第30話 お忍びデート

 結婚式が終わり家に帰ると、同じ場所でも全く違う雰囲気を感じた。


 リディア姉上とメイは、ヴァトラス家の邸に引っ越した。これで僕はイグナシオ家の中で味方がいない、孤立した状態になったということ。


 今まで眺めていた景色が違って見えることも、きっとそれが影響しているのだと思う。


 でも、孤独になったことを気にしても始まらない。もうすぐ学園が始まり、どの道僕はここからいなくなる。


 だから自分のことは深刻に考えていなかった。あくまで楽観的でいられたのだ。


 だが、朝に確認できなかったアリスの手紙を開いた時、心中穏やかではいられない一言があった。


 非常に長文だったので、ほんの一部だけ説明すると、明後日のお昼にお忍びで会いたいということだった。


 要するに密会ということになる。しかも待ち合わせはライラックの町、僕らの領地にあたる場所だった。


 急にどうしたというのか。手紙では「会えなくても構わないけど、もし来てくれたら嬉しい」とも書いてある。


 もしかしたら彼女は、何か僕以外に目的があってライラックに来るのかも知れない。


 しかし、今までのやり取りや原作エピソードを思い出してみる限り、アリスとライラックに接点は見つけられない。


 明日早朝に手紙をポストに入れたとしても、明後日の昼までには届かないだろう。つまり返答ができない状況にあった。


 一体どういうことなのか分からなかったが、僕は暇人である。明後日に彼女がやってくるはずの場所に向かうことは、別に難しくなかった。


 ◇


 二日後の昼、ライラックの町外れにやってきた。


 本当にアリスは来るのだろうか。僕としては、あまりに荒唐無稽な展開に思えてならないので、実際は来ないかもと思っていた。


 そもそも、邸を抜け出すなんて本当にできるのだろうか。監視の目は、イグナシオ家とは比較にならないほど強いはずだ。


 僕が来たのは馬車屋の近くで、その付近には小さな喫茶店や、ちょっとした萬屋があるくらい。


 長閑だなぁと思いぼうっとしていると、明らかに普段目にしない風貌の人がやってきた。


 黒いハットを目深に被り、服装も黒を基調とした色で固めている。


 そわそわとしながらこちらに歩いてきた。あの姿はきっとアリスだ。


 変装しているつもりかも知れないが、会った人にはピンとくる。


 それとなぜかは知らないが、背中に大きなケースみたいなものを背負っていた。何が入っているのか気になる。


 僕が彼女に手を振ろうとした、その時だった。アリスは確かに、こちらに向けて真っ直ぐに歩いていたのだが。


 前世でいう横断歩道的な所があって、馬車がやってきた。手綱を握っていた男は、ちょうどやってきたアリスを先に行かせようと停車した。


 すると、なぜか彼女は真っ直ぐこちらには向かわず、左方向へと曲がっていく。


 馬車を操っていた男は、自分が見当違いをしたと思ったのだろう。すぐに馬を歩かせ、僕から見て右側へと消えていった。


 さっきの人、アリスじゃなかったのかも。そう自分が誤解していたような気がしていると、黒いハットの少女が戻ってきた。


 今の行動は一体? 僕は混乱した。なぜ馬車を操る男が道を譲ったのに、まるでそこには行かないとばかりに進む方向を変え、また戻ってきたのだろうか。


 彼女の行動は大いに疑問だったが、のんびりと考えている暇はなかった。すでに小走りとなり、ついに目の前までやってきたからだ。


「アリス?」

「キース! ……あ、ごめんなさいっ」


 想像の三倍くらい大きな声が出て、彼女は恥ずかしそうに小声に変えた。ずっと喋っていなかったので、出力を間違えたとかそういう感じかもしれない。


「会えて良かった。急にごめんね……」

「とんでもない。ところで、何かあったの?」


 わざわざ密会を申し出たほどだ。只事ではないことが起こったのかもしれない。彼女は今にも泣きそうな顔をしている。


「えっと、その。良かったらあそこで、お話ししない?」


 目線の先には小さな喫茶店があった。あそこには年配のお婆さんがいるだけだったので、盗み聞きされる危険は減る。


 彼女は今や大陸でも超がつくほど有名だ。もし密会していることがバレようものなら、王都で騒ぎが起こってもおかしくない。


 それとお腹も空いていたし、僕は彼女と一緒に喫茶店に入ることにした。


 アリスはほっとした顔で、どうやら見知った顔に見れて安心できたらしい。喫茶店の中でしばらく、頼んだ料理と紅茶が届くまではぼうっとした顔になっていた。


 その後、僕らはしばらく雑談をした。詳細をお話しする前に、軽い話を先にするのは大事なことだ。


「……え、あ……さっきの馬車のこと? あれはその。なんていうか、癖?」

「変な癖だね。馬車が止まってくれたのに、どうしてそのまま渡らなかったのか不思議に思ってたんだ」

「えへへ。ちょっとだけ、緊張しちゃうの」


 サラダやパスタを口にする仕草は、さすがお嬢様といったところ。やはり優雅というか、厳しく育てられたのが見て取れる。


 僕はその後も談笑した後で、いよいよ本題に入ることにした。


「さて、そろそろ教えてくれるかい? 君がどうして、急にここにやってきたのか」

「あ……うん。実はね、またお父様と喧嘩しちゃったの。それで……その、会いたくなって、来ちゃった」


 この回答を聞いた時、正直よく分からなかった。それだけで?


「私の家、いつも見張りの人がいて動けないの。でも、今回から秘密の作戦を使ったの。そうしたらねっ。意外と上手く行った。だからこれからも、こっそり会いに来れる」


 なんだか嬉しそう。ただ、僕の脳内の?マークは大きくなる一方だ。


「僕と会いたかった……それだけでこんな危険を犯して来たってことか? アリスは物好きだな」

「う、うん。あ……それと。以前秘密って言っていた話を、どうしてもしたかったの」


 そうだった。彼女は僕に聞きたいことがあると言っていた。しかし、手紙ではなく直接聞きたいと。


 特に心当たりが浮かばないだけに、なんだか怖くなってくる。


「ひーく……私の弟を助けてくれたの、キースだよね?」

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