最初で最後の殴り合い

虹音 ゆいが

エピローグ

「はぁっ……はぁ……っ! やぁっと、くたばり、やがったぜ」



 どうやら、俺は恵まれていたらしい。


 誰も俺に傷一つ負わせる事は出来なかった。〝女神様の寵愛〟なんて大層な名前を付けられた俺の力は、文字通り人間とは一線を画していた。

 


「ったく……どういう体、してんだよ、あんた。見た目はすげぇ、華奢なくせに、俺の全力を何百発も、受け切りやがって……」



 ガキの頃から勇者だなんだと持てはやされて、ありとあらゆる戦闘技術を叩き込まれ、体が成熟しきるまでひたすら修行に明け暮れた。

 苦しいと思った事はなかったな。それが当たり前だったから。

 ま、楽しいと思った事も一度もねぇが。



「あんたも同じ事、思ったのかもな。俺じゃなきゃ、あんたのふざけた威力の魔法で、あっという間に消し炭だっただろうしよ」



 そしてその時は来た。俺は勇者として送り出され、雑魚魔物と魔族共をぶち殺しながら旅を続けた。

 魔王を、殺す為に。



「今日で……何日目だ? 十日目くらいまでは、数えてたんだが。飲まず食わずでも、闘い続けられるもん、なんだな」



 旅に出て何ヶ月くらい経った頃か。俺はようやく魔王と邂逅した。それが女である事に少し驚いたが、やる事は変わらない。

 お互いの種族の命運を握った激戦は、魔王の城を廃墟に変え、戦場を何十回も移しながら続きに続き、ようやく決着がついた。



「はは……これで俺は、英雄として凱旋、お姫様と幸せな結婚、ってわけだ。しがない商家で生まれた突然変異の、輝かしいサクセスストーリー、ってか」



 俺は、恵まれていたらしい。

 そうだな、そう見えねぇ事もねぇだろうさ。

 目に見えるモノだけを信じてるヤツにとってはな。



「あんのクソ王が……英雄の俺を取り込んで、他国への侵略をスムーズに運ばせたいん、だろうな。商家の下賤なサルだからって、酷使すんじゃねぇよ」



 いっそ、ヤツらをぶち殺しちまえば心が晴れただろうか? 都合よく人を勇者扱いして騒ぎやがって。人間なんざみんなクソだクソ。

 ……いや、まぁいいか。今さらあんなクソ雑魚共を蹴散らしたって、ただただつまんねぇ。虚しいだけじゃねぇか。



「あのお姫様も、下賤なサル呼ばわりするなら、俺の耳に届かないとこで、やれや。王族ってのはどいつもこいつも、見た目だけは綺麗だが、性格は腐り切って、やがるな」


 

 ま、もう十分だろ。俺が魔王を倒した時に支払われる報奨金で、父さんと母さんの暮らしも一生安泰だろうさ。本当にあのクソ王族共が約束を守るかは知った事じゃねぇが。

 突然変異の俺を持て余して、喜んで勇者に仕立て上げて厄介払いするような親だ。これ以上の義理立てをしてやる事もねぇだろ。向こうももう俺なんかに興味ねぇだろうしよ。



「…………なぁ。あんたも、同じ、だったんじゃないか?」



 物言わぬ魔王の骸に歩み寄り、俺は静かに語りかける。



「あんた、最初に俺を見た時に、つまんなさそうだった、もんな。また雑魚勇者が来やがった、って目が言ってたぜ。でも、次第に目を、輝かせてたよな?」



 命懸けの最終決戦の最中、俺がそんな事に気付けたのは、他ならぬ俺も同じだったからだ。

 あぁ魔王ね。どうせこいつもつまんねぇんだろ。そんな俺の諦念を、あんたはすぐに吹っ飛ばしてくれた。



「俺はクズ人間共に、あんたは魔族共に、てめぇ勝手に、期待され、最強である事を、強要され、つまんねぇ雑魚狩りを、続けてきた。そうなん、だよな?」



 魔王は応えない。けれど、今際の際に浮かべたままの満足げなその表情は、俺に同意してくれているように感じてならない。

 あぁ、疲れたな。言葉はどんどん溢れ出てくるってのに、体はどんどん重くなっていきやがる。



「なぁ…………魔王、さんよ」



 眠ってるとこ悪いな。

 俺が眠る前に、もう1つだけ訊かせてくれよ。



「最後に俺と、ぶち殺し合えて、あんたは幸せ、だったか?」



 俺は血溜まりに倒れ、血飛沫が降りかかる。

 血に濡れた魔王の顔は、この世の誰よりも美しく見えた。





 さぁ喜べよクソ共。勇者様と魔王様の相討ちだぞ? 

 せいぜい美談として語り継げ。劇にしろ。本でもいいぜ? 

 地獄で魔王と酒でも飲みながら嘲笑ってやるよ。



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最初で最後の殴り合い 虹音 ゆいが @asumia

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