名探偵ノーマンと至極の推理命題 ~ワンランク上の探偵は、涙に暮れる女性にダンディーに寄り添い、陰謀渦巻く奇怪な失踪事件もサラリと解決できる~

すちーぶんそん

第1話 わざとじゃないのだアンジー君。



 私の名前はノーマン。ノーマン・ザ・ダンデイー。……偽名だ。

 人は私のことを『名探偵』と呼ぶ。……本当に。


 真実に愛された者の称号たる名探偵。

 少し照れ臭くはあるが、どうやら私もその名を受け入れる必要があるらしい。


 この完璧な朝に賭けて。


 三階の窓から見下ろす我が街ウォ-ルランドは、雲一つない空の下、名探偵を祝福するかのように今日も輝いている。


 私にふさわしい実にハンサムな朝だ。


 そして最高のタイミングで、助手のアンジー君が朝の喜びを運んできた。


 おそらく、トレーに乗っているのは二つのマグカップ。私好みの浅めにローストされたコーヒーだろう。


 やれやれ、名探偵には判ってしまうものだ。……まったく。全て判ってしまう事もまた問題だ。を永遠に失った人生。それは、籠飼いの鳥にどこか似てい――



「あちゃァあああ!!!!!!!!!!!!!!!」


 瞬間手の甲で炎が湧いた。

 慌てて見ると、はね散った黒いマグマが手の甲でダンスしていたのだった。


 ふーーー、ふーーーーー。


 雑にカップを置くんじゃあないよ!

 あやうく肘掛椅子から転がり落ちるところだったじゃないか。

「なんだね!? せっかく良い気分だったのに!!」


 肩までの茶色の髪と大きな目。やむに已まれぬ事情により最近雇ったアシスタントの娘――アンジー君がそこに立っていた。


 そそっかしい娘だ! 一張羅にシミが付いたらどうするんだ!


「……全く。黙ってほほ笑んでいれば、かあいいのに。どうして君はそう――」


「さて、ここで問題です……」

 見上げたアンジー君のその顔からは全く感情が読み取れなかった。


「…………完璧に無視とは。さすが元冒険者、天文学的な面の皮の厚みをしている」

 そしてこの名探偵相手に知恵比べ? どこまでも人を食ったような態度だ。やれやれ、一つ教訓を与えてやらねばならないようだ。



「犬はクーン、ネコはギャア、豚はピギイ……じゃあ、……お前は?」


 顔の前でいきなりメンチを切られ、私は慌てて飛びのいた。

「――怖いなあッ!!!! ……どうしたんだァ? アンジー君? ボクは大っ嫌いだよその問題!!!!」


 ……おやぁ? 鼻の頭にシワなんかよせて、ずいぶん機嫌がわるそうじゃないか。名探偵にはお見通しだぞ。

「なんだね? 何か不満があるのなら話してくれたまえ。解決してみせようじゃあないか」


「……」


 ダンマリか。どうやら余程おかんむりのようだね。この一発で相手の感情を見抜く嗅覚。これこそまさに名探偵の真骨頂だ。


「さっきからなんだねその顔は? 正面から見たカローラそっくりじゃないか」 


 コーヒを一口。

 おふ。んまいね。


 チラリと目をやると、アンジー君は頭痛を堪える様に、 鼻の頭ををぴくぴくさせて、

「……問題です。夜は5本、朝は人のプリンを勝手に食べたから4本――」


「わーーーーー!! 待て待て待て待て!!! 指詰めようってのか!?」


「ノームさん。……あたし何度も何度も言いましたよね?」


「買ってくるよぉ? 間違っちゃったんだから買ってくる! 千個!! だからその物騒なものをしまいたまえ!!」

 もうバレたのか!? この後こっそり買ってこようと思ってたのに。


「どうせ市場の安物買って済ませようとか考えてたんでしょ?」

 ポッケから無造作に取り出した特殊警棒が、アンジー君の手の中でシャキッと伸びた。


「そんな訳ないじゃぁないか? ももも、もちろんプリムローズ・ベーカリーで買うとも。早まったらいかんぞ?」 


「いいから財布こっちにください」


「さい……ふ。……おや? どうやら家に忘れてきてしまったようだ」

 そんなことできるか! ここで渡したら手持ちが足りないことがバレてしまう。


「へえ? 財布と心中する気なんだ? いいですよ。お墓には一緒に入れてあげます」


「アンジェリカさぁん。お話をしましょうよぉお」

 出口のドアまで三歩。こっちは無理だ絶対に追いつかれる。となると窓ぶち破るしかないのか? ここ三階だぞ――。



 チリリリリリリン。


 神よ! 助かった!!!!


 静かに、っと、アンジー君を手で押しとどめ、魔導電話に飛びついた。

「はい。ノーマン探偵事務所です」


『――のことで困ってるんです』

 震えるか細い声がした。


「え? なんです?」

 聞こえてきたのは若い女の声だった。

 

『――んばいばいは助けていただけるんですか?』


「……はぁ? 人の事カルーセル〇紀さんみたいに言わんでください」


『……? お願いします。困ってるんです』


「ちん〇んバイバイってそんな朝から、……え? あぁ! 人身売買で――」


 ぐふッ――!!!


 突然わき腹をこずかれ振り返ると、物騒な笑顔を張り付けたアンジー君の姿があった。馬手めてに握った警棒を、弓手ゆんでにペチペチとあて、ここで依頼人を逃したらプリンの代わりに私を食べるといった様子だ。


 ……まあまあ落ち着いて。


「……ほう? 失踪? 人探しでしたら全て私にお任せください。私はプロだ」


 その後、電話口の女性に対し、考える間を与えないスピードで依頼内容をざっくりまとめ、「すぐに会おう」と約束を固めた。



 ◇◇


「さて出かけるぞアンジー君」

 様々な意味で時間との闘いだ。


「失踪事件ですか?」


「あぁ。妹さんが帰ってこないらしい。依頼人は『カンチェルト』という店で先に待ってるそうだ」


「それって東地区の目抜き通りに新しくできたカフェですよね?」 


「その通り! お待ちかねのプリンを食べに行こうじゃないか! 千個だって食べていいぞぉ。依頼人のおごりだからなぁ。わっはっは」


 この際、依頼内容も報酬もどうでもいい。重要なのは手付けのプリンだ。



「許したわけじゃないですから」


「…………」


 ほんっと何度言ってもダメなんだから。と、ため息とが聞こえた。



 まだ、助かった訳ではないらしい――。



 ◇◇


 案内されたテーブル。


「よくぞお越しくださいました」

 待っていたのは白いワンピースに、薄い色のカーディガンを羽織った20代前半とみられる女性だった。


「そこに事件あれば、行って解決するのが私という男です。私は名探偵ノーマン。それからこっちが、助手のアンジェリカです」


 アンジー君はよそ行きの笑顔を纏い、

「必ず見つけますから安心してくださいね」と、依頼人の手を取り励ましていた。





 開店して間もないのに満席の店内は、若い女性ばかりだ。

 店員は男しかおらず、そのどれもがキザったらしい容姿をしていた。いわゆるイケメンカフェというヤツだ。


 それぞれのテーブルで、店員と客とが短い会話を交わす。そしてその度、キャッキャ、うふふ、と小さな歓声が上がる。

 

 注文する商品を参考にしようにも、女子たちはその慎ましさを見せつけるかのように少量の菓子と、器ばかり立派な茶が並べられたテーブル。


 あれらが何かわからないが、私の求める所では無かった。


 私は、ナンシーと名乗った女性に、「まずはお話を伺う前に」と前置きし、この世で最もさりげない仕草でメニューを確認。吟味する。


「この店にはよく来られるんですか?」と、アンジー君。


「……えぇ、何度か。妹がここを気に入っていて。ここに居たら現れるかもって」

 馬鹿ですよね、と寂しそうに笑う依頼人。


 メニュー表に書かれた、訳の分からない横文字の羅列に目を滑らせ、たどり着いたのはパフェ。

 ぱるふぇ・ア・ラ・……さんぽーる? 読み方がわからんがまさかトイレ用洗剤がトッピングされている訳などなかろう。値段を見ると1500リブラとあった。

 甘未一杯に銅貨クアド三枚!? 狂気の沙汰だ。だが、それでいい。これにしよう。


 やってきた店員にコーヒーと合わせて注文すると、アンジー君も「同じものを」と続いた。君はプリンじゃないのか? とは思ったが本人の勝手だ。


 さて、


「――ナンシーさん。それで妹さんはいつからいなくなったんですか?」

 水を向けたのはアンジー君。彼女は話を聞きだすのが実にうまいので、いつしか我々の役割はそう決まっていた。


「パメラとは昨日の晩に歌劇を一緒に観に行こうって約束してたんです。……でも、いつまで待っても帰ってこなかったんです――」

 一口も手を付けていない冷めたコーヒーを眺めながら、ずいぶん憔悴した様子で、ナンシー嬢が話し出す。


 そして私は黙って二人の会話を聞いていた――。


 




 依頼人のナンシーさんと、三つ下の妹パメラさんは二人で暮らしているんだとか。

 ナンシーさんが一人で花屋を切り盛りし、妹は現在、アバデンの大学に通っている。


 最後にパメラさんの姿を見たのは昨日の15時頃。

 普段着姿で、いつもの手提げかばんを持って、学校に行く彼女をナンシーさんが送り出している。


 その後、歌劇を見に行く約束の18時になってもパメラさんは帰って来ず、気になったナンシーさんが19時に大学に迎えに行ったが居なかった。その場にいた妹の友人達から、『今日は大学に来ていない』と言われ、失踪が発覚した。


 心当たりのある場所はあらかた探したが見つからず、心配した友人達の付き添いのもと、警察には届けたが、「パトロールする」とのことでろくに取り合ってはもらえなかった。


 妹のパメラさんは、現在お付き合いされてるパートナーはおらず、友人達も口をそろえてそんな相手は居なかったはずと証言しているとか。


 家を空ける事自体は珍しくない。ただ事前にどこへ向かうと姉に告げてから行く。それに妹は歌劇に行くのを楽しみにしており、そもそも約束を破る子じゃない。  

 

 パメラさんの部屋には、旅行カバンなどはそのまま残っており、家出はありえない。

 

 妹の友人達に何か分かったら連絡をもらえるようお願いして別れた。そして、パメラさんを朝まで待ったが家には帰って来ず、友人達からの連絡も未だ無い。 


 以上がアンジー君が聞きだした、内容である。


 私は写真に写る二人の姉妹を眺めながら、ゆっくりと語られたその内容を反芻していた。


 おそらく旅行先で撮ったものだろう。一番最近の写真。実によく似た姉妹だ。笑顔もそしておそらく泣き顔も――。





「お待たせしました」


 ここでようやく注文した品が届いた。


 商品を運んできたのは、これまた気取った店員だった。

 カールした栗色の髪に、チャラチャラしたネックレスを下げた若い男。 

 名札には 『パーシヴァル』 とある。


 ぱーしばるぅ? ……名前まで気に食わん。ヒゲくらい剃りたまえ!

 

 縦長のグラスに入ったパフェを無言でふんだくり、ぱくり。


 ……あら?。


 ふわっとしたクリームに掛かった紫は、甘酸っぱいベリーのソースだった。細かく刻んだミントと、なんだか分からないじゃりじゃりしたこれはナッツだろうか?


 ……なるほどぉ。


 少し塩味のあるパリパリしたチョコと、赤スグリのコンポート。


 これは……。


 底に沈んだ苦みのあるチョコソースをぐるぐる混ぜながら、私は、イケメンという黒船の来航により、ひっそりと隅に追いやられていくダンディー幕府について考えていた。

 

 なにがスイーツだ。むしゃ。男はガツンと握り飯だろうが。むしゃ。

 しかし手が止まらん。


 くやしいほどうまいじゃないか。

 

 大ダンディー時代の終焉……か。アンニュイな横目でメニューを眺め、猛烈な勢いで焼きそばを探したがついに見つからなかった。


 あっという間に食べ終わり。 


 ナンシーさんは、一気にコーヒーを飲み干すと、

「あまり家を空けていられません。友人から何か新しい情報があるかもしれないから」と言った。


 タイムオーバー。仕事の時間だ。



 そして唐突に「あ」と言い、何かを思い出したようにカバンを探るナンシー嬢。

「そういえばこんな物が部屋にあったんです。関係ないかもしれないですけど……」


 おずおずと差し出されたのは、殴り書きの小さなメモだった。 

『セルマー 2-3-2 7日18時』と書かれている。


「セルマーっていうと南町の公園のあたりですなぁ……。明日の18時?」


「全然心当たりないんです。パメラの字ですけど……」


「あなたの家から考えると、一応大学の方向ではあるが、ずいぶん遠回りですな。……まぁ念のため確認しておきますよ」

 妹さんの足取りを追う前に、せめてパフェの分は運動しておくのも悪くない、か。


「いずれにしても、よく私に相談してくれました! なぁに私が動くからには、もう見つかったようなもの。大船に乗った気分で待っていてください」

 この黒船では出せない大船感。ようやく顔色が戻ってきたナンシーさんに、私は笑顔で勇気づけた。 


「私たちに任せてください! 妹さんは必ず見つけますので」

 アンジー君も明るく続く。


 さて、と席を立つ時に気になった事を聞いてみた。

 「それでこっちはなんです?」

 私はテーブルに置かれた紙袋を指さした。



 「これは……旅行写真を撮ったフフホトで買ったお土産です。……気が動転してて持ってきちゃったみたいで。……よかったらどうぞ?」 

 ナンシーさんは、恥ずかしそうに頬を掻いた。


 取り出したのは小さな、……壺?

「おや。どうもありがとう」


 フフホトがどこかは知らん。

 だがもらえるものなら何でもいただくのが名探偵。


 「では妹さんの写真と、このメモはお借りします。何かわかったらご連絡差し上げますので――」


 そして我々は店の前で別れたのだった。



 ◇◇


「どこから始めます?」

 と、ナンシー君。


 ……ふうむ。

「まずはこのメモの住所に行ってみようか」





 この時、特に予感めいたものがあった訳ではない。この決断は、まさしく偶然だ。そう、名探偵が内包する運命性と、世界干渉をもたらす因果律の調整。


 誓って言うが、わざとじゃなかった。



 だから、あんなことになるとは思いもしなかった――。

 


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