ep24 宰相の侍従

 今朝もサンドレア王国には、眩しい朝日が差し込む。

 鳥のさえずりが聞こえる清々しい朝だ。


 差し込んだ朝日が最初に照らすのは、荒れ果てた王国の城門に散らばる派閥闘争の残骸たちだ。

 それらを啄むカラスたちのさえずりは、四六時中続くので、もうすっかり聴き慣れてしまった。


 王城の一室を自室にあてがわれた俺は、これまでの習慣どおり夜明け前に目覚め、身支度を整えると、宰相閣下の執務室へとむかう。


 静寂に包まれた王城の広い廊下。俺だけの足音が響いている。

 執務室の前まで行くと、俺を呼ぶ声がした。

「グレイ、ちょっと来てくれ」


 常に執務室の扉は少し開いたままだ。

 訪問者がある度にこの巨大な扉を開閉する衛兵もいない。


「おはようございます。ヴィルゴ宰相閣下」


 王国各地の情勢がまとめられた調書の山に目を通し続けるヴィルゴに、俺は宰相の侍従ぜんとした恭しいを挨拶をした。




 ヴィルゴと新王エルマー、そしてゼクスが突然スノーヴィア領にやってきたあの日から、はや1ヶ月。


 ヴィルゴのプレイ部屋で話した通り、俺はヴィルゴに予知を提供し、彼の侍従としての仕事を全うしている。

 正直複雑な気分ではあったが、サンドレア王国での暮らしにも馴染んできていた。


 サンドレア王国に尽力するヴィルゴの姿は敬服に値するものだった。


 毎日ほとんど眠らず、日々大陸中から送られてくる情報に全て目を通し、それらを頭に叩き込む。

 その情報をもとにどう動くかを司令書にひたすら綴り、各地方の担当伝令にそれを渡す。

 これを毎日繰り返していた。


 ヴィルゴはこの王城の宰相執務室から、たった一人でサンドレア王国全域に司令を出し、王国復興を取り仕切っているのだ。


 革新派閥はヴィルゴの指示のもと、王都から流れた難民の保護と周囲に出現した賊の掃討作戦を最優先で行なっている。

 すでに民衆の支持は高いようだ。

 まだ残る穏健派閥の制圧については、ゼクスが駆り出され無血で決着がついているとのこと。


 サンドレア王国は、最速と言える速度で平穏と再びの活気を取り戻そうとしていた。




 そして、そんなヴィルゴのもとでの俺の仕事について。


 予知に関しては、俺は自分が見知っていることをすべてヴィルゴに話した。

 その後も必要に応じて都度ヴィルゴからの質問に回答したり、予知をもとに提言したり、ということをしている。

 ヴィルゴはそれらを聞くと「やはりそうか」と言いながら、司令書に調整をかけている。その記憶力と知略を持って、予知とは違う未来を手繰ろうとしているのだ。

 常人には到底真似できない、彼だからこそできる芸当だ。


 予知に加え、彼の身の回りの世話についても自ら侍従としてその務めを買って出た。

 今ヴィルゴの周りには、常にいた見目麗しい側近たちは誰一人いない。

 サンドレア王城内はほとんど人がいない状態となっている。

 王城周辺にはヴィルゴ直轄の精鋭兵が厳重な警備にあたったいるが、王城内はヴィルゴとエルマーが信頼するごくわずかな人間しか出入りを許されていない。


 そういう状況もあり、俺に出来ることは無限にあるわけで。


 日々ヴィルゴに付き従い、侍従として彼の身の回りの快適な環境を保ちつつ、書類仕事の補佐をする。

 目まぐるしく過ぎゆく日々の中、たまに北の故郷に想いを馳せては、メルロロッティ嬢を思い出し、ホームシックになりかける……そんな生活を俺は送っていた。




 それから。

 特筆すべき、俺の仕事がもうひとつ。


「おい、ゼクス。いい加減にしろ」

 俺は低い声で苛立ちを隠さず、言葉をぶつけた。


 サンドレア王城内の裏手。

 派閥闘争で崩れた城壁の瓦礫を超えた先の、じめっとした日陰の暗がりのさらにその先に、ゼクスは座り込んでいた。


 ゼクスは俺を無言で一瞥し、小さく舌打ち。

 そして、また無言で目を逸らす。


 ……また不都合な俺の存在を、なかったことにしやがった。




「次に俺を無視したり、約束の時間に遅れたら、ヴィルゴ宰相閣下に問題行動として報告するからな」

 俺の淡々とした物言いに、ピクリとゼクスは反応した。


「…………無視してない。約束も今から行こうとしてた」

 ヴィルゴに怒られるのは嫌らしい。


「舌打ちは報告にあげとく」


「……ヴィルゴの犬が」

 再びの舌打ち。


「犬じゃない、侍従だ。そしてお前のお目付け役でもある」




 俺はヴィルゴから直々に、ゼクスのお目付け役に抜擢された。


 ゼクスは反発する穏健派閥貴族の掃討作戦や貴族領制圧以外の時間は、サンドレア王城内にいる。

 面白いことに王城にいる間、ゼクスはこの世界に関する座学や一般教養、貴族教育をやらされているのだ。

 新王エルマーの護衛という立場として、最低限必要なのだそうだ。


 ゼクス本人に聞いたところによると、やはりもといた世界からいつのまにかこの世界に迷い込んだらしい。

 ——つまるところ、異世界転移者だ。


 もとの世界では誰でも使える異能力が、この世界には存在すらしないことに、新鮮味を感じたが魅力は感じなかったらしい。

 驚愕や畏怖の眼差しを向けられるくらいなら、何もしないで可能な限り目立ちたくないのだそうだ。

 俺にはわかる。コイツは生粋の陰キャだ。


 そしてその性質が祟ってか、ゼクスはとにかく見つけにくい。

 隠れているワケじゃないらしいのだが、日陰やじめっとした暗い場所。なおかつ、ちょっと回り込んだり分け入ったようなところにいつも座り込んで、じっとしているのだ。


 最初のうちはゼクスを探し当てるのに苦労したが、この1ヶ月で無駄に俺のかくれんぼスキルは上達した。




「立てゼクス。もうすぐ一般教養の座学の時間だ」


 俺はゼクスの腕をひっぱりあげる。

 余談だが、ゼクスは他の誰かに身体を触れられていると、例の異能力は使えないらしい。

 気が散るのだとか。


「うぅー離せ」

嫌そうだが、しぶしぶ立ち上がるゼクス。


 ゼクスがこうして大人しく言うことを聞き、ヴィルゴに協力する理由は、王国の復興後、誰も近づくことのない静かな隠居場所を教えてもらうためらしい。いかにもゼクスらしい理由だ。

 そして、確かにヴィルゴの情報網を持ってすれば、最適な居場所は見つかりそうな気がする。


 座学の授業へと向かう俺の背中を見ながら、ゼクスがボソリと嫌味を言う。

「……あっさり懐柔されやがって」


 強硬手段で俺を攫ってきたにも関わらず、ヴィルゴの言いつけをしかと守り、お目付け役として小言を言い続ける俺が、ゼクスは気に入らないらしい。


「俺はもともとヴィルゴ宰相閣下は好きなんだ。この状況にさほど抵抗はない」


「身体も心もすっかりあいつのモノだもんな」


 たまにプレイ部屋や執務室でやらしーことしてることを俺もヴィルゴも隠していない。


「ヴィルゴ宰相閣下は最高な男だ。お前も一度抱かれてみたらわかる」

 勝ち誇った顔で俺は断言する。


「……フン。お前と竿兄弟になるのはゴメンだね」


「さおきょーだいってなに?」

 かわいい声で純粋無垢な質問が飛んできた。

 新王エルマーだ。


 ……気づかなかった。

 ゼクスの脇にへばりついてたのか。


「エルマー陛下。またこのような場所にへばりついておられたのですね」


「さおきょーだいってなに?」

 再びの質問。

 幼き王の口から出ていいワードではないね、うん。


「エルマー、お前王様のくせに何も知らないんだな」

 今度はゼクスが勝ち誇ったように鼻で笑う。


「竿ってのは男性器の隠語のことだ。兄弟ってのは同じその男性器を性行為を通して挿入……」


「4歳児に何教えてんだ」

 俺はエルマーの耳を塞ぎながら、ゼクスからエルマーをはがした。




 ゼクスはエルマーに相当に気に入られている。

 今日のように、エルマーが蝉のようにゼクスの服にへばりついているのを、たびたび目撃する。


 乳母や侍女がいなくなったエルマーを探す時、一番最初にゼクスの服にへばりついてないかをチェックするくらい、大概エルマーはゼクスにへばりついているのだ。


 幼き王とその護衛の距離感としては理想的なのかもしれないが。

 なかなかにシュールな光景だ。


 ゼクス的にはエルマーがへばりついているのはそれなりに邪魔ではあるらしく。

 その異能力を持って、へばりつかれている間はエルマーの周囲だけ重力調整を行なっているらしい。


 エルマーが自重に負けて落ちて怪我しないように、ゼクスはエルマーで重さを感じないようなっていると思われる。

 その証拠に俺がエルマーを抱っこして離すと、エルマーがゼクスから手を離した途端にずしりと4歳児らしい重みが俺の腕にかかる。


 ……異能力の使いどころ、そこであってるのか?

 と正直思っている。


 どうでもいい事ばかりに万能を発揮しているゼクスに、以前俺は質問したことがある。


「頭の上に名前とかレベル見えちゃってるの?」

 とか、

「俺のステータスってどんな感じ?」

 とか。


 ゼクスには冷ややかな顔で、「お前、頭の病気なのか?」と言われた。

 ゼクスとはそれ以来、異世界がらみの話はしなくなった。

 そのため、他にコイツのことは何も知らん。以上だ。




 ゼクスは今日も座学の教師から、王の護衛たるべき振る舞いから世間常識に至るまで、ビシバシ教え込まれていた。

 心から嫌そうな顔をしているが、大人しく授業を受けている。

 ……異能力なんてなければ、そのへんの若者と同じだな。


 そんなことを思いながら、ゼクスが無事授業に間に合ったことを見届け、俺は部屋を後にした。




 ゼクスはイヤな奴じゃない。

 エルマーも可愛い。

 ヴィルゴだって、心から尊敬できる人だ。

 彼らは多分。なにひとつ、間違ったことはしていない。


 ……絆されたワケじゃない、と思う。


 だが、俺には新たな心境が芽生えはじめていた。

 彼らやサンドレア王国の力になりたいと、心からそう思えるようになっていた。


 そうして、俺はなすべき崇高な目的を思い出しては、葛藤する日々を送っている。

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