第8話

 風呂を上がる頃には雨も小康状態になっていた。窓から覗き見る暗い集落は、仄かに人の気配を感じさせる。集落内にはほとんど街灯が無かったせいだろう。他に灯りと言えば民家のソレくらいしか見当たらない。ほとほと感じていた不気味さというのは、おそらく、こういった未開感から来ているらしい。生粋のシティボーイというわけではないが、ここまでの暗闇で過ごしたことは無かった。

(こりゃ渡に同情するな)

 彼が柄にもなく「一人で寝たくない」と言い出したのも、この暗闇の中一人で過ごしてきたからだろう。光源である裸電球はそこまで明るいものではない。暗い時間帯の方が長いであろうこの場所での孤独は計り知れない。

「それじゃ、俺もう寝るわー」

 そう言って座敷牢横に敷かれた布団に入ろうとした致を、辻村は遠慮なく蹴とばす。

「廊下で寝れ」

「なんで……お前下で寝るんじゃないの?」

 目を丸くしながら、致は眼鏡をかけ直す。ぼやけた視界がクリアになり、傲岸不遜な顔をした後輩と目が合った。

「いや、アタシが上の方がいいだろ」

「いや、その理屈だったら逆だろ。俺は迎撃とかできないからな」

「…………眼鏡だしな」

「眼鏡だからな」

 二人は再び目を合わせて小さな火花を散らす。

「肉盾よろしく。まぁ三人で一緒になって寝てもいいけど」

「それは俺が嫌だ。んじゃ、よろしく」

 結局致は一人、廊下で寝ることになった。ぶつくさ文句を言っていたも仕方がない、そう言い聞かせて一人階下で横になった。雨の音が、雨どいから垂れる水音が耳に心地がいい。そう思えば、こちらで眠るのも悪くないのかもしれない。SNSを見るのもそこそこにして、瞼を下す。今日は長い移動をしたのだ。胃の気持ち悪さもかなりマシになり、酔いも抜けてきた。これならぐっすりと眠れそうだ。

「…………なんだ?」

 そう思った瞬間、耳に聞き慣れない音が飛び込んできた。すすり泣く人の声だ。

「おい、辻村」

 そう声をかけてから、一階には自分以外に人がいないことを思い出す。致は眉をひそめながらも息を飲んで耳を澄ませた。やはり雨音に混じって、なにかすすり泣くような声が聞こえる。どこで泣いているのか、どんな人物が泣いているのか、さっぱり見当がつかなかった。蛙の鳴き声よりも大きく聞こえるような、小さく聞こえるような。遠くで泣いているような。すぐ近くではないことは分かる。ただ、室内にしとしとと響いている雨音が、モザイクのように泣き声を隠しているせいで方向ですら見当がつかない。

 耳を澄ませてどのくらい経っただろうか。泣き声は次第に遠くなり、雨音と致の息遣いだけが暗闇に残された。

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