第3話 太陽の香(グッバイワールド・ハローヘブン)

「アゲドリダイナーのチキンは十ドルで食べ放題!なのに一個で満足しちまうんだ。亜細亜のチキンは激安だし、すっげえ太ってるわけ。日の元ブロイラーはマジでデカいんだ。すぐに増えるから害獣として扱われてるって噂だぁ。エエイブロ。だったけ。チキンを夜に食べるものじゃないね、だったっけ。ご愁傷様ファットボーイ。天に召されよ、哀れなどとは決して言えない、アンラッキーは仕方がないよ」


 いつもこの時間に路上ですれ違う肥満型の男が語っていた言葉をブツブツと呟く。当人であるその男は入り口のドアの取手を握ったまま死んでいた。袖に取り付けられた香水瓶のリングの一つに手を伸ばした。入り口の正面にはレジのあるカウンター。奥のスタッフルームか厨房と思われる入り口の扉にも血が飛び散っている。わざとらしく半開きになった金属の扉をレモネは睨んで舌打ちをした。


「慈悲ほど無情なものはないよね。可哀想、という言葉には憎しみと悪意が満ちていると感じるのも道理。チキンを食って何が悪い。ただ時間帯は大事なわけで…。まあいいや、このアゲドリダイナーはやけに冷えているなあ。 冷蔵庫が開きっぱなしってところかな。客が食い散らかされていない。チキン野郎じゃなさそうだけど。この死臭は明らかにチキンだよね。なんか嫌だな。サイコ系は強いから勘弁してほしい。穏やかに眠れファットボーイ1942。太陽の香(グッバイワールド・ハローヘブンのパヒューム)を死んだあなたに送る」


ファットボーイと呼ばれた男のパーカーの裏地にあった1942というロゴを見たレモネは香水が付着した指の周囲に漂う香りを鼻から吸い込んでフッと吹いた。ひまわり畑の香りが転がる死体とレモネの周囲に漂った。ファットボーイの後頭部は髪の毛が禿げて赤く腫れていた。背中に外傷はない。近くにいる怨念霊は頭を殴った生者が死んだと見るや否や別の場所に移動したのだろうか?いつもレモネが相手にしている動物系の怨念霊ではないようだ。


 三人の客が死んでいる。一人は入り口。後の二人はテーブルの上にある七面鳥サイズのフライドチキンに顔を埋めている。テーブルの二人の弔いを済ませるためにレモネは窓側のテーブルに向かった。この二人も後頭部を一撃。漢字と英語の混じったウィンドーサインに飛び散った血飛沫はほんの一部でしかなかった。テーブルは放射状に散らばった血液が向かい合った二人の男の頭をそれぞれ中心にしてシンメトリーなアート模様を描いている。


「筆の絵の具を飛ばすだけで、億稼げるのがニューヨッキ!だったっけ。多分人間の霊だな。多分レジの方にも死体が一つあるってところかな」


 レモネはため息をついた後にガンベルトから銀銃を引き抜いた。


 「霊が起こした殺人現場(スペクターマーダーシーン)レジの金がなければ、元は人間だった霊がそこにいる可能性がある。だが金への飽くなき執着は殺意の欲求とは異なっており、殺人への死後執着を併せ持っているケースは少ない。銭ゲバの霊は大金を手にしても使うことができない。死後、現世を彷徨いたコソ泥の霊はそれがわかるや否や自然消滅してしまうからだ。例外の場合、その場所には未知の衝動を抱えた変異型怨念霊が潜伏している可能性が高い!気をつけろ!エクソシストになるために大事な百の知識、そのうちの一つがコレさ。これはボクが唯一持っているブックの一つだ!す、ご、くよ、それはそれは大事にしてるわ。この本はボクの人生を変えたのよ!だったっけ。覚えただけでボクの人生はま、る、で変わらなかったな」


 スタッフがいるはずのカウンターにあるレジは赤と白のボーダーが無理にペイントされている。床は油で黄ばんだツルツルの赤白タイル。店内にいるだけでお腹いっぱいになりそうだ。壁はベージュに近いソフトなホワイトとレッドの日の元カラー。トータルコーディネートは悲劇の連鎖に悶えるピエロって感じ、大抵油と動物性タンパク質はインスピレーションをもたらす禅とは真逆の緩慢な穏やかさである怠惰を生む…これはヨガ女が言っていたこと。そう心の中で思ったレモネは香水のついた指で鼻を擦った。


「エナドロはカフェインと果汁由来のブドウ糖とたくさんのビタミン、日の元のお隣のコリナの人参も入っている。要するに効率がいいってこと」


 フライドチキン野郎は店内にいる。痕跡を探るべきだ、レモネはそう考えてレジのあるカウンターに向かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る