ラッキーナンバー
まじまていち
ラッキーナンバー
彼の名は、山田太郎。大学に入学したての19歳。
彼は、生まれてこの方ツイていない人間であった。
パリッとした新品スーツで入学式に向かう道中、何かのウンコで足を滑らせ、全身から異臭を放つ新入生がいれば彼だ。
履修登録で失敗し、底辺の私文学生にも関わらず月〜土の一限から行かねばならなくなった新入生も彼。
友達づくりに失敗し、5月、休憩時間中の賑やかな教室のすみっこで寝たフリをしているのが彼 山田太郎である。
そんな人生を変えるべく、藁にもすがりたい思いで、彼は当たると評判の占い師の元へ駆け込んだ。
『4が君のラッキーナンバーだよ』
そう言われたその日から、彼はあらゆる“4”に固執した。
駅の地下駐輪場には4ブロックめに自転車を停める、電車は4両目、バスの座席は前から4列め
割り込み、駆け足、おかまいなしで、誰にも譲らなかった。
そんな生活を続けていると、長年悩まされた不幸がはたと止んだ。
こうなるともう止められなかった。彼は何がなんでも“4”でないと気が済まなくなったのだ。
彼の大学からは、大学の最寄り駅までのシャトルバスが出ていた。
ある日、いつものように乗り込んだバスの定位置に目をみやると
既に男の姿があった。
太郎はいつも、バスの待機列で4番目に並び、押しのけ乗車で4列目の座席を死守するのだが、今日は何故かスルスルとこの男に座られてしまったのだ。
40人程は座れる大きなバスだ、他にも沢山選べる座席はあるのだが…
『なんでよりによって、そこなんだよ……!』
太郎は口の中で舌打ちをする。
男は、朝の柔らかな光のような金髪で、太郎と違い非常に明るい顔をしていた。
平たく言うと、快活で人気者でモテそうなイケメンだった。
彼はスマートフォンを取り出し、SNSで幾人もの人間に連絡したかとおもえば、
サッと機器をしまい、イヤフォンを耳にはめ、窓のほうに顔を寄せてしまった。
『ああ、ツイてない』
太郎は憎悪にまみれながら先客の金髪のすぐ横に直立した。譲れ、と体で示したが
効果はなかった。
バスが終着し、そそくさと降りた太郎は一目散にホームへと足を進め、4車両目の定位置へついた。
すると、金髪男が太郎の隣に並んできたのだ。
『こ、こいつどこまで僕の視界に入ってくんだ…!』
太郎はイライラして電車に飛び乗った。
進行方向から4番目のシート、定位置に着席する。太郎の視界の端を掠める金は、窓際に直立して、ぼおっと景色を眺めていた。
金髪男は太郎と同じ駅で降りた。なんと、地元まで同じなのか…?
太郎はそそくさと駆け、駐輪場へ向かった。
自分の自転車が停めてある4ブロックめにつくと、何やらウロウロと困った様子の女子高生が自転車の前を右往左往していた。
『あぁもう何してんだよあいつ、こっちは急いでんのに…っ!』
女の子が、自分の自転車と思わしきハンドルに手をかけた時、はっと気づいた。
絡まっている…!誰かのハンドルが。真っ直ぐに停められた彼女の自転車の退路を完璧に塞ぐかのように、斜めで歪に駐輪された黒いハンドルは、まるで悪者のように絡み付いていた。
『……僕のチャリだ』
ばつが悪い思いだ。今朝、太郎は寝坊してしまっていつもの4ブロックには既に大量の自転車が停められていた。
にも関わらず太郎は無理やり自転車を押し込んだのだった。
『出ていけない…どうしよう…どうしよう…』
どこからか、身を隠す太郎の澱んだ気持ちをスパっと遮るように、明るい声が飛んできた。
「チャリ出せないの?貸して、俺出すよ」
『あ…!!あいつ、さっきの…』
金髪男だ。彼は女の子の自転車を真上にヒョイっと持ち上げた。
「はい、どうぞ」
「ありがとうございます…!!もうほんと困ってて…」
すぐ立ち去った彼の背中に、女子高生は何度もお辞儀をしていた。
『くっそ、久々にツイてねぇ…!てか、あの女もどうにか出せただろ!そんなにキツく押し込んでねーよ…!!!』
心の中でさんざ毒付きながらペダルを漕いだ。
翌朝、また寝坊してしまった。
4ブロックは既にキチキチに自転車が停められていた。太郎は逡巡の後、グイと自転車を押し込んだ。
『…よし、ここなら、入る!!』
強引に押し込み、自転車の後輪が浮く、瞬間、嫌な感覚がする。
「あっ…!!」
ガシャ、ガシャガシャガシャガシャガシャ…!
まるで色を失ったドミノのように。自転車は太郎のものを除き、全て横倒しになった。
『さ…最悪だ…。』
体の熱が一気に冷めたかと思いきや、目の周囲にジワリとした熱を感じる。
『なんなんだよ…ツイてない、ツイてない!!4は僕のラッキーナンバーじゃないのかよ…』
4を拠り所にしていた彼は、もう何に縋ればいいのか分からなくなった。
目には分厚く水の膜が張る。冷たいコンクリートがゆらゆら揺れた。
カシャン
カシャン
は、と音の方を見た。
目にもあやな金髪が、そこにはあった。
彼は涙ぐむ太郎をよそに、もう半分も、倒れた自転車を黙って起こしていた。
「あ……すみませ、、あ…」
太郎もすかさず自転車を起こす。
倒した自転車の全てを起こし終わった。太郎は金髪の彼をチラッとみる。
先ほどまでの暗く濁った心から一転し、清々しい気持ちになった。
嬉しかったのだ。
ツイてないと思う時、いつも彼は1人であった。
でも今回は違った。不幸を目の前の青年が、半分背負ってくれたのだ。
「あ…ありがとうございます、本当に」
太郎は心からの謝意をのべた。
「いや全然、じゃあ!」
彼はカラカラと自分のマウンテンバイクを手押し、駐輪場の出口から1番遠い場所へと歩いていった。
まるで当然のように、たった今、すれ違っただけかのように
恩を売ったり着せたりしない態度と、何にも執着しない様子が、太郎には眩しくみえた。
会話という会話もしていないのに、太郎は彼に憧憬の念すら抱いた。
『はぁ……もういいや、4とか。ラッキーナンバーとか、自分が不幸とか。俺も誰かにありがとうって言われたい。そうだ…言われてみよう…!そういうふうに、行動してみよう…!!』
太郎はハンドルを握りしめ、歩き出した。まだスカスカの、出口から1番遠いブロックに自転車を停め直した。
隣には彼のマウンテンバイクがある。
『ありがとう』
そういう気持ちを込めて彼の自転車を見つめると、思わず声が漏れた
「あっ」
彼の自転車のフレーム部分、ネームシールには
”四ノ宮コウ“と丁寧な文字で書かれていた
ラッキーナンバー まじまていち @majimazzzzz
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