ep25 強襲

「グレイ、ゼクスに依頼したい仕事がある。呼んできてくれないか?」


 片手間で遅めの昼食を食べながら、変わらず調書に目を通し続けるヴィルゴがそう言った。

 俺は午前中に各地への司令書を伝令に渡し終え、ヴィルゴの傍で調書を整理していた。


 ゼクスの予定は確か……午前中は貴族教育の授業を受けて、午後からは暇なはずだ。

 また王城内のどこかに潜んでいるだろう。


「承知しました。探すのに少し時間を頂くかもしれませんが、見つけ次第すぐ閣下のもとに行くよう伝えます」

 俺はそう言って、執務室を後にした。




 俺はエルマーが暮らすサンドレア王城の離宮へと足を運んだ。


 エルマーは厳重な警備のもと、王城の離宮で数人の親しい者に囲まれて、暮らしている。

 御身を守るために隔離されているのは事実だが、まだ幼いエルマーにとって、その小さな世界は十分に満ち足りた場所だ。


 離宮の侍女たちに尋ねると、ゼクスはつい先程までエルマーと一緒にいたらしい。エルマーは遊び疲れたらしく、今は愛らしい寝顔でベッドの中にいた。


 ということは、今ゼクスはひとりか。


 ゼクスが一人の時は概ね場所を特定できるようになった。

 いくつか候補地を回り、ゼクスを発見。

 今回は王城の見張り塔の最上階、塀の隅に座っていた。




「めんどくさ。またお使いか」

 ヴィルゴが呼んでいることを告げると、ゼクスは依頼される仕事に心当たりがあるようで、気だるげにそうぼやいた。


 俺はヴィルゴやゼクスに言われない限り、誰がどこへ何をしに行くのかを尋ねないようにしている。

 内心気にはなるのだが、侍従とはそうあるべきだから、だ。


「あそこ行くのキライなんだよな。暑いし、砂っぽいし」

 その言葉で検討がついた。おそらくはマルゴーン帝国だ。

 ヴィルゴのもとへは、マルゴーン帝国に潜んでいる密偵からも随時調書が送られてきている。

 おそらく帝国の皇宮にも内通者はいるはずだ。彼らへの言伝だろうか。


「それに、あいつヤなんだよな。話してるといつも見透かすような顔して、適当言うとすぐバレる」


 その言葉に俺は心臓が跳ねた。

 一夜を共にした、琥珀の瞳を思い出す。


「ゼクス、それって……」

 思わず尋ねようと口を開いた瞬間、ゼクスが突然立ち上がって東をみた。


 いつもとは全く違う、ゼクスの緊迫した面持ち。

 夜に潜む獣のような気配に俺は思わずおし黙る。


「2……3いや4……衛兵が殺られた」

ゼクスは早口で俺にそう言った。


 冬の日の入りは早い。

 日は既に傾き東の空は暗く、夕暮れの気配を帯びはじめている。

 俺も王城の東側を目を凝らして見るが、何も見えない。


「数が多い。オレはエルマーのいる離宮に行く。ヴィルゴのとこにも何人か襲撃者が向かってる。グレイはそっちに行け」

 そう淡々と告げると、ゼクスは俺……の頭の上あたりをじっと見た。


「ギリギリいけるだろ」


「……なぁゼクス。前から思ってたんだけどさ」


 ゼクスの言葉を聞き、俺はあの日以来もう一度確認したかったことをゼクスに尋ねる。

「お前、やっぱり頭上にレベル表記的なの見えてるよな?」


「見えてない。転移」


 ゼクスは俺をまっすぐ指さして、問答無用でその場から俺を転移させた。




 次の瞬間、俺が佇んでいたのはヴィルゴの執務室。

 一拍遅れて。

 ゼクスがいつも帯剣している側近用の剣が、俺の目の前に現れた。

 使えってことか。俺は慌ててそれを掴む。


 執務室に視線を巡らせると、ヴィルゴは相変わらず調書を手にしているが、視線を開いたままの巨大な扉へと向けている。


 そして、扉の前には黒い衣服を身に纏い、静かに佇む襲撃者たち。

 全部で5人だ。


 俺が唐突に姿を現したことに誰一人動じる者はない。

 彼らが洗練されたその道の者たちであることを物語っていた。


「……ゼクスは?」

 視線を逸らさないまま、ヴィルゴが俺に尋ねた。


「エルマー陛下のもとに行きました」

 俺がそう言うと、ヴィルゴは立ち上がる。


「悪くない判断だ。グレイ、遅れをとるなよ」

 そう言いながら俺と刺客たちに背を向け、壁に飾られた2本の剣にヴィルゴは手を伸ばす。


 ——瞬間。

 俺が理解できたのは、俺のすぐ横を風のように過ぎ去った襲撃者の一人が、背を向けたヴィルゴに斬りかかっている状況。


 え、速すぎだろ!?


 俺が振り向いてヴィルゴに叫ぶ間もなく。

 襲撃者はヴィルゴの剣に首を貫かれて、壁に串刺しにされていた。


「ぐぅっ……!?がっ……はっ……」

 苦しみ喘ぐ短い嗚咽とともに、串刺しにされたまま絶命する襲撃者。

 綺麗に串刺しにされたからか、血はほとんど飛び散ることなく、刺さった剣の隙間からどろりと赤黒く滴った。


 ヴィルゴはそのまま壁から剣を引き抜くことなく、もう一本の剣を構えた。




 ……言い漏れておりましたが。


 ヴィルゴは宰相となる以前、前宰相の補佐として文官をしていた頃。

 サンドレア王国で毎年行われている剣術大会で、王国が誇る騎士たちを差し置き、優勝を勝ち取り続けた剣の達人だったそうだ。

 文官の身でありながら、武をも極め、現在の揺るぎない地位、そして圧倒的な支持を得た権力者。


 あらゆるステータスがカンストしているのだ、このお方は。




「念の為だが言っておく。グレイ、調書には血を飛ばすな」

 ヴィルゴは悠然とそう言いながら、俺の少し前へ出た。


「…………善処します」


 絶対この場に俺いらん。

 という心の声を飲み込む俺。


 ヴィルゴの邪魔にならないよう。

 1秒でも早くゼクスがここに駆けつけるよう。

 俺は、ひたすら願うしかなかった。

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