ep11 一夜明けて

 マルテが翼を広げ伸びをした音で、俺は目を覚ました。


 霞がかった針葉樹の森は冴え渡った空気を纏い、鳥のさえずりが遠くで聴こえる。

 東の空が微かに明るくなりはじめていた。


 俺とヴァンは互いの外套と携帯用毛布に折り重なるように埋もれ、互いを温め合うように手足を絡めて眠っていた。


 俺はそっと離れて、身支度を整える。

 ヴァンは起きない。


 焚き火は消えていたが、仄かに温かさが残っていた。

 荷物をとりまとめ、マルテに荷物を固定する。

 ヴァンは……まだ起きない。


 俺はいつまでも起きないヴァンの肩を優しく揺すった。


「起きてくれ、ヴァン。そろそろ発ちたい」

 ヴァンは眉をひそめ、うっすらとその琥珀の瞳を開いた。


「………………ん?……あー……グレイ。そうか………うん?

 ……ちょっと待て。………んー」


 めっちゃ寝ぼけてる。なんか意外だ。


 ヴァンは目を閉じたままゆーらゆら揺れていたが、ペタペタと俺の腕に触れる。

 そして両手で俺の服をぎゅっと掴んだまま、ぽそりと呟いた。


「………グレイの紅茶が飲みたい」

 ずるいだろ、ソレ。


 俺が出発できたのは、日がすっかり昇りきってからとなった。




 ヴァンはしばらく揺れていたが、ようやく目を覚ますと、俺が淹れた紅茶を優雅に飲み、身支度を整えはじめた。


 その間、俺たちの距離は保たれていた。

 出会ったばかりの互いを偽っていた遠さもなければ、濃密な一夜を過ごした近さもない。

 互いの立場にもどる準備を整えた、そんな距離感だ。


 ヴァンに再度そろそろ発つ旨を伝えると、ここで別れて問題ないとあっさり言われた。


「ではなグレイ。世話になった」

 間近の飛竜を物珍しげに眺めながら、ヴァンは俺に微笑む。


「あぁ」

 俺も微笑み返し、短い別れの挨拶を交わした。

 これでいい。




 俺は翼を広げたマルテと高く飛び立った。


 ふと、南東の空に黒い影が見え隠れしているのに気づく。

 ヴァンのグリフォンか。名前は確か、モルローだ。


 こちらの様子を伺うように、構ってほしそうに、クルクル回っている。

 ……なるほど、大人しいと愛嬌があって可愛いんだな。


 俺はその場で南東にむかってくるりと旋回し、そのまま高度をあげ、野営地を去った。


 最後にちらりと野営地を振り返る。

 ヴァンはまだ、俺たちを眺めていた。




 その後のスノーヴィア領への帰路は順調で、たまにマルテの翼を休めながら最短ルートを翔け抜けた。


 マルテは終始機嫌がよく、メルロロッティ嬢が単独で乗る時と同じくらいの速度で飛んでくれた。

 結果的に辺境伯城へは、当初の予定から多少遅れたものの、4日目の深夜に到着することとなった。


 途中立ち寄った要塞で確認したところ、メルロロッティ嬢はすでに城にもどっており、ハーシュ一行も問題なくこちらに向かっているとのことだ。



+++++



 久しぶりのスノーヴィア領辺境伯城の自室。


 俺の部屋は城の東側、飛竜騎士団の宿舎が近い棟にある。

 人目を盗んでは宿舎を往来する俺にとって、大変便利な場所です。ええ。


 俺は数日間の旅で荒れた身なりを整え、軽く眠り、メルロロッティ嬢との再会に備えることにした。

 明日は辺境伯とメルロロッティ嬢に、王都での顛末、俺の予知、そしてマルゴーン帝国との今後について話をする。


 部屋の浴室で湯を沸かして浸かると、一気に眠気が襲ってきた。

 微睡みながら、ここ数日で起こったことを思い出す。


 メルロロッティ嬢が婚約破棄され、茶会で守り手の黒竜を呼び寄せたこと。


 サンドレア王家とスノーヴィア家の盟約が白紙となり、離縁したこと。


 ハーシュが王都に来て、久しぶりに宿屋で熱を交わしたこと。

 ハーシュは相変わらず主導権を握り、いやらしい言葉で攻め立てるのが大好きだったこと……


 帰領の途中でヴァンに出会い、濃密な一夜を過ごしたこと。

 ヴァンは俺の騎士団仕込みの技の数々に大変満足し快がっていたこと……

 幾度目かのラウンドではヴァンが「君を喜ばせよう」と可愛らしくもあられもない上級者向け体位で俺を骨抜きにしたこと……



 ………うん。

 思い出さなくていいことばかり、思い出してきたな。



 俺は早々に湯からあがり、少し伸びていた髭を剃り、髪と眉を適度に整える。

 そして足早にベッドに入った。


 思い出して妙な気分になる前に、寝てしまおう。

 そう思い瞼を閉じているうちに、俺は静かな眠りについた。


 ……てのは嘘だ。

 1回抜いてから寝た。

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