ホラーコメディの墓場

ジロギン2

理想の客に巡り合えたガールズバーのキャスト

 とあるベッドタウンの駅前にあるガールズバー『エンシェント・パラダイス』でアルバイトをしている女子大生・マナ。


 マナという名前は源氏名であり本名ではない。双子タレント、三倉茉奈・佳奈の茉奈のファンであることから、この源氏名にした。


 時給は2,500円と高く、バーカウンター越しに接客するためスケベな客に体を触られる心配が少ないことから、1カ月前に『エンシェント・パラダイス』で働き始めた。


 しかし社交的な性格とはいえないマナは、客の話を引き出したり、会話を長続きさせたりするのが苦手で、言葉に詰まってしまうことが多い。働き始めてみたものの、適職とは言い難いガールズバーのキャスト。それでも稼げるアルバイトではあるので、渋々こなしている。


 そんなマナの気持ちが挫けてしまう出来事が1週間ほど前に起きた。


 50代の男性を接客することになったマナ。男性はすでに何件か店を梯子しているのか、顔は赤く染まり酔っ払っている。


 話をしたところ、会社の経営者らしい。


 その男性が何をしている人物かは聞き出せたものの、会社勤めをした経験も、もちろん会社経営をした経験もないマナは、話を広げることができず、長い沈黙の時間を作ってしまった。


 すると男性は、マナに向かって、



「お前と話していても面白くない!イモムシと話してるようだ!」

「こっちは金を払ってんだぞ? 猫カフェの猫じゃねーんだから少しは楽しませろ!」

「お前はこの仕事向いてないから今すぐ辞めろ!アリの巣でも眺めてろ!」



 などと怒鳴り散らし、別のキャストへの交換を要求。


 客がキャストの交換を要求してくることは珍しくなく、マナも大して気にはならない。しかし男性の暴言は、マナ自身が感じていた自分の苦手意識をさらに抉るような内容で、普段の交換より320倍くらい心を消耗した。


 ただの酔っ払いの戯言だと割り切るべきなのだろうが、1週間経った今でもまだ尾を引いている。「また怒鳴る客が来たらどうしよう……」と、内心怯えながら接客をしている状況だ。


 幸いなことに、ここ1週間はあの男性のような客には出会っていない。


 むしろマナに興味を示して、自発的に会話を広げてくれる良心的な客の相手をすることが多く、少しずつではあるが、自信を取り戻してきている。


 いま相手をしている、20代中盤くらいの男性客も感じが良い。


 マナにとっては初対面の客。シワ1つない青いスーツを着た、若い頃の反町隆史を彷彿とさせるイケメンだ。


 一見すると1人でガールズバーに来るようなタイプではない。高校生の頃から付き合ってきた彼女と結婚していて、今年1歳になる娘がいて、少ない稼ぎではあるもののマイホームを買う夢を持って汗水垂らして働いていてもおかしくなさそうな男性だ。


 店内の薄暗い光の中で見ていることも影響しているかもしれないが、「接客中に私情は挟まない」というモットーを掲げているマナでも、つい「カッコイイ……」と、見惚れてしまいそうになる。



「お仕事は何をされているんですか?」



 最初の質問はやはりこれだろう。ガールズバーに限らず、初対面の社会人相手なら多くの人がこの質問をするはずだ。



「不動産会社で営業をやってるんです。あんまり営業成績は良くないんですけどね、ははは。マナさんはこのお店のキャストが専業なんですか?」


「いえ、普段は大学生なんです! ここはアルバイトって感じですね!」


「そうなんですね! 大学はこの近く?」


「ここは地元で、家は近いんですけど、大学までは電車で2時間くらいかかるんです〜」


「2時間!? 毎日通うの大変じゃないですか? ボクなら大学の近くで一人暮らししちゃうかもなぁ〜」


「でも実家暮らしって楽だし、お金もかからないし!」


「確かにね〜、実家暮らしができるならその方がメリット大きいかぁ。親としても子供が近くにいた方が安心ですもんね」



 本来ならばキャストであるマナの方から質問するべきなのかもしれないが、イケメンがマナの話を引き出してくれている。営業をやっているからなのだろうか、イケメンはコミュ力がかなり高い。この手の客は自分からどんどん話をしてくれるので、接客も楽だ。


 イケメンはマナに質問を続ける。


「このお店で働いて、長いんですか?」


「1カ月くらいですね〜。まだまだペーペーなんですぅ〜」


「えっ!? 1カ月!? もっとキャリア長いのかと思った! 新人さんとは思えない話しやすさ! 他に接客業の経験は?」


「実はないんです。この仕事が接客初めてで〜。だから本当は初心者マークつけたい気分で〜」


「はっはっはっ! いやぁ〜初めてだとしたらスゴいかも! めっちゃ向いてますよ! 大学卒業しても接客の仕事とか、ボクみたいな営業とかやるのがいいと思います!」



 「アンタだからこれだけ話せてるんだよ」という気持ちがどこかにありつつも、イケメンの言葉に喜びを覚えるマナ。自信を失いかけていたマナが欲しい言葉を、イケメンは投げかけてくれる。



「あっ! せっかくだからマナさんもお酒飲みませんか? 飲んだ方が話しやすいと思いますし!」


「いいんですか?!」


「もちろん! ボク今日、一人でちょっと寂しくて、楽しく飲める相手を探してたんですよ!」


「ありがとうございます! じゃあいただいちゃいますね! 500杯!」


「500杯も飲まれたらボク破産しちゃいますよ〜」



 ガールズバーでは、客がキャストの分のお酒を注文した場合、キャストに僅かではあるがキックバックが入る。このキックバックをいかに増やすかが、ガールズバーで稼ぐコツの1つだ。


 だがキャストから客にお酒を要求するタイミングが難しい。いきなり要求すれば「ただ金目的で接客している」とネガティブな感情を抱かれかねないし、ねだらなければキャストの分のお酒を注文しない客もいる。


 客が気持ち良く飲んでいるタイミングを狙って要求する必要があるのだが、マナはこれも苦手に感じていた。だからこそ、イケメンが自分から「飲んでほしい」と言ってくれたのはありがたい。


 マナが今まで相手をしてきた客の中で、このイケメンは最も接客しやすいタイプだ。



「マナさんはお酒好きですか?」


「普段はあまり飲まないんですけど、今日は頑張っちゃおうかなって!」


「おおっ! スゴい意気込み! ボクも会社の人とか友達とか、誰かといるときは飲むんですけど、1人の時は全然で。だからマナさんみたいに飲んでくれる人がいると、うれしんですよね〜」


「本当!? じゃあいつでも来てください! 私、待ってますから!」


「うれしいっ! 今度来るときはマナさんを指名しなきゃ!」



 ガールズバーにはキャストがたくさんいる。そのため希望する日に必ずシフトに入れるわけではない。客から指名されたキャストが優先的にシフトに入り、人数の上限に達しなければ空いた枠に指名のないキャストが入る。


 つまり客からの指名を多く獲得することが、稼ぎにも直結するというわけだ。



「失礼かもしれないですけど、マナさんの爪、キレイですね! ネイルアートってやつですか?」


「そう! キレイでしょ? 春っぽい感じをイメージしてネイルアーティストさんにやってもらったんです〜」


「いいですね! ちょうど今の季節にもピッタリだし! じゃあ、あと何カ月かしたら夏仕様に変えるんですか?向日葵とかつけて」


「迷い中〜! 向日葵はつけないかもだけど、スイカっぽいネイルにしようかな?」


「仕事中、お腹が空いて食べないようにして下さね」


「ははっ! 食べちゃって種吐き出したらネイルだったみたいな?」


「怖っ! 爪剥がれてるじゃないですか!」



 ネイルはマナがこだわっている部分だ。そこに注目してくれたのも、イケメンへのプラスポイント。


 手の話題になったので、チラリとイケメンの手を見るマナ。グラスを握るその手の甲は程よく血管が浮かび上がり、指はスラリと長い。


 手フェチであるマナにとってどハマりな手。なんだか、いやらしい気分も芽生えてきた。


 それから、イケメンがプライベートのことに深入りしてこないこともマナにとって高得点。客によっては「彼氏いるの?」「どこに住んでるの?」「本名はなんていうの?」など、プライベートに関わる質問をしてくることも少なくない。接客とはいえ、どこの誰とも分からぬ人物に自分のことを話すのは気が引ける。


 そんな客に比べて、イケメンは上手いこと「いま見えるマナの情報」だけを頼りに話をしてくれている。


 95点……マナにとってイケメンは、限りなく100点に近い95点だ。マナは自分からもアプローチを仕掛ける。


「もし良かったら、LINE交換しませんか?」


「LINEですか? いいですよ!でもボク、返信早くないんで、全然返事がなくても気にしないでくださいね」


「全然気にしない! 気が向いたときに返事してくれるだけでうれしい!」



 いわゆる良客になりそうな客とは連絡先を交換しておくことが『エンシェント・パラダイス』の方針。連絡先を知っていれば、何かのきっかけにお店に呼ぶことができる。待ちの姿勢ではなく、客を呼ぶ姿勢。これが『エンシェント・パラダイス』なのだ。


 イケメンはまだしばらくお店に残ってくれるとのこと。


 あまりに理想的な客に出会えたマナ。仕事であることを半分くらい忘れて会話を楽しんだ。



−−−−−−−−−−



 カウンターで楽しげな表情を浮かべるマナを、カウンターの裏にある控室から眺める同僚のキャスト2人。マナに聞こえないよう、小声で会話をしている。



「あのさぁ、マナ大丈夫?何かあったの?」


「先週、マナちゃん客にブチギレられてさぁ。それ以来、出勤した日はああやって1人で虚空に向かって接客してるんだよね。相当ショックだったんだと思う」



<了>

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