ep23 尋問部屋

「や……めてくれ、ヴィルゴ……っん、あぁっ……!」


 俺のかすれた喘ぎ声は、暗く冷たい王城の地下で響いていた。




 サンドレア王城の地下、黒々とした石造りの長い廊下の先。

 重たい鉄扉は少しだけ開いており、その隙間からもれる蝋燭の光が、ゆらりと怪しげに周囲を照らしている。


 俺は上半身を露わにされ、両腕をあげた状態で低い天井から伸びる手錠に繋がれていた。

 俺の体が揺れるたびに、手錠の鎖が鈍い金属音を鳴らす。


「何故拒絶するんだ、グレイ。自ら選んでここに来たのだろう?」

 そうヴィルゴは淡々と、だが優越感にどっぷりと浸った表情で語りかけてくる。


 ヴィルゴは俺を後ろから抱き、身体を好き勝手にまさぐっている。たまに背中を舐め、首を噛み、俺の肌に唇を這わせる。いつになく楽しげだ。

 その手つきはどこか優雅ながら性急で、耳元で聞こえる吐息は甘くも激しさを感じる。


「違う、んっ……俺は、スノーヴィア、を守、ろうと……っ」

 否定の言葉を並べる俺の服に、ヴィルゴが指を滑り込ませる。

 腰骨をいやらしく這い、そのまま下へ。俺の腰で緩やかに昂るそれに触れた。

 革手袋ごしの指先の冷たさに俺はビクリと跳ねる。天井からの手錠の鎖がチャリと音を立てた。


「あ……ヴィルゴ、本当に……そ、こは駄目だ……っ」


「駄目というわりには、ずいぶん悦んでいるようだが」

 俺の制止する言葉など無視し、ヴィルゴはゆるりと手で握り優しく愛撫しはじめる。


「ほ、んとに駄目だ……んぅっ……これじゃ本当に……っ」


「素直になるんだ、グレイ。ほらもうこんなになってる」

 みるみる昂るそれを、ヴィルゴは指先で弄ぶ。


「いや、だから……本当にっ……駄目なんだって」


「我慢するな。先から溢れてるぞ……」


「……駄目だって言ってるだろ、ヴィルゴ」


「グレイ、力を抜け……」


「ヴィルゴ」


「……はぁ。つまらんな」


 心底つまらなそうな顔で、ヴィルゴはようやく俺から離れてくれた。


「君の趣味嗜好にはあってる演出だったろ」


「あってはいるが、話が先だ」


 俺は手錠に繋がれたままくるりと振り返り、冷ややかな目でヴィルゴをじとりと睨んだ。




 スノーヴィア辺境伯城の応接室から、ゼクスの転移で一瞬にしてサンドレア王城に到着して、まもなく。

 ヴィルゴに「話をしよう」と通されたのが、この尋問部屋だった。


 尋問部屋とは言ったが、何故か豪華なベッドが一番目につく場所に置かれている。

 そして目に飛び込んでくる無造作に置かれた品々。ぬめった太めの棒に、数珠のような歪な器具、鞭に羽根、各所を締め付ける革紐等。

 一般的な尋問部屋とは明らかに違う装いだ。


 ……多分、ヴィルゴ専用のプレイ部屋だと思われる。


 入室早々、ヴィルゴは黙って俺の服をむき手錠をかけた。それをとりあえず黙って見てた俺。

 俺も大概だが、ヴィルゴもそういうプレイの良さを熟知している。

 二人揃って緊迫感並びに配慮が足りなかったことについては、ここで謝罪しておこう。




「……ま、応接間で話したことがすべてだよ。グレイ、サンドレア王国再建のために君の予知が必要だ」

 そう言って、ヴィルゴは傍にあった木製の椅子に腰掛ける。

 俺の手錠は外さないんかーい。


「もっと穏便な方法があっただろ」


「あぁ。帰路の途中にゼクスで君を連れ去ろうとした。失敗したが」


「誘拐を穏便とは言わない」


「……メルロロッティ嬢を説得しろと?君を手放す訳がない」


「貴方ならできたと思うが」


「転移する直前の彼女の目を見ただろう。説得しようものなら、竜に食いちぎられているよ」

 まぁ、確かに。


「まったく……主従が近すぎるというのも問題だな」

 ヴィルゴは呆れたようにボソリと言った。


 メルロロッティ嬢とは何ひとつ言葉を交わすことなく、引き離された。

 独断でヴィルゴに付き従うことを決めた時、こちらを凝視していた。

 多分、あれは怒っていた。

 ……今もどると俺も竜の餌食になるかもしれない。ひぇっ


「俺の予知を必要とする期間は?」


「君がいれば半年……いや、4ヶ月もあれば私の仕事は片づくだろう」

 結構長い。王国再建のためと考えるなら短いか?


「すでに言ったが、俺の予知から大陸の情勢がズレはじめてる。役に立てるとは思えないが」


「十分だ。予知から外れた未来に行くことが目的だ。その差異を照会できればいい」


 そしてヴィルゴは俺を見てこう続けた。

「……グレイ。君の予知ではサンドレア王国は滅ぶのだろ」


 俺の心臓が跳ねた。

 俺が唯一、ヴィルゴに黙っていたことだ。


「……知ってたのか」


「君はこの手の話をすると、いつも急に顔が曇っていたからな。私のことは慕っているが、王国を毛嫌いしている。その狭間で悩んでいる……そんな顔をしていた」


 完全に読まれていた。

 ヴァンが言ってた通り、俺は嘘をつくのにむいてないのかもしれない。

 恋人ができようものなら、秒で浮気がバレて殺されそうだ。


「……わかった、協力しよう。そのかわり今後スノーヴィアにゼクスを近づけるな」


「もとからそのつもりだよ」


「スノーヴィアへは、俺の奪還に動かないよう直筆の書状を出す。メルロロッティ嬢なら俺の字をみれば納得してくれるだろう」


「あぁ。そうしてくれると助かる」


 こうして。

 滞りなく交渉は成立した。


 エルメスタ女王が言っていた『歴史の歪曲』

 予知とは違う未来を手繰ろうとしているのは、おそらくヴィルゴだ。




「正直に言うと、事態があまりに急転しすぎて猶予のない状況だった。君がこうして、素直に協力してくれて本当に助かる」

 そう言いながら、ヴィルゴはプレイ部屋にあるベッドの脇に立つ。

 上着を脱ぎはじめた。黒い革手袋も外し、ぽいとベッドの脇に投げる。


「改めて礼を言わせてくれ。グレイ」


 礼を言われても、いまだ釈然としない俺はいじわるを言ってみる。

「……俺の予知は貴方に悪だと言われた。ウソをつくかもしれないぞ」


「ないな」


「サンドレア王国は好きになれない」


「それでも君は善処してくれるさ」


 俺の考えや行動など、ヴィルゴは知り尽くしているのだろう。

 俺はきっと、彼には一生敵わない。


 ヴィルゴはシャツのボタンを外しはじめた。

 繊細な刺繍の施されたダークグレーのシャツから、逞しい腹筋が見え隠れする。


「グレイ。他に言っておくべきことはあるか?」

 そう尋ねながら、ヴィルゴは壁に設置されたレバーを引く。手錠の鎖がガラガラと天井から延び、それを徐ろに掴んだ。


 俺はヴィルゴの色香漂う身体に釘付けになりつつ、今絶対言っておかねばならない、重要事項を口にした。


「……乱暴めに頼む♡」


 ヴィルゴはゆったり微笑むと「当然」と言い、俺を鎖ごと乱暴にベッドの方へ掴み倒した。

 そして、手錠をかけられたままの俺を組み敷く。


 獲物を捕らえた猛獣のような笑みでヴィルゴは俺を見下ろし、先程の続きを再開したのだった。

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