なんかクラスのかわいい子が催眠アプリを使ってきた
nanasi
第1話 催眠中、意識が無いとは限らない
――夏。
顔から流れる汗を腕で拭う。蝉の声がする。「ジリジリリ」この声を聞くたびに夏だなと僕は思う。
ここは誰が見ても田舎だ。しかし、なぜか僕の通っている高校は田舎なのに女子の容姿レベルが異様に高い。平々凡々の僕が女子の容姿を評価するというのはなんだか失礼な話かもしれないが、客観的に見てもそう言える筈だ。
僕は目の前にいる彼女をみる。
その容姿の良さとスタイルの良さで彼女は現役の高校生モデルをやっている。
日向さんの瞳は
窓が開いている。夏風にスカートが揺れる。髪が靡く。
「――それで、僕に何の用かな?」
僕が日向さんに呼び出されたのは先ほどの事。まさか告白されるのかと淡い期待を抱いて僕は空き教室に来た。
まあ、そんなわけはないのだろう。
このあと、複数人の男子生徒が教室に入ってきて、ボコボコにされた後所持金を全部奪われるとかなら嫌だな。
「ゆ、
日向さんは僕にスマホの画面を見せてくる。画面は幾何学的で不思議な模様が描かれており、見ていると目が痛くなりそうだった。
「…………?」
「これで成功したのかな?」
日向さんは僕の顔の前で何度もブンブンと、手を振る。僕の頭の中は疑問符で一杯だ。
「じ、じゃあ私にぎゅってして」
ぎゅってしてとはハグの事だろうか。彼女は僕を揶揄っているのだろうか。すると、僕の身体が勝手に動いて日向さんに抱きついた。
……なんだこれ、声も出せない。僕は驚いたが。その感情は彼女の身体の感触に上書きされる。
日向さんはとても柔らかくていい匂いがした。かすかに彼女の慎ましい胸が当たっているのを感じる。僕の顔が熱を帯びて、耳が赤くなる。ふと、僕は自分の体臭が気になった。
「すーっ、はーっ、すーっ」
何故か日向さんは僕の首元あたりの匂いを嗅いでいた。
恥ずかしい。絶対臭いからやめてほしい。
それから数分抱き合って、日向さんは僕から離れる。
動悸がする。心臓の鼓動が聞こえる。身体が熱い。
「次は……、悠也くんポーズ取ってね」
お次は撮影会が始まった。彼女は僕にありとあらゆるポーズを取らせて、スマホのカメラで撮影する。
マジで恥ずかしいからやめてほしい……。もう死んだほうがマシだった。
それから、何枚か僕の写真と、日向さんと僕のツーショットを撮った後、ほくほくした顔で彼女はスマホを眺める。
「最後に連絡先交換しようね」
僕はスマホを取り出して、
あれからやっと解放された僕はスマホのトーク画面に映る、日向夏萌の名前を見ている。
先程の出来事は夢ではないらしい。まだ手のひらに日向さんの温もりが残っている。
リノリウムの床を歩く。僕は教室の扉を開ける。
「おい水瀬、遅いぞ」
「……悪い
ここは映画研究部の部室だ。大きい机の僕の反対の席に座っている、
小鳥遊はボサボサの猫みたいな栗色の髪の毛を束ねてポニーテールにする。そして、伊達メガネを外す。
「いつもそうしてればいいのに」
「あ?」
普段の小鳥遊は伊達メガネをかけて、その髪で目元が隠れている。地味で目立たない存在だ。
しかし、その素顔はとても整った顔をしている。彼女の存在は、この高校の女子の容姿のレベルが高いと思っている理由のひとつだ。その凛とした顔立ちはかわいいというより、かっこいいとかの方が似合っていると僕は思う。
「鬱陶しいんだよ。名前も知らねえのに告白してくるやつが」
「それでうんざりしたから、擬態する事にしたんだっけ」
「ああ、どいつもこいつも顔しか見てねえ」
これは彼女が中学生の話だ。男子からの告白を断り続けて、女子から妬まれ、それにうんざりした結果小鳥遊の事を知る人がいないこんな田舎の高校に来たらしい。
「高校生の恋愛とか八割顔でしょ」
「……うるさいなあ。あたしはプラトニックな恋愛がしたいの」
「性格に似合わずピュアだね」
「チッ、はいはいどーせあたしは白馬の王子様に憧れてる痛い女だよ」
小鳥遊は舌打ちしてそっぽを向く。
「……急だけど、小鳥遊は催眠アプリの存在を信じる?」
「いや、信じないだろ。存在しねーよそんなもん。同人誌の読みすぎだぞお前」
普通の人はそう考えるだろう。しかし、僕は体験してしまったのだ。存在を信じざるを得ない。
日向さんの誤算は僕の意識が残っていた事だろう。記憶も消去されておらず、はっきりとあの出来事を覚えている。
日向さんが僕に催眠をかけた理由は僕の事が好きだからだろうか。自惚れていると思うが、これ以外の理由は思いつかなかった。
「そんな事より今日はこれ見よーぜ」
『サメタイフーン五、力の継承』今日見る映画はどうやらこれらしい。彼女はB級映画を愛している。特にその中でもサメ映画を好んで視聴している。
「それ前のやつは、宇宙行ってなかったっけ?」
「そうだ。今回はライトセイバーとチェンソーが出てくるぞ。楽しみだな!」
「どんな状況だよ」
小鳥遊はウキウキで映画を再生し始める。この映画はサメが台風に巻き上げられて、人を襲う映画だ。内容はなかなかに混沌で面白いと思う。あと何作続いてるんだろうか。
夕暮れに夜が混ざって少し紫色になっている。僕は日向さんと一緒に帰っていた。帰り際僕を見つけた日向さんに、催眠をかけられて「一緒に帰ろう」と言われたのだ。
「悠也くんと会話できないのは面白くないなぁ」
日向さんはつまらなそうな表情をして、そう呟いた。しきりに当たりをきょろきょろと見回して警戒しているようだった。ふいに、日向さんは何かを思いついたような表情をする。
「ね、悠也くん手繋ごっか?」
そう言われて、僕の手は勝手に動いて、日向さんの手を握る。緊張して手汗が出ている気がする。
「大きくて、あったかいね。悠也くんの手」
日向さんは僕に笑いかける。その光景は夕日が背になっていてとても美しかった。綺麗だなと思った。
「……ごめんね。こんなことして……」
日向さんは俯いて悲しそうな顔をして言った。僕に催眠をかけている事に対して、罪悪感は持っているようだった。僕は正直こんな美少女と触れ合えて、悪い気はしない。少なくとも嫌な気持ちにはなっていない。
「今度デートに行こうね」
撤回。全然反省していなかった。今度は僕とデートに行くとか言ってるぞ。少しは罪悪感を持ってくれ。
……しかし、ここの景色は田んぼしかない。昔を思い出す。あぜ道を走り回り、小さな虫を捕まえていた子供の頃を。まあ、今ではしっかりクーラーの効いた部屋でゲームしているんだけど。夏の風情がないなと思うね。スイカも最近食べなくなった。久しぶりに食べようかな。
日向さんが止まって、僕と繋いだ手を離した。そして、僕の方を向く。顔が可愛い過ぎて、あまり直視してられないので虚空を見つめる。
「私こっちだから、ばいばい悠也くん。ちゃんと家に帰るんだよ」
日向さんは笑って僕に手を振る。
「最後に」
今度は日向さんから僕に抱きついてくる。数分、抱き合って満足したのか彼女は踵を返して、帰って行った。
こうして僕は身体の自由を取り戻した。催眠中は日向さんの命令には絶対服従だ。やっと解放された。ドキドキしすぎて、心臓が幾つあっても足りない。
「……バイバイ、日向さんまた明日ね」
手を振る影がひとつアスファルトに浮かぶ。
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