ep20 予知のズレ

 サンドレア王国からの一報が届いて数日。

 この王国事変は大陸を一気に駆け巡り、スノーヴィア辺境伯城の城下もその話で持ちきりだ。


 サンドレア王国とスノーヴィア領の国境付近にも難民が溢れ、それらを狙う賊の類が現れはじめている。

 スノーヴィアは急遽、飛竜騎士団を配備し警戒体制をとることになり、領内はものものしい雰囲気を漂わせていた。


 俺は朝から情報収集のため城下へと赴き、サンドレア王国にいる密偵への伝令をすませて城へもどると、ポレロ辺境伯つきの小姓が駆け寄ってきた。辺境伯が俺を呼んでいるらしい。

 俺は早い足取りで辺境伯の書斎へとむかう。




 内心焦り続けていた。


 サンドレア王国の王太子とラヴィが死んだ。

 王国が滅亡することはすなわちゲームオーバーを意味するが、ゲームの筋書きに関係なく二人が殺されるなど、想像もしていなかった。

 仮にゲームオーバーになっても、殺されるような展開だってなかったからだ。

 滅びゆく王国を嘆きながら国外逃亡する……そんなやんわりとしたゲームオーバーが描かれていただけだった。


 そしてサンドレア王国で派閥対立はあれど革新派閥が虐殺を起こす展開など、ゲームにはない。

 王国が二分される展開は確かにあるが、それは財務管理に失敗し特定のパラメータを保ったまま、ゲーム終盤で発生させることのできる特殊なイベントだ。

 婚約破棄から数えても2年以上先のはずだった。


 サンドレア王国のズレを語るのであれば、マルゴーン帝国もそうだ。

 ここ数年の他国への侵略スピードは度を超えていた。ゲームと比べても明らかに異常な速度だった。

 そして今はぱったりとその手を止めている。


 ワケがわからない。

 これがエルメスタ女王が言っていた『歴史の歪曲』なのだろうか?


 ただ、ひとつだけ。

 俺には言えることがあった。

 これらから導き出される、ひとつの事実。




 ポレロ辺境伯の書斎へ入ると、メルロロッティ嬢が静かに振り向き「遅いわ」と俺を短く叱責した。

 そこにはダングリッド団長にクラウス副団長もいた。

 ハーシュを含めた竜騎士三名もいる。彼らは俺の竜騎士見習いの同期達だ。

 招集された面々をみて、俺には何の話かすぐ検討がつく。


「遅れて申し訳ございません」

 俺はそう言って、メルロロッティ嬢の後ろではなくポレロ辺境伯の前、彼らが囲む書斎の中央に立つ。


 そして頭をさげた。

「サンドレア王国に起こったことは予知にはありませんでした」


 俺は静かに言葉を続ける。

「予知とは大きく異なる歴史の流れを感じます。今後、私の予知は頼ることができない状況かと」



 俺の予知とこの世界の歴史の遷移はズレはじめていた。


 それはすなわち。

 予知を当てにすることができないという事実を意味していた。



 ポレロ辺境伯は「そっか~」と座っていた椅子の背に身を投げ、メルロロッティ嬢は「顔をあげなさい」と言い、俺の側へと歩み寄った。


 ここにいる者は皆、俺と親しい者たちだ。

 共通点は俺の『予知』を知っていること。


「グレイの予知には王国の二分もあっただろ。時期がズレたことに心当たりは?」

 そう口を開いたのはダングリッド団長だ。


「時期だけの問題ではないでしょう。まず前提条件が違う。グレイ君の予知では王族や穏健派閥は殺されていないし、新王の擁立もない」

 そう続いたのはクラウス副団長。


 俺は頷き肯定し、言葉を続けた。

「今までこれほど大きな差異が出ることはありませんでした。ただ、確かに王国や帝国も……わずかですがズレは起こっていたように思います。気をつけていれば、他の兆候にも気づけたかもしれない。

 誤差の範囲内だと軽視していました。申し訳ありません」

 俺はそう言って再び頭をさげる。


 この場で俺を責めるような者は誰もいなかった。

 メルロロッティ嬢はまるで俺を気遣うように、すぐ傍に佇んでいる。

 ありがとう、マイエンジェル。


「ヴィルゴ宰相閣下がこのような強硬手段に出るのにも、私は違和感を覚えるわ」

 メルロロッティ嬢の言葉には俺も同意だ。

 こんなこと平気でするような人じゃない。


「そうだよねぇ。わからないこと、物騒なことが多すぎるよね~」

 そう言うとポレロ辺境伯は足を投げ出し、椅子の上でクルクル回り出す。

 辺境伯の椅子は、職人に造らせたこの世界唯一無二の回転椅子だ。

 俺が予知の延長でデスクチェアの話をしたら、欲しがっていつの間にか造らせたらしい。


「これまでボクたちはグレイ君の予知に沢山助けられてきたけれど、今後は頼れない状況になっていることを肝に銘じよう。慎重な判断を心がけるように~」

 そう言って、ポレロ辺境伯は回転をやめ正面にもどってくる。


「ただし。グレイ君の予知があろうとなかろうと、スノーヴィアが自領のために貫く姿勢は変わらないよ。

 道を違えた以上、サンドレア王国の者は何人も我々の領内には踏み込ませない。そこは徹底するように」

 ニッコリとそう告げた。

 ぽやーんとしてるけど、辺境伯はこう言う部分を曖昧にしない。


 竜騎士たちは敬礼する。

 俺とメルロロッティ嬢は頭をさげ、異論がない旨を示した。




「お話中、失礼します!」

 そう言って扉を慌ただしく開け放ったのは、辺境伯の小姓だ。俺に言伝してくれた子。


 一斉にメルロロッティ嬢や団長たちに見下ろされ、小姓は怯んだような表情をするが、すぐぴっと姿勢を正した。


「コラ~今の時間はどんな言伝もあとにしなさいと言ったでしょう」

 ポレロ辺境伯がプリプリ諌めると、小姓は頭を深く下げたままこう続けた。


「申し訳ありません。ポレロ様。ですが家宰長が今すぐお伝えするようにと。火急の知らせにございます」


 家宰長が許可を?

 その言葉に全員が眉をひそめた。


「サンドレア王国新王陛下のエルマー・コルレオ・サンドレア様と、同じくサンドレア王国の宰相閣下ヴィルゴ・サイラス様がお見えになっています」


 その場にいた全員が、何かの間違いではないかと凍りついた。

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