ep13 想い人の行方
寝不足だ。
俺はここ数日ほとんど眠れていない。
辺境伯城の中庭で知ってしまった、メルロロッティ嬢の想い。
このことがひたすら頭をグルグル掻き乱し、眠れぬ日々を過ごしている。
「言えるわけないじゃない」
あんなの肯定も肯定。ド肯定だ。
彼女には想い人がいるのだ。
何故言ってくれないのだろうか?
俺に言えない理由ってなんだ?
ここで自惚れ野郎はこう思うのだろう……「え。従者の俺じゃね?」とかね。
残念ながら、俺はそんなお花畑野郎ではない。
考えてもみろ。
俺は生粋の男好きで。貞操観念の低さは帝国砂漠の地下遺跡に匹敵する。
竜騎士見習いの頃は人目を盗んではハーシュ他、数多の竜騎士に色目を使って跨がれてきた男だ。
スノーヴィア辺境伯令嬢とのロマンスを夢見てやってきた貴族紳士に一夜の夢を提供して、令嬢右ストレートを喰らったこともある。
そんな男に俺の敬愛するメルロロッティ嬢が想いを寄せる訳ないだろ。
全力で阻止するわ。
問題なのは、想い人として心当たりのある人物がマジで思い浮かばないことだ。
メルロロッティ嬢はかなりの人見知りだ。
彼女が日々顔をあわせて言葉を交わすのは俺や侍女、家宰の者達。それに家族ぐらい。
学園でも、彼女に話しかけてくる者は男女問わずすべての人間をチェックしていたが、ロマンスがはじまりそうな奴なんていなかった。
……王太子と婚約していたのだから、当たり前なのだが。
たまに飛竜騎士団の団長や隊長クラスの人間と話すことはあるが、彼女は名前どころか顔すら覚えていないと思われる。
ちなみに彼らが乗っている飛竜に関しては、すべて名前と顔を覚えているだろう。
そういうお方なのだ。
俺はメルロロッティ嬢のあらゆる人間関係を網羅している。
該当する者など、いない!
こうなってくると、考えられる可能性はこうだ。
本当に『言えるわけないじゃない』なお相手。
アレだよ。
何者かの刺客として命を狙って闇に潜み、メルロロッティ嬢に近づいたが、互いに心惹かれて……とか。
よくあるやつ!
それなら俺のチェック外の可能性はある。
次の可能性、相手が人間じゃない。
確かにノーチェックなぶん、俺の目は掻い潜りやすい。
正直こっちの方が可能性があると思っている。
有力候補は専用赤飛竜のマルテか?
でも、あいつメスだしな。
メルロロッティ嬢くらいになると、種族どころか性別も越えはじめるのだろうか?
……わからん!
全然わからん!!
そんなワケで。
俺がスノーヴィア辺境伯城に戻ってから7日後。
ハーシュたちがサンドレア王都から無事帰ってきたのだが、城門で迎えた俺のやつれきった顔を見たハーシュに、無駄に心配をかけてしまうことになった。
+++++
ハーシュたちの報告によると、サンドレア王国内は茶会での婚約破棄騒動以降、穏健派閥と革新派閥の対立が激化。
王都から離れようとする平民たちが難民化、途中の道に賊の類も現れはじめたそうだ。
ハーシュたちも一度、賊らしき一団に襲われたらしい。
どれも国が荒れて内乱が起こる兆候だ。
それから、ひとつ朗報。
マルゴーン帝国の動きは、今のところない。
風の噂なのだが、マルゴーン帝国は突然各地への侵略の手を止めたらしい。
理由はわからない。
俺が出会って一夜を過ごした男、ヴァンが関係あるのかも不明だ。
だがこれは好都合だった。
第七皇子へ書状を出す手配は進めているものの、ポレロ辺境伯には待ってもらっている状態。
メルロロッティ嬢の想い人問題が発覚した今、時間が欲しい。
俺の目的は、大陸統治をメルロロッティ嬢と成し遂げることだが、悪役令嬢として退場させられる彼女が幸せになれなければ、意味がないのだ。
彼女の本当の幸せは何なのか。
ちゃんと把握しなければ、駒は進められない。
そんなことを悶々と考えながら城の長い廊下を歩いていると、暖かく弾力のあるものにぶつかった。
「またその顔、寝不足なんだろ。考えごともほどほどにしろ」
顔を上げるとハーシュがそこにいた。
飛竜騎士団長らに諸々の報告を終えたところのようだ。
「あぁ、ぶつかって悪かった。色々立て込んでて……」
そう言ってハーシュにへにゃりと笑いかけると、何故かハーシュは強張った表情で俺を見下ろしている。
「グレイ。ちょっと来い」
腕を掴まれ、強引に連れていかれる。
「ハーシュ、まだ昼だぞ」
「そんなんじゃねぇよ」
前回と同じパターンかと思いきや、違うらしい。
辺境伯城から見張塔への裏道。この時間はほとんど人通りのない場所だ。
「お前、誰に狙われてる?」
振り返ったハーシュは開口一番そう尋ねてきた。
……何のことだ?
「スノーヴィアまでの帰路で賊らしき一団に襲われたって報告にあったろ」
「え、あぁ」
「お前を探してた」
………は?
誰が?なんで?
「まるで心当たりがないのだが。どんな奴らだった?」
「一団と報告しているが、複数じゃない。相手はひとりだ」
「……ひとり?」
俺はさらに眉をひそめた。
相手がひとりであれば、ハーシュなら楽勝だったろう。
仮に飛竜に乗らずとも、ハーシュは相当に腕が立つ槍の使い手だ。
捕らえて尋問すればいい。
「殺したのか?」
「飛竜ごと堕とされて、俺が殺されかけた。お前はいないと告げたら帰っていった」
ハーシュは苦々しく顔を歪める。
竜騎士が跨る飛竜ごと堕とされるのはかなりの屈辱だ。
「闇に潜んでいてよく見えなかったが…アレはたぶん、人間じゃなかった」
「いや、意味わからん」
「俺だってワケがわからなかった。だが事実、そいつは人間離れしていたし、お前を探してた」
まるで心当たりがない。
サンドレア王国内で俺を探してる、闇に潜んで現れた、人間じゃないっぽいやつ?
人間の姿に近いがそうじゃない存在といえば、この世界には『忌み子』がいる。
獣や精霊といった多種族と人間の間で生まれ、人の形をなした者たちの蔑称だ。
だが、俺はそんな存在に出会ったこともないし、メルロロッティ嬢が王立学園に通っている間そういった者が現れた記憶も……
……ん?
待て待て。
『闇に潜む』
『人間じゃない存在』
俺はこのワードにはっとする。
そう、直近の俺の悩み。
メルロロッティ嬢の想い人!
俺はハーシュに眠れない日々の原因を正直に打ち明け、メルロロッティ嬢の想い人の可能性について、出来るだけ丁寧に説明した。
ハーシュには
「俺は本気で心配してるんだぞ!?」
と強めに頬をつねられた。
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