ep14 天馬の来訪
今朝のスノーヴィアは粉雪がちらつき、秋の終わりと冬の始まりを告げる、そんな寒さとなった。
小雪の舞う清々しい寒空のもと、俺は書簡の山を燃やし尽くしていた。
あれも、これも、全部燃えろ!
スノーヴィア辺境伯城東側の裏手。
俺は不敵な笑みを浮かべながら、それらを葬り去っていた。
メルロロッティ・スノーヴィア辺境伯嬢への熱い想いが綴られた、有象無象からの婚約申し込みの書状たちだ。
予想していた通り、俺たちが帰領してまもなく。
メルロロッティ嬢には、連日婚約の申し出が大陸各所から届いていた。
俺はポレロ辺境伯とメルロロッティ嬢に「マルゴーン帝国からの書簡以外は開封せず燃やしてOK」と言ったのだが、さすがに振る舞いとしてNGとのこと。
メルロロッティ嬢は毎日それらを読み、直筆で断りの文をしたためている。
……俺なんて、100回に1回くらいしか手紙の返事もらったことないのに。
名前すら登場しない有象無象どもがメルロロッティ嬢の直筆お手紙を貰えるなんてクソが!
そんな妬み嫉みに加え、例のメルロロッティ嬢の想い人問題も膠着状態。本人に「二度と話題に出すな」とまで言われ、完全にお手上げ状態なのだ。
あげく俺が誰かに狙われている、という問題が新たに浮上した。
俺は夜、城下に降りることを禁止されている……つまりワンナイト禁止令が発動しているのだ。
死活問題すぎる。
そんなあらゆる問題が頓挫している中、苛立つ俺の楽しみが、既読となった婚約申し込みの書状の後始末となっている。
ああ、そうだとも。
八つ当たりだが、何か?
「おいグレイ、燃やしすぎだ。訓練場にまで煙が来てる」
ハーシュが咳き込みながら、俺の火祭会場に顔を出した。
「これくらいしないとお嬢様へ向けられた邪念は祓えない」
「求婚者たちがお嬢に向けてんのは邪念じゃねーよ。好意だろーが」
舞い上がる煤を手で払いながら近づいてきたハーシュを、拒むように冬の風が吹き抜ける。
思い切りハーシュの顔面に、煤と燃え残った紙切れをぶつけていった。
「ほらなハーシュ。俺の邪魔をすると天罰がくだるぞ。あっち行ってろ」
「やかましい。だーっもうっ!火を消せグレイ!風で中途半端に燃えた紙切れが飛んでってるだろ」
そう言いながら、ハーシュは風で舞った目の前の白いそれを、素早い動きで掴む。
しかし、ハーシュが掴んだのは燃え残った紙ではなかった。
純白の美しい羽根。
気づけば数枚の大きな羽根が風に乗り、俺たちの足元に流れ落ちていた。
俺たちは怪訝な顔で互いに顔を見合わせ、それから同時に空を見上げる。
——その瞬間
俺たちのすぐ真上を大きな影が風と共に駆け抜けた。
純白の天馬の群れだ。
煌びやかな装飾具を纏った天馬には、同様に美しい装飾に身を包んだ乗り手たちが跨っている。
俺もハーシュも初めて見るそれに、目を奪われる。
天馬の群れはスノーヴィア辺境伯城上空をゆっくりと旋回し、やがて空から城門前へと降り立った。
+++++
「我々はバルツ聖国より特使として参りました。
女王エルメスタ・ミューラ・バルツ様よりメルロロッティ・スノーヴィア辺境伯令嬢に婚約の申し出にございます」
そう言い終わると、バルツ聖国の神官を名乗った男は、それはそれは美しい装飾が施された書簡を差し出した。
バルツ聖国といえば、大陸最北西に位置し天馬を聖獣として崇め奉る宗教国家だ。
どの国とも親交を深めず徹底した中立を保ち、とにかく閉鎖的。
その内情はほとんど外に出ることがない、謎の多い国。
そんな国がわざわざ特使を派遣し婚約申し込みをしにきたのだから、さすがのポレロ辺境伯も戸惑いの色が隠せていない。
メルロロッティ嬢は渡された書状を広げ、静かに読んでいる。
バルツ聖国が誇る天馬騎士を伴う豪奢な特使を派遣しての熱烈な婚約の申し出。しかも同性となる女王からだ。
このパターンはメルロロッティ嬢にとっても初めてだろう。
バルツ聖国は同性婚が一般化する性質を国自体が持っている。国民の実に7割が女性という、女性優位の国なのだ。
何故そのように偏りが出ているのかは解明されていない。
聖獣の神秘なのかもしれない。
天馬騎士もそのほとんどが女性らしく、女性は強く勇しくあることが美徳であり、逆に男性は淑やかにあることが美徳とされる。
男の天馬騎士もいるようだが、多くは文官や神官といった穏やかな仕事に就くのがほとんどらしい。
今回の訪問もバルツ聖国は12人中、男は3人だけ。
ポレロ辺境伯と話している神官と、天馬騎士らしき2人のみ。
個人的感想としては。
もう少し男、欲しかったです。
「天馬騎士ってのをはじめて見たが、華やかなもんだなぁ」
城内の一番広い応接間の一角。
ずらりと並んだ煌びやかな天馬騎士たちを無遠慮に眺めながら俺の隣でそう呟いたのは、ダングリッド飛竜騎士団団長だ。
「バルツ聖国は美男美女でも有名ですからね」
俺がそう言うと「ほぉー」と小さく感嘆し、金髪巻毛だらけの彫刻芸術のような彼らをまじまじと観察している。
ダングリッド団長は大柄の逞しい竜騎士で、領内で管理している飛竜の中で、一番年長の巨大な飛竜に乗っている。
メルロロッティ嬢が彼の飛竜を見る目は、野球部キャプテンを眺める新米マネージャーのような煌めきがある。
こういう男は小細工するより情に訴えるのが効果的だと思い、俺は竜騎士見習いを卒業する日、彼の部屋に「抱いてくれ」と直談判に行った。
この時、ダングリッド団長は「まあなぁ。お嬢は気難しいし、同期連中と毎日会えなくなるのも寂しいよなぁ」とか言いながら、俺のことをギュッと抱きしめてくれたのだ。
この男のあまりに眩いピュアさに当てられ、俺は彼の腕の中で自分の心の醜さに涙した。
俺やハーシュのせいで、飛竜騎士団がただれた組織と思われている方、安心してください。
ピュア成分はちゃんといます、ここに。
「そういえば、クラウス。お前の親戚はバルツ聖国じゃなかったか?」
ダングリッド団長が俺の頭を飛び越え、さらに隣にいる人物に話を振った。
「ええ、そうですよ。母方の一族がバルツ聖国貴族ですね」
そう答えたのは、クラウス飛竜騎士団副団長。
そう言われてみれば、天馬騎士たちの顔の造形美はクラウス副団長に通ずるものがある。
クラウス副団長はダングリッド団長を補佐し、他の竜騎士より細身で知略に長け、飛竜の生態にも詳しい。
竜騎士はわりとモテる職業だが、ぶっちぎりでこの人は人気がある。
城下に出ると、男女問わず黄色い声があがる。
が、心優しい俺からの忠告だ。
この人はアカン。本当にアカン。
真性の鬼畜ド変態だ。
一度捕まれば、この人なしには息も出来ないような依存状態にされ、夜は人としての尊厳を自ら捨てるようになる。
そして彼のドス黒い泥沼から二度と這い上がれなくなるのだ。
俺はその泥沼に片足突っ込んで、危険を察知し、引き返すことのできた数少ない生還者だ。
そんなことを思い出しながらクラウス副団長を見上げていたら、俺の視線に気づいたのか、ニッコリと微笑まれた。
怖い。
そしてクラウス副団長も天馬騎士たちを眺めながら、その美しい唇でボソリと言う。
「僕、綺麗なだけじゃ退屈で駄目なんですよねぇ」
怖い怖い怖い。
バルツ聖国からの書状に目を通し終わったメルロロッティ嬢は、すっとその澄んだ翠の瞳をあげた。
もし、俺たちの物語に名前があって。
今回のバルツ聖国からの来訪が新たな物語のはじまりを告げるのだとしたら。
きっと『天馬編』とか『バルツ聖国編』なんて名がつくのだろう。
そして、物語のはじまりを予感させるには十分にお膳立てされたこの状態で、メルロロッティ嬢は静かにはっきりとこう告げた。
「バルツ聖国の女王と婚約する気はありません。返答は以上、今すぐお引き取りを」
すべての予感やフラグをへし折った。
忖度ゼロ。
お嬢様、さすがすぎです。
あまりにストレートな物言いにポレロ辺境伯も慌てふためき、俺もフォローを入れるべく、早足でメルロロッティ嬢のもとに駆けつける始末となった。
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