ep6 飛竜隊の到着

 ハーシュか。

 その名に俺は顔を綻ばせ、屋上への階段を上がっていった。


 屋敷の屋上では興奮した飛竜3匹をふたりの竜騎士がなだめているところだった。


「よぉグレイ。2年、いやもっとか。とにかく久しぶりだな」

 屋上への扉を開くと、蜂蜜色の髪を王都の風に揺らす男が朗らかに挨拶してきた。

 高い空を思わせる深い蒼の瞳に懐かしさを覚える。


「隊長になったんだな。おめでとうハーシュ」


 ハーシュは俺の竜騎士見習い時代の同期だ。

 片腕で荒ぶる飛竜の口元の手綱を握っているが、余裕のある口調と力強く微動だにしない腕。

 ハーシュは手練れた竜騎士の風格を漂わせていた。


 もうひとりのコルトーという竜騎士は、まだ幼さの残る青年だった。新米竜騎士だろう。

 興奮した飛竜に体ごと持っていかれ完全に遊ばれている。短い髪も啄まれてぐちゃぐちゃだ。


 ……まぁ、相手が相手だしな。仕方ないか。


 俺はコルトーのもとへ行き、飛竜の口元の手綱をぐいっと自分の方へ引いた。


「また大きくなったな、マルテ」


 他の飛竜とは明らかに違う赤い鱗に大きな胴体。

 ギョロリと興奮した眼光をこちらに向け威嚇音を喉で鳴らすのは、メルロロッティ嬢の専用赤飛竜、マルテだ。


 昔はペットサイズのちんちくりんだったのだが、彼女の愛情を一身に受け、とんでもなくデカくなった。


 コルトーは威嚇音に怯み一歩後退りしようとしたが、俺はそれをもう片方の腕で制止する。


「目が合っている時に後退るな。竜は相手と自分を格付けするんだ。後退ると自分を格下と認めることになる」

 そう言いながら、俺は眼鏡越しにマルテと睨み合う。


 しばらくすると興奮がおさまってきたのか、マルテは俺からさっと視線をそらす。息遣いは荒いままだが落ち着きをみせはじめた。


「あ、ありがとうございます……」

 コルトーは驚いた顔で俺を見上げている。


「コルトー、マルテに香草あげとけ」

 後ろからそう声をかけてきたハーシュは、もう1匹を宥め終えているところだった。


 こちらの様子も眺めていたようで、ハーシュは「お見事」とニタニタ笑っていた。


「来てくれて感謝するよハーシュ。とはいえ少し事情が変わった。屋敷ではもう寝食の準備ができないから、外へ食べに行こう。宿も手配する」

 俺がそう言うと、ハーシュは軽く「了解」と言い、コルトーは「王都の飯だ!」と満面の笑みになった。



+++++



 王都の商業地区にある大衆食堂に俺とハーシュ、そしてコルトーは来ていた。


 貴族平民問わずで客の入る店だ。

 俺たちも従者と竜騎士の正装ではなく、普段着で食堂へ赴いた。


 ちなみに飛竜の見張り番は侍女ふたりに任せてきた。

 スノーヴィア領では人間が竜と生活をともにするのが日常風景だ。性別問わず職業問わず、大半の領民が竜の扱いに慣れている。


 侍女ふたりも当然飛竜に慣れているし、久しぶりに飛竜と触れ合えるのが嬉しいのか、見張り番を頼むと喜んで引き受けてくれた。

 今頃、飛竜を撫で回してはおやつの香草を与え、可愛がっているのだろう。


「ほえー、グレイさん。まるで別人っすね」

 コルトーはそう言って、俺をマジマジと眺めている。


 今の俺は従者の格好をやめ、ゆったりとしたシンプルな服を着ている。普段かっちりとセットしていた前髪も下ろして眼鏡もなし。

 ちなみに眼鏡は伊達だ。従者の必須アイテムだから常備しているまでだ。


 普段、俺をメルロロッティ嬢のついでに視界に入れてる者ならば、パッと見て俺が彼女の従者であることに気づかないだろう。

 それくらい印象は違うと思う。

 おかげで屋敷の裏口から出てからも、特に尾行などはなく快適に食事を楽しめている。


「コルトー、こいつはやめとけ。悪い男だぞ」

 俺に興味津々なコルトーに、ハーシュは軽く笑いながら忠告する。


 コルトーが「なんでなんで?」と身を乗り出したところに、麦酒と葡萄をしぼったジュース、焼いた羊肉と野菜の盛り合わせが運ばれてきた。


 コルトーに年齢確認をしたところ、やはりまだ16歳だったようで麦酒は禁止とした。

 王都では飲酒は18歳からだ。


 運んできた若い女性が、チラリとハーシュのしなやかな上腕二頭筋と俺の横顔を盗み見て、にっこりと笑顔をサービスして立ち去っていった。


 竜騎士は飛竜を御するため、筋肉を鍛える必要があるが、鍛えすぎて体重が重くなるのは飛竜に跨る者としては望ましくない。


 いかに上質な筋肉を必要な部位につけられるかが大事となる。

 結果、すらりとしているが筋肉質な体型ができあがるのだ。


 ハーシュはその完成系と言っても過言ではない、美しい体型を維持している。


 竜騎士は身体が美しい。最高だ。

 大事なのでもう一度言う。最高なのだ。


 そんな上腕二頭筋と見比べられる俺、光栄なことだと思っておこう。




「とりあえず、乾杯しよう」

 俺たちは樽型容器に入った麦酒と葡萄ジュースを掲げてぶつける。


 麦酒で喉を潤したハーシュが早速俺に尋ねてきた。

「今日何があった?王城から飛んでったデカい竜はお嬢の守り手だろ。俺たちにも見えた」


 そりゃそうか。

 あれだけデカければかなり目立ったろう。


「おかげで飛竜が大興奮して屋敷に降りるのに苦労したんだ」

 そう続けながら、ハーシュは麦酒を再び煽る。


「バカ王太子がお嬢様に舐めた真似したあげく怒らせた。結果、王家とスノーヴィア家の盟約が白紙になった。歴史的大事件だ」

 俺の話をハーシュは「へぇ」と面白そうに聞いている。


「お前のこと気に入ってた王国の宰相閣下いたろ。そいつはなんて?」


「……今は特に何も」

 ヴィルゴ宰相のことを思い出し、俺は少し顔を曇らせた。


 サンドレア王国はこのまま行けば、派閥争いが激化し長い内乱の末に滅亡するだろう。

 俺はこの予知をヴィルゴ宰相に黙っている。

 大陸統治とメルロロッティ嬢の幸せを成就させるためには、王国の滅亡が早ければ早いほど都合が良いからだ。

 ヴィルゴ宰相を慕ってはいるが、メルロロッティ嬢を虐げた王国を慕うことはできない。


 俺が目的達成のために手をとりたい国。

 それは、今まさに大陸各地で侵略の手を広げている巨大国家。

 マルゴーン帝国だ。


 俺はこの大陸統治を目指しているが、俺自身が統治者になりたいわけでは当然ない。

 ……しがない従者ですからね。


 メルロロッティ嬢が手を取る未来の伴侶、その者が大陸統治を成し遂げることに期待しているのだ。



 俺は麦酒を煽りながら、これからのことについて頭を巡らす。



 サンドレア王国と離縁し、マルゴーン帝国と新たな繋がりを待つ。

 前世のゲームシナリオとは真逆を行くことが、目的を叶える絶対条件だと、俺は確信している。


 ゲームでは婚約破棄イベント後、1年以内に王国領土に帝国が攻め入ってくる。

 突然、軍事ステータスを跳ね上げて。


 この時、それまで青い同盟領カラーだったスノーヴィア領土は帝国と同じ真っ赤な敵国カラーとなっている。


 この意味がおわかりだろうか?


 マルゴーン帝国は、婚約破棄直後にスノーヴィアを属領としているのだ。

 そしてその結果、軍事力が膨れ上がった。


 実際にこの世界でもそうだ。


 マルゴーン帝国は俺の予知よりはるかに早い速度で侵略の手を伸ばしているが、王国に関しては二の足を踏んでいる。

 国境北端にスノーヴィア領という屈強な軍事拠点があるが故に。

 スノーヴィアさえなければ、今の脆弱な王国を飲み込むことなど帝国には容易いだろう。

 そしてマルゴーン帝国はスノーヴィアを欲しがっているはずだ。




 ふと目をやると、コルトーがいつのまにか真っ赤になって歌いはじめている。

 ……おい、誰だこいつに酒をやったのは。


 周囲にいた客たちだろうか。コルトーをばしばし叩きながら一緒に歌っている。

 ハーシュは遠巻きに眺めながら放置。ひとりで酒を楽しんでいる。


 スノーヴィア領では酒の解禁は16歳からだしな。

 ま、いっか。



 話をもどそう。



 要するに俺の最重要任務は、マルゴーン帝国とスノーヴィアを最高の形で繋げることだ。

 最高の形とは、属領ではなく同盟領として対等な関係を築くということ。


 メルロロッティ嬢はスノーヴィア領とそこで暮らす飛竜を心から愛している。

 属領になるということは、悪条件下におかれ戦火に巻き込まれに行くようなものだ。

 そんなこと、メルロロッティ嬢は望まない。


 これを回避するために、支配ではなく盟約のもとマルゴーン帝国と対等の関係を築く必要があるのだ。





 自分の中で改めて考えをまとめ、俺は顔を上げる。

 そして。

 自身の状況が変わっていることに気づいた。


「……聞いてんのか、グレイ」

 目の前にはハーシュ。


 食堂からほどなく歩いた場所にある宿屋。ハーシュとコルトーのために手配した宿だ。

 気づけば俺はその宿屋の廊下にいた。


「……えっと悪い、聞いてなかった。食堂もどるか?」


「もう支払い終わっただろ」


「コルトーは?」


「酔い潰れたから隣の部屋に投げ入れといた」


「大丈夫なのか?」


「明日はまぁ飛べる」


「ハーシュはもう休むのか?」


「……今その話をしてたんだ」


 俺はまた考えごとをして、意識が飛んでいたらしい。

「悪い、考えごとしてた」


「知ってる。考えごとしてる時のお前の顔はすぐわかる」


 ハーシュとは竜騎士見習いの頃からのつきあいだ。

 俺のこういうところはよく知ってるし、慣れっこなのだろう。


 そしてメルロロッティ嬢に続き、またしても考えごとしてる時の顔について指摘される。

 ……恥ずかしいからやめてくれ。


「屋敷に戻る必要ないだろ。ここに泊まっていけよ」

 ハーシュはさりげなく、俺を客室扉と自分の間に挟んで行く手を阻んでいた。


「……久しぶりに、ふたりで過ごさないか」

 ハーシュはそう言うと、俺の頭に鼻先を寄せてきた。


 昔からそうだ。

 ハーシュは誘う時、鼻先を寄せる。


 本人は気づいていないのだろうが、それは飛竜の親愛行動によく似ている。

 愛らしくて、懐かしくて。俺はつい笑ってしまう。

 笑う俺をみてハーシュも微笑み、さらに鼻先を俺の灰色の髪にうずめてきた。


 竜騎士見習いをしていた頃、盛りまくってた俺が散々欲しがり、同じくらいハーシュからも求められた熱。

 しばらく眠らせていた熱が掻き立てられた。



「相変わらずだな、ハーシュ」

 俺も鼻先を寄せて囁き返すと、その蒼い瞳を満足げに細めた。


 ハーシュは視線を逸らさないまま顔を近づけてくると、そっと短くキスをする。

 少し麦酒のにがみが残っている唇の味。


 離れた唇を惜しむように俺がペロリと舐めると、何かスイッチが入ったのか、今度は深く唇を奪う。

 舌を絡めながら口内を掻き回し、隅々まで食い尽くすようなキス。


 ハーシュは俺の後頭部と腰に手を回し、俺はハーシュの首に腕を絡めて、荒く深いキスを楽しむ。


 唇が離れた隙をみて「部屋に入ろう」と言うと、ハーシュは俺を抱き込む腕を緩めることなく部屋に入り、やや乱暴に扉を閉めた。


 俺が考えごとしてたのをいいことに、しれっと連れこんで。

 悪い男はどっちなんだか。

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