第26話 予想外の出会い――

「今週も終わったね。大変だったけど、やりがいはあるわね」

「はあぁ……私は大変だよー……覚えないといけないセリフが沢山あって」


 幼馴染の新田美千留にった/みちるは肩を下げ、大きなため息をはいていた。


 美千留は演劇の主演を務めている。

 失敗できないというプレッシャーの他に、担当のキャラに対する感情移入も必要であり、それを踏まえてセリフを言わないといけないのだ。

 他の人と比べても圧倒的に覚える量が多いのである。


 美千留は、柊の視点から見ても頑張っている方だと思う。

 演劇の練習中、幼馴染の演技を見ているのだが、初めの頃と比べて成長していると感じていた。


「美千留は、もっと自信を持った方がいいよ」


 隣の席に座っている篠原柊しのはら/しゅうが、幼馴染に優しく話す。


「そうかもしれないけど、緊張の連続で大変だよ。そうだ、鳥居さん、今からでも代わってくれないかな?」

「え? 私が? それは無理かな。最後まで頑張ってみなよ。美千留さんは主役らしい見た目をしているし、むしろ、適任だと思うから」

「私が? そんな事はないと思うけどなぁ……」


 美千留は首を傾げながら、紙コップに入っているコーラをストロー越しに飲んでいたのだ。




 柊、月渚、美千留の三人は学校帰りであり、現在、街中のハンバーガーショップに訪れていた。

 六時半を過ぎた頃合いであり、窓から見える景色は薄暗い。


 三人はテーブルを囲い、おやつ程度に食べられる量のチキンナゲットをワンセット分注文し、それを食べたり、ジュースを飲んだりしながら店内で過ごしていた。


 そんな中、美千留は自信無さげな顔を浮かべていたのだ。

 彼女は座ったまま俯いている。


 美千留はストローを使ってジュースを飲み、疲れ切った体を癒しているのだ。


「文化祭までまだ時間があるし、今から頑張っていれば、当日までには上手くなると思うし、大丈夫だって」

「そうだったらいいんだけどね……」


 美千留らしくなかった。


 柊が、彼女になんて声をかけてあげればいいか、言葉選びに迷っていると、誰かの気配を感じたのだ。


「ん? っていうか、君らもここに居たのか」


 三人の近くに佇んでいたのは、クラスメイトの森田流星もりた/りゅうせいだった。

 彼はハンバーガーなどが乗っているトレーを片手で持っていたのだ。


「奇遇だな」

「流星くん、こんばんは」


 鳥居月渚とりい/るながいつも通りに、彼に話しかけていた。


「流星くんも一緒に食べる?」

「いいのか? デモ、どうするかな」


 流星は騒がしい店内を見渡していた。


「もしかして、誰かを待っている感じ?」

「ちょっとな。別の高校の人とこれから遊ぶ約束をしててさ。それで待ち合わせ場所として利用していたんだよ。じゃあさ、その人らが来るまで一緒にいてもいいか?」

「いいよ。その間まで一緒に過ごそうよ」


 月渚は椅子に座るように促していた。


「じゃ、遠慮なく」


 流星は月渚の左隣に座ると、皆の方見て話しかけてくる。


「そういや、演劇はどう? 上手くいってる感じ?」

「まあ、それなりかな」

「私は物凄く大変に感じるんだよね」


 月渚、美千留は各々の返事を返す。


「そっか。そうだよな。俺は勢い任せにやってみようと思って今回演劇をする事にしたんだけどさ。挑戦してみて思ったんだけど、確かに大変だよな。覚えないといけないセリフも沢山あってさ。篠原はどんな感じ?」

「俺は、普通かな」

「普通か。篠原って、意外と立ち回り方が慣れてる感じがするんだけど。本当に演劇経験はないのか?」

「な、ないよ、うん」


 柊は否定的に首を横に振る。

 余計なセリフを告げて、色々と質問されるのも嫌だったからだ。


「でもさ、篠原がいるなら問題ないかもな。なんか、上手く行きそうな気がするんだよな」

「そんなに何も変わらないと思うよ」

「謙遜するなって」


 右側の席にいる流星から明るく言われた。


「そうだ、美千留さんって、明日空いていたりする?」

「明日? 大丈夫だけど、どうして?」


 突然の誘いに、美千留は動揺していた。


「俺と美千留さんってさ。主要キャラとしてセリフが多いじゃんか。だからさ、一緒に練習をしたいと思ってさ。時間があるんだよね? 良さそうなら、どうかなって」

「それなら……いいよ」

「本当か? じゃあさ、練習をするなら学校に来てくれないか」

「わ、分かったわ」

「時間は何時がいい?」

「午後ならいいかな」

「午後ね、午後の何時頃? 一時頃でもいい?」

「うん、それくらいの時間帯で」

「なら、決まりだな。あと、念の為に連絡先を交換しない?」


 流星は席から立ち上がって美千留の元へ向かう。

 そこで連絡先を交換していたのだ。


 流星は普段から人と関わっているだけあって、どんな人とでもすぐに仲良くなれる。

 意外にもやるべき事をちゃんと優先して計画を立てることができる人らしい。

 与えられた役は最後まで責任を持ってやり込む性格のようだ。




「明日、一時な。って、もうアイツら来たのか。じゃあ、俺、今から約束している人らのところに行くから。美千留さん、また後で」

「うん、わかった。わからないところがあったら、私の方から連絡するかも」


 美千留は簡単に返答していた。


 流星はテーブルに置かれた自分のモノを持って、今日の夜から遊ぶ約束をしている人らの元へ向かって行くのだ。


「なんか、見た目によらず、しっかりとしてるのね」

「そうだよ。私、普段から関わっているけど、普通にいい人だよ」

「へえ、そうなんだ」


 美千留は、立ち去って行く流星の後ろ姿を眺めている。


「どうしたの?」


 その姿に疑問を持った月渚が問いかけていた。


「んん、なんでもないよ」


 美千留は首を横に振っていた。


「でも、明日は練習しないといけないし。私、そろそろ帰るね」

「え? 美千留は、もう帰るの?」

「うん、後はお二人で」


 美千留は、柊と月渚の事を気遣ったのか、チキンナゲットを一口食べ終えると、すぐに席から立ち上がって店内を後にして行くのだ。


 店内の窓を見やると、駆け足で街中を走り去って行く美千留の姿があった。


「美千留さん、帰っちゃったね。柊、これからどうする?」

「俺、八時頃までには帰らないといけなくてさ」

「そうなの?」

真白ましろに夕食を作ってもらっていたからさ」

「そういうことね。作って貰ってるのに遅く帰るのはよくないものね。私も、そろそろ帰ろうかな」


 テーブルに置かれているチキンナゲットを二人で間食すると、トレー以外のモノを専用のごみ箱へ持って行き、処理する。


 二人がハンバーガー店を後にし、アーケード街の通りを歩いていると正面からやってくる人がいたのだ。

 それはまさしく片山明人かたやま/あきひとだった。


 金曜日の夜。柊は、元友人の明人と、突然の遭遇を果たす。

 柊が無言のまま明人を見つめていると、彼の方から歩み寄って来たのであった。

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