ち回りをコロコロと変える、貴族らしい貴族。

 ヴィルゴからの信頼もさほどないが、古参が故に連なる中級貴族も多いため、無碍にはしない。

 わかりやすい立ち回りをするので御し易くもある。


 わざわざ会合後に俺に話を持って来たということは。あの場ではよほど言いにくい意見か、提案だったのだろうか?


 俺がヴィルゴへの取り次ぎを伺うと、ファルマン伯爵は慌てた様子で首を横に振った。

「あぁ、いや。違う、違うのだ。先程の会合は関係ない。宰相閣下に取り次ぐ必要もない。

 アシュレイ殿に個人的な相談があるのだ」


 ……俺に個人的な相談?


 どこかソワソワしたファルマン伯爵は、ちょっと顔を赤らめつつ、声を顰めてこう続けた。


「アシュレイ殿は、ほら。貴族の間で有名だろう…あっちの方で」


 あー……あっちの話か。

 ファルマン伯爵が言った『あっちの方』とは、ご想像の通り。

 俺の不純な同性間交友の話である。




 自分で言うのも難だが、サンドレア王国の貴族地区で俺を知らない男色貴族はいない。


 メルロロッティ嬢の王立学園入学に伴いサンドレア王国で暮らしはじめてからの二年と八ヶ月、俺は隙あらば夜な夜な男を渡り歩いていた。

 貴族だろうと平民だろうと流れの旅人だろうと、良い男に巡り会えたら一夜の関係を待った。


 前世からそうなのだが、俺は結構見た目のウケがいい。

 その容姿で言い寄り、惜しげもなくスノーヴィアで培った男好きテクを披露する。

 特に品行方正な王国貴族の男たちの大半は、俺に骨抜きにされていた。


 そうなってくると、夜の狭い界隈では一気に噂は広まるわけで。

 大金をちらつかせて俺を買おうとする貴族もいたが、俺は良い男じゃないと絶対に抱かれないし、抱かない。

 このことがさらに俺の価値が跳ね上げた。


 結果俺と寝たことが夜の自慢話になるくらいには、俺の存在は確固たるものになっていたのだ。




 ファルマン伯爵は全然好みじゃないが、俺は誠心誠意対応する。


「ファルマン伯爵、お気持ちは嬉しいのですが。私は今、身も心もすべてヴィルゴ宰相閣下のもの。夜の営みは控えているのです」


 ヴィルゴの名を出せば貴族は大概引き下がる。

 俺の常套手段だ。


 それを聞いたファルマン伯爵は顔を真っ赤にして否定した。

「やっ違う。違うからな!?私が君と関係が持ちたくて声をかけてのではないぞ!?」


「え。違うのですか?」


「違うに決まってるだろう!?わわわ私は立場ある伯爵位だぞ。そのような淫らな行為を自ら誘ってするものか!はしたない……!」


 俺はついこの間、公爵位のめちゃくちゃ偉い人に誘われて、プレイ部屋ではしたないこといっぱいしましたよー


 ファルマン伯爵は一度咳払いをして、改めて俺に顔を寄せた。

「私の息子のことで相談があるのだ。詳しい者を連れて来ている。話を聞いてもらえないだろうか?」




 人目を憚りたいとのことで、伯爵の馬車で問題の息子がいる別邸へ向かいながら、話を聞いてほしいとのこと。


 会合は予定より巻いて終わった。

 ファルマン伯爵の別邸はここから近い。話を聞いて、会合ホールにもどるとして、予定の時間内には収まるだろう。


 もし時間を要するようであれば、日を改めてもらえばいい。


 何かあった時は事前報告するようヴィルゴに言われているが、おそらくはファルマン伯爵の息子の色恋沙汰問題。

 報告するまでもない些事だ。


 俺はそう判断して、ファルマン伯爵の馬車へと向かった。




 ファルマン伯爵の馬車の前にはふたりの男が待機していた。


 ふたりとも、サンドレア王国では見慣れない髪と肌の色をしている。

 おそらくは雇い主の指示で俺とよく似た従者らしいテールコートを着ているが、窮屈なのだろう。好きに着崩していた。


 そんな容姿や立ち居振る舞いを見て、察しがつく。

 彼らはシカーテ諸島出身の傭兵稼業をしている者たちだ。




 シカーテ諸島連合国は多民族国家だ。


 王国や帝国からその国土を守るため連合国となり、年月をかけてまとまりつつあるが、いまだ国内での民族間衝突は耐えない。

 結果、生き残る術として培われた傭兵稼業や暗殺稼業が国を支える一大産業となった。


 王国や帝国にも、それらを生業としたシカーテ諸島出身者は出稼ぎのような形でやって来る。腕の立つ者は引く手数多だ。


 彼らのような存在は珍しくない。


 サンドレア王国は派閥争いに伴い、多くの貴族が傭兵を雇っている。絶好の稼ぎ時なのだろう。




「いやぁ本当はボクたち。マルセイ様には絶対口外するなって言われてるんですけどね?」

 馬車に乗り込んでから、延々とおしゃべりを続けているのは、ジェスカと名乗った男。


 どうやら、ファルマン伯爵の息子マルセイに雇われているくせに、伯爵に金を積まれ口止めされているであろうアレやコレやを売り飛ばしているらしかった。


 すらりと背が高く、鮮やかな朱色の長い髪が印象的な男だ。

 信用第一の傭兵稼業してる奴がそんなおしゃべりで大丈夫か…と心配になるくらい、ジェスカはニコニコと喋り続けている。

 罪の意識がないぶん罪深い。


 もうひとりの小柄な男はそっぽをむいて黙ったままだ。

 慎みがあるというより、ファルマン伯爵や俺と関わりたくないという空気がビシビシ伝わってくる。

 浅黒い肌に濡羽色の艶やかな黒髪と瞳。黒猫みたいな印象の幼さの残る青年だ。

 サシャという名前らしい。

 ジェスカがおしゃべりの間に教えてくれた。




 伯爵の息子、マルセイ・ファルマンという名を聞いて、俺はその名に心当たりがあったことを思い出した。


 王立学園でメルロロッティ嬢のひとつ上の学年にいた、華やかな印象の青年だ。

 学園に通うご令嬢たちにとにかく人気のある青年だった。


 まぁ、それには理由があって。

 マルセイは流行りの婚約破棄の常習犯なのだ。

 むしろコイツが流行の発起人と言っても過言ではないくらい、先取りしていたように思う。


 俺が知ってる限りでも、四回ほどこの男は婚約破棄を繰り返していた。

 婚約者がいるにも関わらず学園で射止めたご令嬢とロマンスを育み、自ら主催した夜会で婚約破棄を言い渡す。


 一度、メルロロッティ嬢にも話しかけてきたことがあったのだが、彼女がマルセイを見る目は、その辺のゴミを見る目以下だった。


 革新派閥内でも婚約破棄の流行で被害を被っている貴族は多い。

 マルセイの振る舞いがファルマン伯爵家をより疎まれがちな存在にしたことは否めない。


 そんな中、苦労の末ようやくマルセイが説得に応じ、ファルマン伯爵家は同格の上級貴族令嬢との婚約を再び取りつけたのだという。


 マルセイも見目麗しいご令嬢に執心なようで、度々手紙を交換し、清く正しい関係を築きはじめていたとのこと。


 しかし、上手く行くかと思われた矢先に問題が起きた。


 マルセイは婚約したご令嬢との連絡をぱったりと止め、別邸に篭りきりなのだそうだ。




「……で。どうやらその別邸に美しい男が出入りしていると」


 俺は馬車に揺られながら、不安そうなファルマン伯爵とニコニコ顔のジェスカに向かって、状況を再確認した。


「ええ。ボクらは普段、マルセイ様の護衛として控えてるんですが。彼が来るとこうやって、別邸から追い出されるんですよねぇ」

 困ってますぅ、みたいな仕草をするが全然困ってない顔のジェスカがそう続けた。


「別邸は他に誰が出入りを?」


「誰も。使用人もすべて外に追い出されます。

ボクらは別邸周辺の警護だけ指示されている状態ですねぇ」


 なるほど。で、ジェスカたちは警護などせずその情報を売り飛ばしていると。


「……邸宅内でマルセイ様とその男が何をしているかは?」


「知りません。知る必要はないと言われています」


 いやーもうこれ。


「黒ですね。多分今頃ヤることヤッてます」


「あはは、ボクもそう思いますぅ」

 ジェスカもにこやかに同意。

 絶望的な顔をするファルマン伯爵。


「あとはご家族で説得するなり、その男との関係を認めてやるなり、好きにしてください。私が行くまでもないですね。

 ここで降ろして頂いても?」

 俺が馬車を停めようとすると、必死の形相でファルマン伯爵が俺にしがみつく。


「いやだ!見捨てないでくれアシュレイ殿!

 息子は私に似て、生粋の女たらしで、無類の女好きのハズなんだ!男を好きになるなど考えられない!

 君なら息子がその道に目覚めたかどうか、一目でわかるだろう!?一度息子のことを見てやってくれ!」


 俺を男好き発見器みたいに使うな。


「もし仮に……、息子がそうだったとしても!

 アシュレイ殿の力でその男から息子を引き離してもらえないだろうか!?君が一夜の夢で終わらせる男なのは知ってる!それで息子が満たされれば、ご令嬢との婚姻には響かない!」


「……私、年下に興味ないんで」


「じゃあ相手の男の方を何とかしてくれ!実に美しい男だそうだ!君の守備範囲内だろ!?」


「いや、だから私には今ヴィルゴ宰相閣下が……」


「頼むよぉぉアシュレイ殿ぉぉぉ」


 俺にしがみついて離れないファルマン伯爵。涙ながらに訴えて来る。

 ようやく漕ぎつけたマルセイの婚約をよほど成就させたいらしい。


「まぁまあ。アシュレイさんに一目見てもらえたら、ファルマン伯爵も諦めがつく……じゃなくて納得するのでは?

 もう別邸にも到着しますし。ささっと済ませてしまいましょ」


 俺とファルマン伯爵の折衷案をとるようにジェスカが提案した。

 俺は深く溜め息をつきながら承諾した。

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