ep5 令嬢との出会い
俺がメルロロッティ嬢とはじめて出会ったのは、今から8年前まで遡る。
彼女が10歳。俺が14歳。
スノーヴィア家に仕える竜騎士見習いとして、はじめて辺境伯の居城を訪れた時だ。
メルロロッティ嬢は父君であるポレロ・スノーヴィア辺境伯とともに現れた。
可愛らしくたどたどしい挨拶をしてみせた令嬢の姿を見た瞬間、俺の脳裏にはゲームの婚約破棄イベントスチルが甦り、明確にこの世界のことを思い出すこととなった。
そして、この時俺が言い放った言葉。
「スノーヴィア家の末女ってあの悪役令嬢!?」
その言葉は誰もが意味不明だったろうに、それが失言であったことを本能的に察したのがメルロロッティ嬢だった。
迷いなく放たれた、幼き令嬢右ストレート。
それは、俺の頬と敬愛の心にクリーンヒットしたのだった。
この日から、わりと適当に生きてきた俺の人生は一変した。
大陸統治をメルロロッティ嬢の幸せとともに。
崇高な目的ができ、そのために並々ならぬ努力をするようになった。
知識を身につけ、マナーを身につけ、従者としての立ち居振る舞いを完璧にこなし、竜騎士見習いとして武術はもちろん、飛竜の操縦術も叩き込んだ。
すべては、彼女の横に並ぶに相応しい従者となるために。
前世でゲームをしていた当時から、メルロロッティ嬢は俺にとって特別な存在だったが(軍事ステータス的な意味で)転生して改めて出会い、彼女の気高さやカリスマ性に完全に惚れ込んでしまったのだ。
右ストレートをかました相手だったものの、メルロロッティ嬢は俺を毛嫌いすることはなく、俺の専属従者としての申し出をすんなり受けてくれた。
当時から俺のメルロロッティ嬢への敬愛と忠誠は、気持ち悪いの域を超えていることで有名だったし、彼女が同時期に飼い始めたマルテという赤飛竜のペットと並び可愛がられている姿を、辺境伯家の面々は何とも言えない顔で見守ってくれた。
加えて、俺の男好きと股の緩さは飛竜騎士団を中心に知れ渡っており、節操のなさに改善の余地はあれど、年頃の令嬢の傍に置くには丁度良い、と太鼓判を押されていた。
そんなこんなで、俺とメルロロッティ嬢の主従関係と絆は完璧だった。
唯一、彼女に関して俺が全く知らない情報としてあったのは、竜との関係だ。
スノーヴィア家はもとを辿れば飛竜と共存する部族が王国との友好関係を築き、爵位と不可侵の領土を与えられた対価に、王国の守護者となる盟約をしたことがはじまりらしい。
人間と竜、互いの長が血の契約を交わすことで、人は飛竜に跨ることを許された。
そして人間の長は竜の天啓によって選ばれる。
その多くはスノーヴィア家の血をひく者なのだが、数百年に及ぶ歴史を遡っても天啓が一際はやく、特別視されているのがメルロロッティ嬢だ。
次期当主として天啓がくだされた時、彼女はわずか5歳。歴代随一の速さ。
ドラゴン見る目ありすぎる説。
そして、彼女にはこれまでの当主にない特別な能力があった。
王室主催の茶会会場を木っ端微塵にしたアレ。
メルロロッティ嬢の感情が大きく動いた時、彼女の瞳は紅く緋く輝き、守り手となる竜が彼女のもとにやってくるのだ。
俺はこれまでに一度だけ、守り手の竜をみたことがある。
ペットのマルテがいなくなった時だ。
慰めるように2匹の竜が泣きじゃくる彼女に寄り添っていた。
言わずもがな、神々しい光景だった。
メルロロッティ嬢は「マルテじゃなきゃヤダあああ」とその2匹を拒否っていたので、まぁまぁ気の毒な守り手だったが……
数日後、マルテが冬の食糧貯蔵庫で発見された時、いつのまにかその2匹はいなくなっていた。
メルロロッティ嬢が幼い頃は、わりと守り手の竜は現れていたらしい。
そして彼女の成長に伴い、現れる竜のサイズは大きくなっているのだそうで。
いつぞやに、ポレロ辺境伯が「しばらく見てないけど、次現れた時はとんでもなく巨大かもねぇ~」と、のほほんと語っていた。
めっちゃデカかったです、と報告しておこう。
+++++
茶会での婚約破棄騒動後。
俺はサンドレア王城からの帰りの馬車に揺られていた。
馬車の中にメルロロッティ嬢は不在。俺ひとりだ。
メルロロッティ嬢は守り手の黒竜とともに飛び去ってしまった。
問題があるように感じるかもしれないが、最も安全な状況だ。
彼女を守るのが竜たちの使命。メルロロッティ嬢が竜とともにあることほど安全なことはないのだ。
飛び去った方角的に、おそらくはスノーヴィア領にもどっている。竜の渓谷か、実家である辺境伯城に送り届けられているだろう。
メルロロッティ嬢の婚約破棄とサンドレア王国との永きに渡った盟約の解消。
同時に起こった出来事に俺は正直驚いていた。
ゲームでの婚約破棄イベントでは、盟約の解消もなければ黒竜の出現も当然なく、王太子がメルロロッティ嬢の右ストレートを喰らうようなことも勿論なかった。
あまりに壮絶な顛末を迎えている。
サンドレア王国は今、王族と穏健派閥の癒着で衰退の一途を辿っているが、王太子とスノーヴィア領のご令嬢の婚約が革新派閥の武力行使を抑えていたようなものだった。
今回の件で、おそらくは革新派閥の燻り続けていた不満に火がついただろう。
貴族地区のスノーヴィア家の屋敷へもどると、あたりはものものしい雰囲気で騒然としていた。
屋敷をずらりと取り囲む王国の衛兵たち。おそらくヴィルゴ宰相の指示によるものだ。
閣下、やりすぎでは……
ふと。俺は屋敷の屋上に蠢く塊に気づく。
飛竜が3騎。
帰領のためにスノーヴィア領へ要請を出していた飛竜隊だ。
屋敷に入ると、外の喧騒は遠い雑音となり、しんと静まりかえっていた。
玄関ホールにはいくつかの衣装ケースにメルロロッティ嬢が学園で愛用していた品々を詰め込んだ荷箱、この屋敷を後にするための様々な荷物が完璧にまとめられていた。
茶会へ行く前、侍女たちに俺が頼んでいたことだ。
彼女たちは外の喧騒に動じることもなく静かに佇んでいた。
アグナとソネア。
彼女たちはメルロロッティ嬢の専属侍女姉妹で、俺より仕えている年月は長い。
姉のアグナは俺よりも短く髪を切り揃え、妹のソネアは肩までまっすぐな黒髪を伸ばしている。
髪の長さ以外、ふたりは背丈も顔も瓜二つの双子。
帰って来たのが俺ひとりだと知るも、動じることはない。
メルロロッティ嬢は守り手の竜と帰ったと伝えると「さようでございますか」とだけ答えた。
……なんと洗練された侍女たちであろうか!
「グレイ様、すべての荷造り完了しております。明日には出発できる状態です」
姉のアグナが淡々と報告する。
「また、屋上にスノーヴィア領から第五飛竜隊より2名、竜騎士様が来ております」
妹のソネアが続く。
第五……今は誰が隊長なんだっけ。
「第五飛竜隊隊長ハーシュ様と隊員のコルトー様です」
俺の心を読んだかのように、ソネアが教えてくれた。
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