ep21 招かれざる者
最初にヴィルゴ宰相たちと遭遇したのは、城内の掃除をしていた侍女だったそうだ。
玄関ホールで階段の手すりをはたき終わり、振り返ったら彼らがそこに佇んでいたと言う。ヴィルゴ宰相と新王エルマー、そして側近の三人。
城門を馬車が通過した記録もなく、当然入口にも馬車は止まっていなかった。
不気味すぎる。
この世界には魔法の概念はあるが、移動魔法だの飛行魔法だのといった便利なものは存在しない。
人を死に至らしめたり、瀕死の人間を蘇生するようなものも存在しない。生活に寄り添い、ほんの少しだけ暮らしを豊かにする。その程度の魔法ばかりだ。
そんな大層な魔法が存在すれば、飛竜がこんなにも恐れられ重宝されるわけがないのだ。
ちなみに。
俺はこの世界でいたく感動し、活用している魔法がいくつかある。『洗浄魔法』と『生成魔法』いうやつだ。
その有用性については実演を交えて語りたいのだが……うん、また今度にしておこう。今この状況で話すことではない。
ヴィルゴ宰相一行は人の目を避けるように城の最奥にある応接室に通された。
ポレロ辺境伯は最大の警戒をするよう言い、メルロロッティ嬢と俺を伴い応接室に向かっていた。
応接室の扉を抜けると、そこには俺のよく知るヴィルゴ宰相がソファに腰掛けていた。会うのはサンドレア王国での茶会以来だ。
俺の姿を見つけると、ヴィルゴ宰相は一瞬驚いたような顔をした後、眉間に皺を寄せ溜め息をつく。
すぐに視線はポレロ辺境伯とメルロロッティ嬢へむけられたが。
……なんだ今の?
「突然の訪問にも関わらず、我々を招き入れてくださったこと、心から感謝致します。ポレロ・スノーヴィア辺境伯」
ヴィルゴ宰相は立ち上がり、深々と頭をさげた。
彼が頭を下げるのはサンドレア王国内では国王だけだ。
他の有力貴族に頭を下げているところを見たことがない。少し新鮮な光景だ。
「勝手に城内へ足を踏み入れられましたからな。ここで追い返した方が我が領地に有害と判断したまでです。歓迎はしておりませんよぉ~」
ポレロ辺境伯はいつもの穏やかな笑顔で、淡々と突き放す。
ヴィルゴ宰相も笑顔を崩さない。
このふたり、並ぶとなんか怖いな……
擁立された新王エルマーは、どこにでもいそうな貴族のお坊ちゃんだった。
応接間で座っているのに数秒で飽き、壁際に立つ衛兵たちにかくれんぼをせがんでいる。
ヴィルゴ宰相がここに来た目的は、概ね予想通りのものだった。
スノーヴィア領と新たな体制となったサンドレア王国の間でもう一度盟約を交わし、王国を守ってほしいこと。
そして、新王エルマーを領内で匿ってほしいこと。
「お断りですなぁ~」
ポレロ辺境伯は即答だった。
そりゃそうだ。盟約はおろか、新王を匿うなどもっての他だ。
穏健派罰の残党、サンドレア王国を滅ぼす機会を伺っているマルゴーン帝国、あらゆる勢力が武力を持って侵攻する絶好の口実を与えることになる。
もしそれだけの数の敵意を一斉に向けられれば、屈強なスノーヴィアと言えど、ただで済むはずがない。
というか、彼らがここに今いること自体、すでに同じような状況を作り出しているのだ。
「早急に我が領内から出ていって頂きたい」
ポレロ辺境伯は立ち上がった。
「忙しいので失礼しますよ。あとの話はメルロロッティたちとされると良い」
エルマーを一瞥し、ポレロ辺境伯は応接室を出た。
敬意もなければ忠誠などもない、確固たる姿勢をみせて。
応接室に残されたのは俺とメルロロッティ嬢、新王エルマーとヴィルゴ宰相、その後ろに佇む側近。壁際に並ぶ4名のスノーヴィア衛兵は、ポレロ辺境伯の指示で残された。
エルマーは側近によじ登りはじめている。微動だにしないあの側近すげーな……
「まぁ、そうだろうね」
堅苦しさの抜けたヴィルゴ宰相は、脚を組んで背もたれに背中を預けながら、溜め息まじりにそう言った。
俺とメルロロッティ嬢、そしてヴィルゴ宰相は少し特別な関係だったと思う。
王立学園に通っている間、時間を見つけては三人で他愛のない話をしたものだ。出会った頃の思い出、学園生活のこと、王政についての愚痴。
ポレロ辺境伯はそのことを知っていて、俺たちを残してくれたのだろう。
話すべきことがあると信じて。
「……ヴィルゴ宰相閣下、なぜこのような暴挙に及んだのですか」
メルロロッティ嬢が静かに尋ねた。
ここへの突然の訪問もあるが、国王や王太子たちの処刑と穏健派閥貴族の虐殺のことだ。
ヴィルゴ宰相はしばらく黙っていたが、静かにその重い口を開いた。
「私はね、他の者より記憶力が良い。君たちとはじめて出会った日の空の色や足元に咲いていた花の数、誰がその場にいて、どんな会話をしたか。一言一句まですべて覚えている」
それは記憶力が良いの範疇超えてないでしょうか……と心の中でツッコミを入れておく俺。
「この記憶力で、サンドレア王国全域はもちろん、大陸のあらゆる場所から常に情報を集め、それらをすべて頭に叩き入れて、総合的に判断する。いくつもの選択肢の中から、最も王国のためとなり、できるだけ血の流れない選択をしてきたつもりだ」
そしてヴィルゴ宰相は眉間に皺をよせ、不快そうな顔をしてこう続けた。
「あの女が現れるまではね」
はじめてみる彼の顔だった。
メルロロッティ嬢もその顔の冷たさに少し緊張した面持ちだ。
「君たちも知っているだろう。いつの間にか王太子の隣にいた、ラヴィという女のことだ」
その名前に俺はドクリと心臓が跳ねる。嫌と言うほど知っている、ゲームの主人公。
「あの女は駄目だ。人を虜にし判断を偏らせる、そういう性質を持っていた」
ヴィルゴ宰相の話によると、婚約破棄の茶会後しばらくして、ラヴィが王太子とともにヴィルゴ宰相のもとに現れたそうだ。
自分たちの婚姻を成就させるため「穏健派閥と結託し革新派閥を掃討したい」というとんでもない提案をひっさげて。
「当然棄却されるべき提案だが、あの女と話していると意思が歪められ、正しい判断ができなくなる。いつの間にか、あの女に最も都合の良い選択肢に偏るんだ。……自分で自分が制御できない。恐ろしい感覚だったよ」
そして気づけばその提案を飲み、手遅れの状況になっていたのだそうだ。
「だから殺した。サンドレア王国のために」
サンドレア王国全土を巻き込まず、これ以上の犠牲を出さないための犠牲。
王族と反発する穏健派閥の掃討に乗り出すことに踏み切った。
「……あの日以来、嫌な感覚に襲われるようになった。脳が熱く煮えるような感覚。少しずつ自我を失うような感覚に。私はいつか二度と自我を取り戻せなくなるのではないかと、自分自身が恐ろしいよ」
ヴィルゴ宰相は自嘲気味に微笑んでいる。
その目には大きな犠牲を払ったことや自身の感覚への疲弊が克明に感じられた。少し痩せたかもしれない。
「メルロロッティ嬢」
ヴィルゴ宰相は改めてその名を呼び、ソファに預けていた体を起こすと、メルロロッティ嬢へと向き直った。
俺は直感する。
彼がここに来た本当の目的は、おそらく今から口にすることなのだ、と。
ヴィルゴ宰相はメルロロッティ嬢、そして俺を見てこう言った。
「グレイを私に譲ってはもらえないだろうか?」
…………ん?
え、俺?
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