ep2 俺について語ろう
翌日は澄んだ秋空に陽光が暖かい、茶会を開催するに相応しい日となった。
晴れやかな週末のサンドレア王都は、いつも以上に人々が行き交い賑わいをみせている。
そんな華やぐ街並みを眺めながら、俺とメルロロッティ嬢を乗せた馬車は王城へと向かっていた。
今日、メルロロッティ嬢は王城で行われるサンドレア王室主催の茶会で婚約破棄を言い渡される。
国王や有力貴族、今後の王政を担う者たちが一同に集う重要な場で。
王太子は運命の出会いとやらを果たした招かれざる平民出身の女と、腰巾着の取り巻き令息どもを引き連れて。
我が麗しのメルロロッティ嬢に謂れもない糾弾をし、婚約破棄を宣言するのだ。
何故、そんなことが俺にわかるのか?
そういう星のもとに産まれたからだ。
そろそろ、俺の話をしよう。
俺は産まれる前からこの世界を知っていて、辿る歴史の遷移を把握していて、もうひとつの人生の記憶がある。
そう、つまり。
『転生者』というやつだ。
……だが、正直に言っとく。
俺は前世で発売されていたこの世界を舞台にしたゲームについて、登場人物の人となりや彼らのエピソード、そして主人公の恋愛模様など。この流れであれば当然知っておくべき項目を、実はほとんど知らない。
なぜ知らないのか?
遊びはしていたがストーリーなどボタン連打とスキップ押下で見ちゃいなかったのだ。
俺がこのゲームを遊んでいた理由。
それは大陸統治シミュレーションパートが超難度の鬼畜ゲーだったからだ。
このゲーム、実は乙女ゲームの皮をかぶったゴリゴリの大陸統治シミュレーションゲームである。
王立学園入学からの9年間という年月で、恋愛成就と大陸統治を目指すという謎仕様のゲームなのだ。
恋愛ゲームを嗜むユーザーはもちろんのこと、シミュレーションゲームガチ勢にもそうそうクリアできない超難度を誇り、クリアできずに終わるユーザーたちの呪うような口コミで売上はイマイチだったと記憶している。
俺はこのゲームのことを、当時よろしくやっていた男から教えてもらった。
あられもない体位で愉しんでる最中に教えられ「なんで今そんな話するんだよ」と思いながらも、シミュレーションゲーム好きな俺は興味を持った。
ゲームについて質問すると、ただで教えるのはつまらないと言われたので、当時俺たちがハマっていた遊びで勝敗を決め、質疑応答を行う形式をとった。
どのような遊びかというと、次のプレイでどちらが先にイくかを賭けあうという斬新かつ己の自制心と技術力が問われる画期的な遊びなのだが……
うん、話が逸れはじめたね。
とにかく、このゲームの話題は大変に盛り上がった。
おかげで無駄によく覚えている。
簡単なゲーム仕様を説明すると、こうだ。
教育ステータスをあげるべく王立学園を盛り上げ、軍事ステータスのため飛竜騎士団率いる辺境伯家の令嬢と婚約、学園へやって来た王国貴族や周辺諸国のイケメンと友好関係を築く等。
乙女ゲームあるあるな展開をこなしつつ、領地を拡大し、農業改革や文化発展を促し、国土豊かな屈強な王国へと導く。
ヒロインと共に大陸統治しなくてはエンディングに辿り着けないのだが、恋愛パートと国営パートを絶妙なバランスでこなしていくことが、鬼のように繊細で難しい。
実のところ、俺も終盤までは何度か粘れたものの、一度もクリアできたことがなかった。
ちなみにこの大陸統治と運命をともにするヒロインというのが、今日王太子が連れてくる女のことだ。
俺はこの女が苦手だ。
なぜなら俺の大陸統治プランをことごとく邪魔する存在だったからだ。
順調に友好関係を築いていたら、隣国イケメンの目の前で別のイケメンを籠絡し国交に亀裂を走らせるし。
ことあるごとに悪役令嬢と揉めては、ここぞと言う時に軍事ステータスに響かせてくるし。
王国が財政難の時に限って、夜会を頻発させてゴリゴリ資産削ってくるし。
とにかくシミュレーションパートはこの女のせいで難易度が爆上がりしていたと言っても過言ではない。
そして難所となるのが、軍事ステータスを支えるスノーヴィア家の悪役令嬢と王太子の婚約破棄イベントだ。
財政難を切り抜け、国力が安定してきた矢先にこの強制イベントで大きく軍事力を削られるばかりか、同時期に天敵である帝国の軍事力が跳ね上がる。
そしてこのフェーズ以降、帝国は頻繁に領土へ攻めてくるようになるのだ。
いや、わかってたんだ。
『悪役令嬢』なんて銘打たれている時点で、彼女がいつかは排除される存在なのは。
でも俺には耐えられなかった。
理不尽な理由で強制退場させられる彼女の後ろ姿(のスチル)と、失われる軍事力に毎回涙した。
滅多に悪態をつかない心優しき俺も、ヒロイン&王太子の幸せそうな姿(のスチル)を睨みながら「ふざけんな」とコントローラーを床に投げつけていた。
なお、攻略対象を変更してみても、このイベントの流れは全く同じだった。スチルのイケメンが違うだけ。
定められし哀しき運命とは、まさにこのこと。
俺は来る日も来る日も涙にくれながら大陸統治をすべく、このゲームを周回する日々を送っていた。
結果的に。
主人公の女への憎悪は日に日に増し、反比例して軍事ステータスの象徴たる悪役令嬢への敬愛は深まった。
そして。
どのように歴史が遷移するのかとその分岐、発生する歴史イベント、一定の確率で起こる災害の類、フェーズごとの周辺諸国の動向など。シミュレーションパート情報を網羅し尽くした頃。
今後の戦略をあれこれ考えつつコンビニへ向かっていた途中で、お決まりのトラックが突っ込んできたのだ。
気づけばスノーヴィア家に代々使える小貴族の長男に。
これが俺のおわりとはじまりってやつだ。
というワケで。
この世界に転生した俺には、目的がある。
前世で叶わなかったゲームクリア、すなわち大陸統治を成し遂げること。
そして、その大陸統治と共に悪役令嬢として退場させられるメルロロッティ嬢の幸せを成就させること。
だってせっかくこの世界に転生したのだ。
前世で成し遂げられなかったことを、俺はこの世界で果たしたい。
大陸統治をメルロロッティ嬢の幸せとともに。
それこそが、転生した俺がこの世界で為すべき崇高な使命なのだ。
「ねえ、聞いているの。グレイ?」
メルロロッティ嬢の不満げな声で、俺は我に帰った。
気づけば、馬車はすでサンドレアの国旗はためく城門へと差し掛かっていた。
麗しの令嬢が俺を凝視していたことにもようやく気づき、思わず心臓が跳ねる。
「申し訳ありませんお嬢様。その、考えごとをしておりまして……」
「考えごとしてる時、いつもその顔よね」
どんな顔だよ。恥ずかしいじゃん。
「どのような顔をしていたか、伺っても?」
メルロロッティ嬢は俺をじっと眺めていたが、ほどなく窓へと視線をそらす。
「教えてあげない」
いや、そこは教えてよ。
メルロロッティ嬢は再び景色を眺めはじめたが、少し緊張が和らいだのか、穏やかな顔をしていた。
まあ、いいか。
俺の顔でこれから敵地へ赴く彼女の心が少しでも安らいだのなら。
そう思い、俺は少し顔と気持ちを引き締め直した。
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