ep7 王都からの帰領
夜が明ける前の薄暗い早朝。
王都の貴族地区にあるスノーヴィア家の屋敷から、1台の荷馬車と3騎の飛竜が静かに飛び立った。
盟約が白紙となったサンドレア王国にスノーヴィア家の居場所は必要ない。
屋敷はもぬけの空となり、錠をかけられることもなかった。
この帰領の旅路には、当初の予定ではメルロロッティ嬢がいたワケで、そのための飛竜隊の護衛だったワケだが、事情が変わったためいくつか方針変更することになった。
まずは俺。
俺は単騎で速やかにスノーヴィア領へ帰還することを第一の目標とすることにした。
メルロロッティ嬢の安否確認と、スノーヴィア辺境伯への報告、そして今後に備え急ぎ提案すべきことがあるからだ。
跨る飛竜はメルロロッティ嬢の愛騎、マルテだ。
次に侍女2名と荷馬車について。
サンドレア王国と壮絶な離縁をしてしまった以上、王国内の移動に関して安全の保障はどこにもない。
危険度が跳ね上がってしまった。
故に残りの飛竜2騎は、機動力を持て余すが荷馬車と侍女たちの護衛として後からスノーヴィア領を目指すことになった。
王都の市街地を注意深く抜け、城塞からほどなく離れた丘で俺たち一行は最終確認を行う。
「やっぱり俺はこの計画に反対だグレイ。荷を諦めて全員で飛竜で帰還するべきだ」
「……ハーシュ。この件は何度も説明したし昨晩は納得してくれただろ? 蒸し返さないでくれ」
この案は全会一致で決まった計画ではない。
反対しているのはハーシュだ。
問題のひとつめ。
俺が単騎で、しかもマルテで帰領すること。
竜騎士は原則、単騎行動を禁じられている。理由は簡単な話で。
飛竜を本当に手懐けることなど、人間には不可能だからだ。
彼らは知性ある気高き生き物だ。
血の契約のもと人間が跨ることを許しているが、それ以上でもそれ以下でもない。
飛竜が本当に言うことを聞くのは、人間の当主と年長の竜だけだ。
人間の乗り手を格上と認識しないと指示は聞かないし、飛行中にわざと振り落とす、なんてこともまま起こる。
「お前は竜騎士見習い時代、飛竜の扱いが誰よりうまかったし、今も変わらない事はよく知ってる。でも単騎でマルテは危険すぎる」
「あの赤飛竜、俺にもハーシュ隊長にも一度も鼻を預けてこなかったっすよ?」
コルトーも賛成はしていないようだ。
『鼻を預ける』というのは飛竜が人間に触れることを許す時に行う親愛行動だ。
ハーシュの例のアレね。
「マルテはお嬢様にしか懐いてないが、俺も従者として何度か乗ったことはある。きっと大丈夫だろ」
そう言って俺はマルテを見やる。
マルテはこちらへ意識をむけているが、絶対に見返してこない。
この丘まで俺を乗せたことすら気に食わなかったのか、喉の奥から威嚇音が聞こえてくる。
……大丈夫、だといいな。うん。
「荷物をすべて諦めれば、単騎よりは速度は落ちるが、5人全員でスノーヴィアまで飛べる。それで行くべきだ。荷物はここで燃やせば、お嬢の資産が闇市に出回ることもない」
そう提案したハーシュに、普段寡黙な侍女たちが食い下がる。
「ここにあるお嬢様の荷物はこの輝かしい数年間の思い出。諦めるなどできません」
これが問題のふたつめ。
ここにある荷物は、王立学園でメルロロッティ嬢が過ごしていた2年と7ヶ月の集大成だ。
メルロロッティ嬢はあまり顔に感情を出す事はないが、この王都での学園生活を心から楽しんでいるようだった。
家柄を超えた友人もでき、彼女たちからは手紙やお菓子のプレゼントも預かっている。
勉学も楽しかったようで、愛用していた教科書やノートは自ら大切に保管していた。
バカ王太子のせいで学園は休学とし、哀しい終わり方をしたが、だからこそ彼女の楽しかった思い出を捨てなくてはならないなど、令嬢過激派の俺や侍女たちにできるはずがないのだ。
「どうしても捨て置くのであれば、どうか私たちを。我々を殺しここで燃やして頂ければ、ご迷惑をおかけすることもない。かわりにお嬢様の荷物をお運びくださいませ」
躊躇ない侍女たちの言葉に「できるわけないだろ」とハーシュは大きな溜め息とともに頭を掻く。
「俺を信用してくれハーシュ。俺に万一のことがあってもお前の責任にはしない。俺の独断で単騎で飛んだと言ってくれて構わない」
俺も侍女たち同様、意志の強さは変わらないことを示すと、ハーシュは俺に近づいてきた。
不機嫌に眉をひそめたまま、俺の頬をぐいーとつねる。
「……そんな心配してねぇんだ。これだからお嬢過激派は」
いひゃい。
ほんの一瞬ハーシュは俺を見つめ、頬から手を放すと「わかったよ」と溜め息まじりに言った。
納得してくれたようだ。
「てか昨晩いつ話したんですか?俺が寝てる間に?ふたりきりで?……作戦会議まざりたかったのに!起こしてくださいよ隊長~」
コルトーの言葉に、俺とハーシュ、俺たちの竜騎士見習い時代を知る侍女たちの顔が固まる。
……お前がまざれる夜はないよ、コルトー。
マルテは俺が近づくと首を大きく振り拒むような仕草を見せたが、しぶしぶといった態度で再び跨ることを許してくれた。
「俺に万一があれば、今後については書簡にまとめて侍女たちに預けている。それを辺境伯とお嬢様に渡してくれ」
辺境伯へは今後の対応と予知について。
メルロロッティ嬢へは俺の愛をしたためた恐ろしく長い手紙を入れておいた。
読んでドン引きしている彼女の顔が思い浮かぶ。
想像するだけで、たまらん♡
俺が力強く手綱を引くと、マルテは乱暴に翼を広げ、勢いよく飛び発った。
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