第6話 流れるような怠惰

 陽が沈むより前に、店の前で水瀬と別れた。


 薄暗くなったアパートまでの帰り道を歩く。

 この時間にまだ、高校の制服を着ているのが少し不思議な気分だった。

 勿論、あの水瀬未来と二人でカフェに行ったことの方が、よほど不思議なんだけど。

 

 そんなことを考えながら、俺は一つ決意をした。決意と言っても、別に大したことじゃないが。


「……明日は、朝から学校行くか」


 まぁでも、俺にとってはそれなりに大きな決意だ。

 めんどくさいけど、頑張るぞ。


 そんなことを思った自分に少し驚く。

 水瀬を助け、彼女と話したことによって、自分の中で何かが変わっている気がした。



---



 カン、カンと音を立てながらアパートの階段を上り、二階にある部屋の扉を開けると、床に散乱したゴミや洗濯物が目に入る。


「何だこの汚い部屋は! ここに住んでる奴の顔が見てみたいぜ!」


 そう呟きながら、ふと洗面台で鏡を見た。

 不健康そうな顔色、ぼさぼさの髪、寝不足でクマの出来た眼。

 うぉう。

 手を洗いながら、自分で自分の見た目にちょっと引いた。

 水瀬はよく、こんな奴と二人でオサレカフェに入ったもんだ。

 真の陽キャは人の見た目なんて気にしないってことか。

 それにしたって、これはちょっとどうなんすかね……。俺だったら俺と一緒にいたくないけどね。不幸になりそう。


 洗面所から戻りベッドに腰掛けると、流れるような動作で制服のポケットからスマホを取り出す。

 無産オタクにとって、タイムラインの巡回は最早呼吸に等しい。

 ……お、今配信やってる。



---



「……………………あれ?」


 翌日の夕方。

 ベッドの上でソシャゲのロード画面をちょっとイライラしながら眺めていたその時、ふと我に返った。


 俺、何してんだっけ?

 冷静になれ。

 クールな俺は昨日の出来事を思い返すことにした。


 昨日は家に帰って、今日は早く寝る為にゲームはやめておこうと思った。

 そしてスマホを取り出し、まずはタイムラインを確認し……気づいたらもう明け方だった。


 取り敢えず寝ることにしたのだが、次に目を覚ました時はもう昼を過ぎていた。

 学校に行く気にもなれず、そのまま枕元に転がっていたスマホをいじり始める。


 そして今に至る、というわけだ。


 …………。

 ………………なるほどな。

 一言で言うと、ずっとスマホ見てた。 


「おーまいがー」


 冷静な状況把握を終えて的確なコメントを述べた俺は、そのままベッドに寝転がった。

 ギシ、と抗議するようにベッドのバネが音を立てる。

 カスだ。

 親の脛を齧っている分際で、ただの怠惰で学校にも通わないなんて、本当に救いようがないクズだ。

 わざわざ隣の県の高校に通わせて貰って、アパートまで借りたのに、その上でこれかよ。


 俺や水瀬の通う山桜高校は、この地方じゃ有名な進学校だ。

 ただ、俺は勉強した先に特にやりたいことがあるとか、そういうことを親に話した覚えは無いし、実際将来については特に何も考えていない。


 そんな俺が急に山桜を受けると言い出した時、事情を深く聞くこともなく了承してくれた親には頭が上がらない。そう思っていたのに。


 …………。

 ……まぁでも、これが平常運転。

 俺っていう人間は、元からこういう奴なんだ。

 決意したなんて言って、なんとなくやれる気になっても、いつもの日常に戻れば、ただ流されてしまうだけ。


 だけど、人間って皆、大なり小なりそうなんだと思う。

 決意するだけで行動が起こせるなら、SNSに自己啓発めいた投稿は溢れたりしない。

 そう考えると、少しだけ気持ちが落ち着いた。


「……外に出て、飯でも食うか」


 気分転換がてら、駅前の方にでも行くとするかね。

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