ep15 騎士団vs騎士団

 この世界には鳥以外に、空を飛ぶことのできる『飛行種』と呼ばれる生物がいる。

 人間と共存する飛行種の代表格といえば、以下の3種だろう。


 スノーヴィア領北部に一大生息地を構え、空の王者と謳われる飛竜。

 その獰猛さと狡猾さで、マルゴーン帝国が軍用騎獣として採用しているグリフォン。

 大陸最北西の宗教国家バルツ聖国で、聖獣として人々に崇め奉られている天馬。


 この中でも天馬は特に希少だ。

 聖国内で聖獣として大切に扱われているため、国外に出回ることなどほとんどない。

 閉鎖的な国であるが故に、天馬が他国に赴くことも稀だ。

 神聖視される理由は、一目見てよくわかった。

 空を駆ける姿も大地に降り立ち佇む姿も、彼らはあまりに神々しく美しい。




「……なんだと?もう一回言ってみろ」


 純白の天馬達が並ぶ、スノーヴィア辺境伯城内の厩舎前。

 怒りと不快さを隠さないハーシュの声が、城内の廊下を歩く俺にまで聞こえてきた。


 飛竜騎士団と天馬騎士団が揉めている。


「理解できなかったのなら、何度でも言ってやろう」

 整った顔を蔑むような表情に歪め高らかに声をあげたのは、金髪巻毛の大柄な天馬騎士の男。


「我らの天馬に野蛮な飛竜と同じ水を飲ませるなと、そう言っているんだ」

 ハーシュをわざと煽るように、再び高慢に言い放った。


 はるばる大陸の最北西から来訪したバルツ聖国一行は、3日間スノーヴィア辺境伯城に滞在することになった。


 婚約の申し出を受ける気はないとは言え、わざわざ特使の一団を派遣したバルツ聖国に「すぐさま帰れ」というのはあまりに礼を欠く、という話になり。

 建前上、メルロロッティ嬢が返答を検討しそれを書状にしたためる期間として、3日間が設けられたのだ。


 その期間中の天馬の扱いについて、スノーヴィア飛竜騎士団とバルツ聖国天馬騎士団は火花を散らしていた。


「そもそも。同じ厩舎で構わないと妥協してやってるのにすら、感謝してほしいくらいなんですよ。こちらとしては」

 大柄な天馬騎士の横からひょこっと顔を出してハーシュに生意気な物言いをしたのは、金髪直毛の小柄な天馬騎士。

 いかにも貴族らしい小綺麗な青年だ。


「お前は後で絶対泣かす」

 ハーシュが青年を一瞥して言い捨てる。

 気をつけろ、そこの美青年。

 ハーシュの大好物は、美人な男・生意気な男・言葉攻めに弱そうな男、だ。

 今のところ、お前全部条件満たしてるからな!


 ハーシュのすぐ後ろには、コルトーや他の隊員、隊長たちまでいた。

 ふだんなら他部隊の隊長たちはハーシュをなだめる役回りなのだろうが、今回ばかりはハーシュと同様、天馬騎士団の明らかな飛竜への侮辱に応戦する姿勢のようだ。


「な、何をしているんだ、彼らは……」

 天馬騎士たちの態度に青ざめてそう溢したのは、イージスと名乗った穏やかな雰囲気の男。

 城内を案内中の俺に同行しているバルツ聖国の神官だ。


 イージスが慌てて厩舎へ向かおうと踵を返した、その時。


「いがみ合うのはそこまでにしてください」


 手を叩きながら仲裁に入ったのは、クラウス飛竜騎士団副団長だった。


「クラウスさん、だってこいつら……!」

 ハーシュは怒りを露わに物申そうとするが、クラウス副団長がそれを制する。


「ハーシュ、気持ちはわかるけれど。天馬騎士団の言い分はわかる。僕らにとっては飛竜たちは家族のようなものだけれど、彼らにとっての天馬たちはそうじゃない、信仰対象だ」


 そして完璧な造形の美しい笑顔で竜騎士たちを諭す。

「相手の思想や在り方を尊重するんだ」


 ハーシュはクラウス副団長の言葉におし黙った。

 彼を言葉だけで黙らせることができるのは、多分飛竜騎士団ではクラウス副団長くらいだろう。


「貴様、シュルツ家のクラウスか……!」

 そう嫌悪感を露わにしたのは、先程の大柄な天馬騎士だ。


「久しぶりですね。ルーフェウス」

 お。どうやらこのふたり、知り合いらしい。


「……バルツ聖国の恥晒しが。天馬より飛竜に跨ることを選ぶなど」


「僕は大人しい相手より、素行の荒い相手に跨る方が好きなんですよ」


「まだそのような戯言を。そのふざけた減らず口は顕在か。何も変わってないな貴様」


「僕の嗜好は一貫してますよ。調教し尽くした相手に乗る方が、跨り甲斐ありませんかね?」


 ねえ、話噛み合ってなくない?

 何の話してるんだよ。


 クラウス副団長は美しい笑顔を讃えたまま、不満げな飛竜騎士団たちに指示を出す。

「空いている厩舎をすぐに掃除してください。干し草はすべて出して」


「飛竜が好む香草も撤去しろ。臭いがうつる」

 ルーフェウスと呼ばれた男が横柄に物申す。


「わかりました。皆、そのようにしてください。それから新しい桶に水を入れて。天馬がいる厩舎のみ、流水を止めるよう……」


「桶?白磁の器にしろ」

 竜騎士全員が、今にも掴み掛かろうかという表情でルーフェウスを睨む。


「……わかりました。城下に探しに行きましょう。知り合いに石材師がいるので私が行きます。ハーシュ君、第五飛竜隊の若手を借りますが、いいですね?」


「……はい」

 ハーシュは憮然と返事をした。


「助かります。では第五飛竜隊の隊員は飛竜と共に後ほど召集に応じるように」


 淡々と続けるクラウス副団長。

 天馬騎士団の要望にひたすら応じ、話をまとめあげるまで、彼は一度もその笑顔を絶やすことはなかった。



「フン、迅速に準備したまえよ」

 勝ち誇った顔のルーフェウスと天馬騎士の面々は、厩舎から優雅に立ち去って行った。


 その背中を睨み続けることしかできない飛竜騎士団の竜騎士たち。

 途中からことの顛末を黙って見ていたダングリッド団長は、そんな竜騎士たちの顔を見ながらフォローを入れた。

「……なんだかなぁ。ま、お前たちの気持ちはわかるが、クラウスが一番嫌な役回りを買って出た。クラウスに免じて3日間は我慢しろよ」

 竜騎士たちは顔を曇らせたまま黙っている。


「嫌な役回りさせて、悪かったなクラウス」

 ダングリッド団長はクラウス副団長にも声をかけた。


 ひたすら要望をなすりつけられ、たまに出自をなじられながらも、一度も笑顔を絶やさなかったクラウス副団長は、いつもの穏やかな様子でダングリッド団長に微笑み返す。

「僕はあの程度平気ですよ。聖国出身者に自分のことをアレコレ言われるのも慣れっこですし」


 クラウス副団長がそう言うのであれば、もうこれ以上は竜騎士たちも何も言えない。

 全員が怒りや不満を顔滲ませたまま、おし黙った。


「……ただし」

 そんな彼らの顔をみて、静かにクラウスは言葉を続けた。


 すっと目を細め、満足げに立ち去る天馬騎士団の後ろ姿を捕える。

「彼らの飛竜に対する振る舞いは流石に行き過ぎていましたね。郷に入りては郷に従え、という言葉を理解してもらう必要があります」


 珍しく他人を諌めはじめたクラウスの言葉に、竜騎士たちは顔をあげた。


「僕だって飛竜たちを愛している。あのように侮辱されてばかりでは、飛竜騎士団としての名折れですし、単純に不愉快です」

 気づけば、クラウス副団長の目から笑顔が消えていた。表情としては笑顔のままなのが、余計に怖い。怖すぎる。


「ダングリッド団長。僕はルーフェウスと少し話をしようかと思います。昔の確執もありますし、ちょうど良い機会でしょう。そのような時間をとっても?」


「え、あぁ。お前が構わないならいいが。いつだ?」


「いえいえ、団長のお時間はとりません。僕ひとりで十分です。……今夜は朝まで不在となりますので、よろしくお願いしますね」


 クラウス副団長のこの発言に、ダングリッド団長以外の飛竜騎士団の面々はみるみる晴れやかな顔になった。


 そう、確かな勝利を確信したのだ。



+++++



「天馬騎士団の非礼、誠に申し訳ありませんでした。後ほどきつく言っておきます」

 ことの一部始終を城内の廊下からハラハラ顔で見ていた聖国神官のイージスが、俺に頭を下げてきた。

 イージスは今回のバルツ聖国の特使一行を取り仕切る立場にあるようだ。


「構いません、イージス様。こちらこそ血の気の多い者達ばかりで穏便に話を済ませられず、申し訳ありませんでした」

 俺は歩きながら、横目でイージスに柔らかに微笑んだ。

 笑顔の俺とパチッと目が合うと、イージスは頬を赤らめる。すぐさま視線を逸らし「とんでもないです」とごにょごにょ声を小さくしていく。


 俺は今、滞在中に使ってもらう貴賓室へイージスと彼の護衛騎士を案内していた。

 伴う賓客はイージスともうひとり、女の天馬騎士が側に控えている。専属の護衛なのだそうだ。


 バルツ聖国の女天馬騎士はイージスや男天馬騎士たちとは違い、常に顔を銀細工の美しい兜で覆っている。他国の男に顔をみせることを良しとしない文化があるらしい。

 その銀細工の兜や鎧は、彼女たちの慎ましくも勇ましい、洗練された騎士の美しさを際立たせている。


「ただ。あの飛竜への物言いはお嬢様、メルロロッティ嬢の前では特に控えるよう言伝ください。我らのお嬢様は飛竜たちを愛しておりますので」

 マジで全面戦争になる。

 俺が内心そう思いながらそう言うと、イージスは申し訳なさそうに、だがどこか嬉しそうに微笑んだ。


 当主たる者が共に生きる飛行種を愛しているというのは、バルツ聖国にとっても共感でき、喜ばしい考え方なのだろう。




 余談だが。

 俺の予知に関することで言うと、このバルツ聖国については実はほとんど知識がない。


 この世界の三大国家といえば、

 大陸の西、サンドレア王国

 大陸の東、マルゴーン帝国

 大陸の南に点在するシカーテ諸島連合国


 それらの大国の周辺各地に小国が点在する。

 バルツ聖国もそんな小国のひとつ。中でも特に孤立するように最北西に位置し、ゲーム中でも存在感がなかった。

 領地カラーは常に中立の黄色だ。


 ゲームでは赤字国家の王国建て直しと、途中から侵略してくる帝国や諸島連合国の相手に手一杯で、バルツ聖国まで気を回したことがほとんどなかった。

 幾度となくゲームをプレイし、あらゆる分岐ルートを見てきたが、バルツ聖国とスノーヴィア領の親交イベントの類は起こったこともない。


 正直、この国の存在はやりこみとか縛りプレイ要素くらいに思っている。


 今回の訪問に疑問があると言えばあるが、俺の目的に大きく影響はないだろう。

 大陸統治とメルロロッティ嬢の幸せ成就の障害になるとは思えないからだ。




 俺とイージスたちは貴賓室が続く一角に到着した。

 貴賓室の扉を開きながら、ふと俺は思い至りイージスに確認しようと振り返る。

「イージス様。貴方の護衛騎士はどちらで休まれますか?必要であれば貴賓室にもうひとつ簡易ベッドを用意しますが……」


 俺が立ち止まったことに気づかなかったのか、正面から思いきりイージスがぶつかってきた。

 「ぅわっ!?」と言いながら、壁に手をつき自らを支え、もう片方の腕で弾かれた俺を抱き込み転倒を防ぐ。


 俺とイージスはまるでダンスをしているかのように腰を密着させ抱き合ったまま、前のめりになった。


 俺の灰色の前髪とイージスの淡い若草色の前髪が触れあっている。

 あと少し顔を寄せれば唇が触れ合うほどの近い距離で、俺たちは視線を交えた。

 イージスはその穏やかな性格が伺い知れるような、深く優しい緑の瞳をしていた。

 綺麗だなぁと、ぼんやり思う俺。


「……もっ、ももも申し訳ありません!グレイ殿!私の不注意で、あ、貴方にこんな……触れてしまい。その、無礼でした……!」

 耳まで真っ赤になり、慌てて視線を泳がせながら体勢を立て直そうとするイージス。

 だが、俺がわざと彼の腕に体重を預けたままなので、そのまま動けずにいる。


「……あ、あの。グレイ殿?だ、大丈夫ですか?その、えっと……ちゃんと、食べてますか……?」

 明らかに動揺してるのはわかるが、この状況で何その質問。

 まぁ、言いたいことはわかった。

 イージスにとって、俺の体重が思っていた以上に軽かったが故の質問なのだろう。


 イージスはゆったりとした神官服でその体型はよくわからないが、かなり鍛えていると思う。

 というか、今密着してわかった。

 かなり鍛えている。

 竜騎士より筋肉量は多いのではないだろうか。


 スノーヴィアにやってきた天馬騎士たちは、ハーシュに噛みついた美青年を除き、全員俺より背が高かった。

 女性もすらりと高身長。

 俺サイズはバルツ聖国では希少なのかもしれない。


 おかげで視界にも入りづらく、タックルして動揺しちゃうワケだな。


 そして、ここまでわかりやすい態度をとられれば、誰でも気づく。

 この人、ものすごーく俺を意識している。


 俺はあえて恥ずかしそうに身を捩らせる。

「イージス様、ちゃんと食べてます。あと……恥ずかしいので、離れてください 」


「わっ!?いやっその!すすす、すみません……!わざとでは決してないのです。本当に……!!」

 首まで真っ赤になって、イージスは俺を慌てて解放した。


 いい反応だイージス。たいへん俺好み♡


 本当は婚約破棄後、大陸統治とメルロロッティ嬢の幸せにむけて、着実に動き出したかったのだが。

 浮上したいくつかの問題を一時休戦とし、バルツ聖国との3日間を俺は楽しむことにした。

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