多能力冒険者のグルメ無双~魔物が忌避されている世界で食おうとした奴は俺だけだったらしい~
ゆるふわ衣
第1話 スライムのフルーツポンチ
――この世界では【スキル】が全てだ。
どんな職業に就くにしても、まずは【スキル】を基準に考える。
俺はひょんなことから、この世界に転生した。
しかし、小さな頃から生まれ持った 【スキル:悪食者】の使い方が分からず、魔法の適正も無かった。
そんな、何にも才能の無い俺は毎日薬草取りをするしかなかった。
一日中薬草を取って、ギリギリ生きれる程度のお金を稼いで寝る。
他の冒険者達から見下されているのは直接言われなくても分かっていた。
そんな毎日を二十年余り過ごしている俺にとって、これ以上の不幸は無いと思っていた。
――しかし世界は無常だ。
ギルドに張り出された紙を見て、目の前の現実が受け入れられない。
『――薬草採取クエスト永久停止のお知らせ――』
理由は薬草の栽培技術の向上らしい。
周りの冒険者が目もくれない紙切れの前、黒髪黒目の青年は立ち尽くしていた。
身長は152cm程度、細身の青年はボロボロの冒険者服に身を包み、目の前にある張り紙の内容が受け入れられない。
「......嘘だろ」
唯一の生命線である、薬草採取の仕事を失った。
「これから、どうすればいいんだ......」
ギルドの外へ重い足取りで出ていくと、背後から声をかけられる。
「――おいおい。オベトじゃねぇかよ。なーにしてんだよ!」
「ぅぐっ!」
俺は鈍い痛みと共に呻き声をあげて地面に倒れた。
どうやら、背中を思い切り蹴られたようだ。
「あ、コイツが【能無し】のオベトって奴?」
「そ! ホント可哀そうだよなぁ~。毎日草取ってんだぜ、コイツ!」
――路地裏から複数人の男が出てくると、見下した目つきで俺を睨んでくる。
名前は知らない。けれど、暇を見つけては俺に数々の暴言を吐いてくる俺と同じく価値の無い男達だ。
「......」
「おい、なんか言えよ。つまんね~......」
奴らに構っていても何一つ良い事は無い。
俺は立ち上がると、痛みを感じながらも彼らを無視して歩いて行く。
「ちっ。話す事も出来ないのかよ? ほんと、【能無し】だな!」
背後でそんな声が聞こえて、俺は唇を噛む。
◇◆◇
気がつけば、いつも薬草採取している場所にいた。
辺りには一面の青々とした薬草たちが生え並んでいる。
毎日、毎日、朝から晩まで数えきれない程の薬草を採っては一日をしのいできた。
けれどそれも明日からは、その方法すらも閉ざされた。
【スキル】を使う事すらも出来ない俺は、冒険者として働くしかない。
けれど、魔物一匹すらも倒せない俺は、もう何も......。
俺は腰に刺してある刃こぼれしたナイフを取り出すと、薬草を刈る。
手のひらいっぱいに持った薬草はもう、金にならない。
――金が無ければ今晩の宿も、昼食を食べる事さえもままならない......。
奴らの言葉を思い出す。
『ほんと、【能無し】だな!』
ひたすらに頭の中を反響する奴の言葉。
だんだんと血の気が遠のいて行き、心臓の奥から無力感と悲壮感が果てしなく湧き上がってくる。
ただただ、脳みそがギュゥと締め付けられているようで、苦しい。
いくら瞬きをしても変わってくれない景色、目の前にある薬草。
絶望感に全身を支配されそうになって、ふと俺は思った。
目の前にある薬草。
――よし。いっその事、食ってみるか!
「もうなんか、全部どうでもいいやぁ!」
俺は手に乗せた薬草を勢いをつけて口に含む。
「っ! にっが......!」
一嚙みするごとに、青臭い匂いが口の中に広がって気持ち悪い......。
しかも葉の裏側には、チクチクとした産毛のようなものが生えているので、食感も最悪だ。
まぁでも回復薬になるくらいだし、食べるのは問題ないだろうと俺は吐き気を抑えながら頑張って咀嚼し、呑み込んだ。
「明日からはこれが主食になるかもしれない」
――この気持ち悪さにも慣れないとな......。
そんな風に考えていると、ガサッと茂みから音がする。
驚いて振り向くと、そこにはスライムがいた。
青く半透明なゼリー状の魔物。
魔物としての強さは最低レベルで、子供でも倒す事ができる。
もちろん俺も倒す事ができる。多分できる......。
まぁ俺が魔物の中で倒せるのは、スライムだけなんだけど......。
そんなプルプルとした体を揺らしているスライムを見ていると、自分で言った言葉を思い出す。
「ん? ゼリー状の魔物......?」
スライム=ゼリー=食べ物
つまり、スライム=食べ物 QED証明完了。
「よし。食えるな」
俺は確信を持ってスライムへと近づく。
すると、奴も俺の接近に気づいたのか戦闘態勢をとり......。
――スライムは勢いよく、俺の右腕に絡みついた。
「っ......。これ、外れない......!?」
ネバネバとした粘液が腕に張り付いて、引き剝がす事も叶わない。
最悪な事に、俺の顔の方へとどんどん上がってきている。
「っ! まずいまずい!」
このままいくと、ほぼ確実に窒息死する。
粘液で右腕は動かせない
ならばと、左手でナイフを持つと思い切り力を込めてスライムを刺す。
しかしナイフはスライムの体内に入っていくだけ。
なんのダメージも食らっていない様子だった。
ドロドロとした体は、もう首元まで到達し、眼前に迫っている。
俺は頭の中にある数少ない知識から、一つの事実を思い出した。
――スライムは体のどこかにある核を壊せば、息絶える。
しかし混乱した状態で、小さな核がどこにあるか冷静に分析する余裕が、今の俺にあるはずなかった。
「くそぉ! あぁぁぁぁ!」
俺は叫びながら、ナイフでスライムの体内でぐちゃぐちゃとかき回す。
すると、コツンという振動をナイフから感じて......。
――スライムは完全に動きを止めた。
「はぁ。はぁ。はぁ。死ぬかと思った......」
息も絶え絶えの中、俺は動かなくなったスライムを掴む。
ドロドロとした青いゼリー状の中、小さな球体のような物が割れていた。
「よし......何とか倒せたな......」
危うく死ぬ所だったが、結果オーライだ。
俺は力を失ったスライムの肉体を掴んで全身を見つめる。
「......これ。食えるのかな......」
大空のように鮮やかな青色に、半透明の体なので見た目は良い。
しかし持ち手からはネバネバとした感触が凄まじく、食欲が失せる。
「流石に生はヤバイよなぁ......」
――とりあえず、煮てみる事にした。
俺はカバンから小さな鍋を取り出すと、水筒に汲んだ水を入れる。
辺りから適当な木の枝や葉を集めて火打石を打って火を起こす。
そして水が入った鍋を火にかけ、水が沸騰したら、核を取り除いたスライムを入れる。
「うわぁ......。なんか泡みたいなの出てる......」
いわゆる、アクのようなものだろうか。
白く濁った泡状のものが大量に浮いており、少し食欲が削がれる。
明らかに美味しくはなさそうなので泡は捨てる。
そうしてしばらくコトコトと茹でると......。
「――できた......! かもしれない......!」
お湯から取り出すと、スライムの青色は脱色されており、透明で奥の背景が透き通っていた。
とりあえず、端っこを一口大に切って試食してみる。
「いただきます......」
恐る恐る、スライムを口の中に入れる。
粘液は茹でる事で完全に落ちている。
安心して咀嚼するとニキュニキュ、もしくはコリコリとした食感だ。
「味は無いか。――あ! もしかしたら......」
スライムの無味と食感を生かした、打って付けの料理を思い出した。
「"アレ"が作れるかもしれない......!」
――俺は一心不乱に、大急ぎで街へと走った。
◇◆◇
街から戻ってくると、俺はいくつかの材料を並べた。
今日の宿賃にも満たないなけなしの金で買ったのは、砂糖と氷だ。
そして、そこの横に並んでいるのは辺りに生えていた果物三種。
この森は奥に行く程、魔物が強くなっていく。
そしてちょうど薬草が生えている場所の少し奥に果物が群生している。
初心者用の森なので化物がいる訳ではなかったが、もし魔物に出会ってしまえば、俺は簡単に死ねる。
――なので死ぬ気で走って、果物を集めてきました。
幸いにも魔物と出くわす事はせず、俺には傷一つ無い。
果物達は赤い物が二つと、黄色い物が一つ。
果実は熟れ頃のようで、少し表面に蜜が浮き出ていた。
これだけでも美味しそうで、今すぐかぶりつきたい。
――かぶりつきたいが、我慢だ......。
スライム、果実、砂糖、氷。
俺は目の前に並んだ食材を見渡すと、調理を始めた。
まず、茹でたスライムの水気を拭き取って角切りにする。
そして、獲って来たフルーツ達の皮を剥いて一口大に。
それらを氷を入れた砂糖水と混ぜ合わせれば......。
「フルーツポンチの完成だ!」
透明なスライムの角切りと色鮮やかな果物達。
色とりどりでありながら、均等に角切りされた果物とスライムが、氷によって光り輝いている。
俺はそんな美味しそうなスイーツを目の前にして、思わず息を呑む。
「――いただきます」
両手を合わせ、そう呟くとスプーンにフルーツポンチを乗っける。
そしてそのまま、一気に口の中へ放り込む。
「うまぁ......!」
シャキシャキとしている果物からは爽やかなフルーツの甘み。
その包み込むような甘さを、砂糖水が補強してくれる。
加えてスライムのコリコリ感と合わされば、口の中が気持ちの良い食感で満たされる。
「――っ!」
いや、これ旨い。旨すぎる......!
シャクシャクコリコリからのガツンと脳に直接来るような砂糖の甘み。
それに氷を入れたのも正解だった。口内を通り抜ける冷たい感覚はさることながら、原理は分からないが氷のおかげでスライムがよりギュッとなっている。
今まで石のように硬いパンと、売れ残った腐りかけの野菜を譲ってもらって作った味のない水煮を毎日のように食べていたからかもしれない。
ハチャメチャに美味しい。一生これだけ食べて生きていきたい。
なによりも硬すぎるバケットのせいで口内が血まみれになる事も無いし、何の調味料も入っていない野菜の苦みに耐える事も無い。
「これが料理......!」
空っぽになった皿を一目見ると、俺は空を見上げて満足感に浸っていた。
そうして久々のまともな料理に感動していると......。
【 『スキル:粘液』を入手しました 】
突然、頭の中に妙な声が響き渡る。
「スキル......?」
スキルを入手しただと?
おかしい。スキルというのは一生に一度、一回きりしか手に入らないものだ。
俺を含めたこの世界の全員が、たった一つのスキルでやりくりして人生を過ごす。
それがこの世界の絶対的な法則であり、変えることのできない現実。
しかしこの頭に響いた声は、初めてスキルを手に入れた時と同じ感覚だった。
結局、手に入れたスキルを発動する事は一度も叶わなかったのだが......。
けれど、何故だか分からないが、スキルを手に入れたというのなら......。
俺はまさかと思い地面から立ち上がり、手のひらを前に向けて心の中で唱える。
(『スキル:粘液』発動)
すると、手のひらから透明な液体が発射された。
液体は一直線に勢いよく進んでいき、生々しい音を立てて木にぶつかる。
「――っ! マジかよ......!」
目を開いて、しばらくはそんな光景に見とれていた。
この世界ではスキルが全てだ。
何度唱えても、全く反応しなかったスキルを、人生で初めて発動する事ができた。
今まで転生する前の一般人と何ら変わりなく、馬鹿にされてきた俺にとって初めての体験は脳裏に焼き付いた。
(『スキル:粘液』発動)(『スキル:粘液』発動)(『スキル:粘液』発動)
再び唱えても威力は衰える事は無く、粘液は木に張り付く。
「――よし!」
スキルを発動できる喜びを深く噛み締めながら、俺はガッツポーズをした。
これがあれば、今まで倒せなかった小型のモンスターを倒せるかもしれない。
そんな期待に胸を躍らせながら、ふと一つの考えが頭に過ぎる。
「もしかしたら、スライムを食べた事でこのスキルを取得できたのかもしれない......」
スキルを二つも持っているという前代未聞の状況。
一方は使い物にならないスキルだが......。
もしかしたら人は魔物を食べれる事によって、スキルを新たに取得できるのかもしれないと俺は仮説を立てる。
――すると突然、背後の草むらが激しく音を立てて揺れた。
急いで振り返ると、そこにいたのは複数のスライム。
「これは......。厳しいかもしれないな......」
たった一匹を相手にしただけで死にかけたというのに、五匹のスライムを同時に相手にするなんて無理だ。
それに今さっき手に入れたスキルは粘液。
だとすれば、スライム相手には効かないだろうし......。
「――っ!」
そんな事を考えていると、お構いなしにスライムは勢いよく突進してくる。
俺は急いで避けようと、横に飛んだ。
しかし......。
「あれ......? 遅い......?」
先程戦った時は、スライムの動きを目でとらえるのが精一杯だったはずなのに、目の前のスライムは何だかゆったりとコチラに突進している。
俺は腰からナイフを抜いて、空中にいるスライムに突き刺す。
寸分の狂いも無く、スライムの体内にある小さな核にナイフを当てる事ができた。
「なんだ、この感覚......」
身体能力から反射神経まで、明らかに格段に上がっていた。
体は軽くなり、頭で思い描いた通りに素早く正確に動いてくれる。
「これなら......!」
俺は襲ってくるスライム達を軽々と倒すことができた。
一匹倒すごとに動きに無駄がなくなり、更に素早く倒せるようになっていく。
そうして俺はスライムの攻撃を一度も受けること無く、五匹のスライムの討伐に成功した。
「凄いな......」
自分自身の成長に驚きながらも、目の前に落ちているスライムの体を拾いあげる。
「流石にこれだけだと少な過ぎるけど、薬草取りよりかは稼げるよな。でも......」
スライムだって魔物なのだから、ギルドに持っていけばお金を稼ぐ事ができる。
そんな常識に感動を覚えて、嬉しさから静かに息を吐いた。
そうして、その後はしばらくスライムを狩り続け、俺はギルドへと足を運んだ。
◇◆◇
スライムを換金し終えると、ギルドから出て一人呟く。
「危なかった......。ギリギリ宿代に足りて本当に良かった......」
やはりと言うべきか、最弱の魔物であるスライムはかなり安い。
けれど沢山狩ったおかげで何とか今日の宿代に届いたのだ。
「夕飯は無しだけど......」
すると路地裏から三人の男が俺の前に立ちはだかる。
「おいおい、一人で何ブツブツ言ってんだ!? 【能無し】のオベト!」
「お前たちは......」
いつも何かにつけて突っかかって来る男達だ。
今朝に背中を蹴られた事は記憶に新しい。
「俺達も独り言に混ぜてくれよぉ。なぁ、オベト!」
男は拳を握りしめると、助走をつけて俺に殴りかかって来る。
往来する人も多いというのに、よくも堂々と暴力を振るうものだと思いながら、男に視線をやる。
「あ......見える......」
来るのは右手の大振り。
男の動きがゆったりと感じ、回避行動をとるのは容易だった。
俺が少し顔を後ろに傾けると、男の拳は空を斬る。
風切り音だけが小さく響き、男は空振った反動で少しよろめいた。
「なっ......!」
避けられた事に驚くのと同時に、俺に対して苛立ちを覚えているようだ。
酷く顔が歪んでおり、眉間にシワが寄っていた。
「なに避けてんだよ。てめぇ!」
先程よりも感情的に振られた拳は、何とも避けやすい幼稚なものだった。
(『スキル:粘液』発動)
俺は再び男の拳を避けると、男達の足元に粘液を発射する。
透明な粘液は長いズボンと靴を巻き込んで、地面と接着させていた。
「な、なんだこれ! 足がくっ付いて......」
男達は顔を歪ませて必死にもがいていたが、足はくっ付いて、外れる気配が無い。
その隙に俺は地面を蹴って、逃走を図る。
「てめぇ、逃げんな! ――っ!」
粘液が剝がれていないまま、無理やり体を動かした男はズボンが脱げ、往来の前で、あられもない姿になってしまう。
一部始終を見ていた通行人はそんな彼らの様子をクスクスと笑っていた。
声を上げて大笑いをする者もおり、男は顔を赤らめながら声を荒げた。
「お、おい見るんじゃねぇ! な、なに笑ってやがる......!」
一度下がったズボンが粘液に巻き込まれて、上げることができなくなってしまう。
そうして怒りと恥辱で顔を赤面させ、歯を食いしばり......。
「オベト! これをどうにかしろ!」
全身全霊で絶叫をあげながら先程オベトが居た場所を振り返るが、既に彼はどこかへと姿を消していた。
男を見て笑う通行人の量は更に増していき、一種の見世物となっていく。
そんな状況をどうにかしようと、もがく男だったが、その様子が更に面白がられて多くの笑いに包まれる。男の羞恥心は限界に達して思わず叫ぶ。
「――おい、オベト!? オベトォォォォ!!」
そうして、街中に彼の悲痛な叫び声が響き渡った。
□■□
【スライム】 ランク:E
青いゲル状の魔物。
訓練をしていない子供でも倒せる正真正銘の最弱モンスター。
茹でた後、一日寝かせると甘みが増す。
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