第2話

会社でのやるべき仕事は全て終了。


「さてと…」


コーヒーでも飲んで帰ろうかな。


帰り支度を終えた私は、いつものようにコーヒーを一杯だけ飲んで帰ろうかと休憩室へ。


この会社の社員なら誰もが利用できる休憩室。


備え付けのコーヒーメーカーがあり、ボタン一つ押すだけで温かいコーヒーがタダで飲める。


私は備え付けの紙コップを設置して、コーヒーメーカーのボタンを押した。


温かいコーヒーが、紙コップの中へと注がれていく。


いい香りだわ…


コーヒーの香りが休憩室の中に広がった。


「美味しい…」


コーヒーを一口飲んだだけ。


だけど、その一口だけで、今日の疲れが取れていく気がするから不思議。


私…


この時間が一番好きかも…


ホッとするというかなんというか…


そんなことを思いながら、また一口コーヒーを…


「んっ…」


飲もうとしたその動きが止まる。


見なければいいのに、私は気になるものを発見してしまった。


ちょっともう…


いろんなゴミが混ざり合ってるじゃない。


「こういうのはちゃんと分けなきゃ駄目なのに…」


手に持っていたコーヒーをテーブルの上に置き、私はゴミの分別を始めた。


燃えるゴミ専用のゴミ箱に手を突っ込みながら、


「自販機の横にちゃんと専用のゴミ箱があるのに、なんでここに捨てたりするかな…」


ぶつぶつ文句を言いながら、私は燃えるゴミじゃない空き缶やペットボトルを取り出す。


分別することに集中していた私は、ある意味無防備。


背後から近づいて来る人の気配に、まったく気づかない。


ゴミ箱の中から回収した空き缶を左手に持ち、更にゴミ箱の底まで手を突っ込みゴミをあさっていた。


もう無いみたい…


手を引き抜こうとしたその時、


「ゴミ箱あさって、何してるんだ?」


顔を覗き込む感じで、突然声をかけられた。


「ひやっ!」


突然目の前に現れた顔に驚いた私は、変な声をあげ中腰の姿勢のまま体を反らした。


中腰の姿勢が悪かったのか?


バランスを崩した私の足首がくきっと曲がり、


「あわわわっ…」


私は転びかける。


でも…


「おっと、危ない」


持っていた空き缶は床に落ち、カランカランと転がっているけれど、私は転ばなかった。


それは何故か?


「あっ」


…藤崎雨。


彼が助けてくれたから。


藤崎雨が私を見下ろしながら、


「大丈夫か?」


と聞いてくる。


私の体を包み込む柑橘系の爽やかな香りに、腰に回された腕。


その腕を離されたら、私はそのまま床へと背中を打ちつけてしまう。


そんな体勢のままで、


「大丈夫です。助けてくれてありがとうございます」


私は、彼にお礼を言った。


「いや、俺が声をかけたせいだから、悪かったな」


そう言いながら、藤崎雨が私の体を起こしてくれた。


まぁ確かにそれはその通り。


彼の顔が目の前に現れなければ、私は転びかけるという失態をせずに済んだ。


でもことは起こり、私は転びかけた。


その私を助けてくれたのは藤崎雨で、やはり助けてもらったお礼を言うのは、当然のことかと思う。


だから私は、


「それでも転ばずに済んだのはあなたのお陰なので、ありがとうございます」


頭を下げ、彼にお礼の気持ちを伝えた。


お礼の気持ちを伝え終えた私は、床に転がっている物を拾い始める。


「それ、ゴミ箱から拾った物だろ。そんな物どうするんだ?」


彼はここに、何の目的で来たのだろうか?


コーヒーを飲むわけでもなく、自販機で飲み物を買うわけでもなく、ただ私に話しかけてくる。


知り合いでもない私に話しかけてくるぐらいだから、彼はよほど暇なのか?


そんなことを思いながらも、


「どうもしません。分別して捨てるだけです」


私は彼の質問に答える。


「分別って…そんなの清掃員の仕事だろ。掃除やゴミ捨てなどの仕事をしてもらう為に会社は清掃員にお金を払ってるんだから」


そうかもしれない。


でも…


”時は金なり”


「分別という無駄な時間をなくす為に、それぞれ専用のゴミ箱が設置されてるんです。にもかかわらず適当にゴミを捨てる横着な社員がいるせいで、清掃員はゴミの分別をするという無駄な時間を費やす羽目に、だから私が!」


あっ…


熱く語ってしまった。


”時間を奪うことは、お金を奪うことと同じ”


私が言いたいことの本質はそれなんだけど、分別されてないゴミからその考えに至るのは、きっとお金に執着している私だけなのかも。


普通の人は、そこまで時間やお金に執着してないだろうし…


それを熱く語られても鬱陶しいだけ。


「すみません…余計な話をしてしまいました」


そう思った私は、熱く語ったことを謝った。


すると彼は、


「(だから私が、その横着な社員に代わってゴミを分別し、清掃員の時間を奪わないようにしたんです)って君は言いたかったんだろ」


私が言うのをやめた言葉を口にした。


「どう?当たってるだろ」


「あっ…はい」


過去に何度か熱く語ったことがあるけれど、そのたびに(何言ってんだこいつ)って目で見られてきた。


だけど、私が言わんとすることを初めて解ってくれた人がここに…


これはちょっとした驚きであり、ちょっとした感動かも。


「当たりついでにもう一つ。君は経理課所属の片桐真奈さん。どう?これも当たってるだろ」


そう言うと、藤崎雨が笑みを浮かべた。


なるほど…


この微笑みが一瞬で女子社員の心を鷲掴みにするという噂の微笑みか…


って、感心してる場合じゃない。


「どうして私の名前を知ってるんですか?」


藤崎雨と話をしたのは今日が初めて。


なのにどうして私のことを?


「それは、飲み会の席で高倉部長が君の話をよくするんだよ。それで君のことを…」


「高倉部長が私のことを…」


高倉部長は総務部の部長で年齢四十歳。


一年ほど前に奥さんに浮気され捨てられたという、なんとも哀れなバツイチ中年おじさん。


そんな高倉部長だけど、私は部長にはとても感謝している。


高倉部長は、小遣い稼ぎの手作り弁当を作るキッカケを作ってくれた人で、私のお弁当を一番最初に買ってくれた人。


それだけじゃない、高倉部長は、



(片桐の作る手作り弁当は、美味いし栄養のバランスとれてるし、ホント体にいい弁当だからみんな食べてみろ)



と、私の手作り弁当を皆に勧めてくれたり。


とにかく会社内で小遣い稼ぎが出来るのは、部長がそれを許可してくれてるからできていることで、高倉部長にはホント感謝している。


その高倉部長が、


「君のことを褒めてたよ。頼んだ仕事は、どんな仕事でもミスなく完璧にこなす優れた人材だって。それと、手作り弁当も美味しいらしいね」


私のことを優れた人材って…


部長が陰で私のことをそんな風に褒めてたなんて…


陰で悪口を言われるのは、いつものことで言われ慣れている。


だけど、陰でここまで褒められるのは、初めてというか、なんというか…


なんだか、慣れなさ過ぎて照れる。


どう対応すればいいのか解らない私は、無言で受け流すことに。


そんな私に、


「頼んだ仕事はどんな仕事でも完璧にこなすという、高倉部長お墨付きの君に、実は折り入って頼みたいことがあるんだけど…頼んでもいいかな?」


そう言いながら、藤崎雨が微笑みかけた。


彼の頼み事は、


「お金を払うから、家を片付けてくれないか?」


”お金を払う”という、私が最も喜ぶキーワード入り。


そして彼が提示したのは、


土日の二日間で報酬五万という、夢のような賃金。


ただ片付けるだけで五万もの大金が貰える。


こんな割のいいバイト、断れるはずがない。


だから私は、なんの躊躇いもなく引き受けた。


しかし…

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