1−2

「さて、改めて言うが、抵抗しても無駄だぞ。それとも、試してみるか?」


 ジョーズを連行し、自分の部屋に戻ってきた詞御たち。正確には詞御の部屋で、依夜とは別室となっている。

 部屋に拵えてある椅子にジョーズを座らせ、詞御が相対する形で正面に立ち、見下ろす。


「連行される前にもいったが、俺に戦闘力はない。怪我したくないから、な。大人しく君の言う事を聞くさ」


 虚勢を張る事なく淡々と語るジョーズ。

 二人のやりとりを見ていた依夜は、おどおどと、詞御に訊ねる。


「詞御さん。どうしてこの方の犯罪者ランクが中位なのですか? この方に戦う力がないのは私でもわかります」


 依夜の言葉を受け、詞御はレクチャーするかの様に返答する。


「犯罪者どもも勘違いしているが、脅威度と戦闘力は、とは限らない。コイツが典型的な例さ。ジョーズ、このファイルの債務整理をしてみてくれないか?」


 詞御からデータを受け取ったジョーズは、空間スクリーンと仮想キーボードを起動させる。

 その光景にギョッと驚く依夜だったが、詞御は何も言わない。危険度がない、と判断してジョーズの行動を注視する。

 空間スクリーンには、膨大な量の数値が画面を埋め尽くしている。順番はバラバラで金額もさまざま。これを整理整頓するのは一週間は掛かるだろう、と依夜は想像する。

 しかし、依夜の想像は思いもよらぬ現実に侵蝕される。

 ジョーズの身体が薄い紫色の昂気に包まれ、軽くキーボードに触れると画面に写る金額が整理と隠蔽され、綺麗な帳簿が出来上がっていった。時間にして僅か五分。

 依夜は信じられない、と詞御の方を向く。


「武闘系の養成機関ではまず見かけないから、依夜が知らなくても驚きはしない。倶纏にも色々とあって、非戦闘系の能力を持っているのも珍しくはない。分野によっては戦闘系の倶纏使いよりも重宝される。コイツみたいに、な」


 淡々と依夜の疑問に答えていく詞御。ただ、内心では少しだけ落胆していた、依夜に対して。けれどそんな内情を吐露する訳でもなく、言葉を続ける。


「ジョーズの能力は見た通り、事務系に特化していて、胡散臭い帳簿でも【真っ当な】物に造り上げる事ができる。故に反社会的な組織からすれば、喉から手が出るほど欲しいはず。なのに……」


 詞御がジョーズを一瞥すると、抑揚のない声で問いただす。


「なぜ、組織を抜けてまで、この都市に逃げてきた? 組織からすれば、裏帳簿を知っているお前を放置しないのは分かっていたはずだ。先程の食事処に自分たちがいなければ、無関係な人たちを巻き込んでいたんだぞ」

「……済まない。木を隠すなら森と言うように人が多い都市部に逃げ込めば、奴らを撒けるとおもったからだ。でも、君の言う通り浅はかな考えだったと今は痛感している。組織から抜けてきたのは、其処で人生を費やしている自分に嫌気がさしたんだ……」


 ジョーズは淡々と語り、言葉を紡ぐ。


「過去を切り捨てて新しい人生を生きたかった……。でも、今日改めて実感した。だから、せめて精算はしたい……」


 ジョーズの甘い覚悟に半ば軽蔑の感情を抱く詞御。その事を伝えようとした時、いままで静観していた依夜が口を挟む。


「……過去を切り捨てることはできません。何故なら、その延長に貴方の現在の状況があるのですから。だから、切り捨てるのではなく、受け入れて反省し、その上で精算すべきです」


 依夜の口から発せられた言葉。静かな物言いではあったが、有無を言わせない力強さがその言葉にあった。依夜の過去を知る詞御は、自分が口を出さなかった事に安堵した。

 依夜と出逢うまでの詞御なら、いま心にある感情を持つ事がなかった事に思いを馳せて。

 依夜の言葉を受けて、ジョーズは考え込む。


 そして、


「……確かにそこのお嬢さんの言う通りだな。なら、一つだけ君たちにお願いがある。どうか成長した娘を一目だけでいい。合わせてくれないだろうか? 虫が良すぎるのは重々に承知している。でも、頼む!!」


 依夜は困惑した顔で詞御を見る。

 ライセンスを持っていない依夜に決定権はなく、詞御の判断を仰ぎたかった。それを受けて詞御は軽い溜息をつく。


「……分かった。貴方の要望を聞こう。ただし、直ぐには無理だ。このまま娘さんに会いに行ったとして、その住所や家族を組織に知られてしまう。それは、貴方の望む事でないだろう。やるからには危険を可能な限り排除してからだ」


(セフィア。あの車の行き先はーー)

(はい、アジトは突き止めました。ただ、逃げ出した下手人は始末されたようです)


 詞御の記憶領域にセフィアから映像情報を受け取る。そして、心内でこれから起きる事を確信する。そして、心配も。

 チラッと依夜を一瞥した詞御は、ジョーズに向き直る。


「……確かにその危険性は考えなかった。またしても独りよがりな考えだ。さっきのはーー」

「ーー別に取り消す必要はない。先程も言っただろう、『危険を排除してから』だと。ただ単純に浄化屋の仕事が増えるだけ。逆に一般市民に仇なす輩を一掃するいい機会だ」


 そう言うな否や、踵を返し部屋のドアに向かう。


「さっさと着いてこい、ジョーズ。そして、依夜も“戦闘準備”してこい」

「わ、分かりました。直ぐに準備してきます!」


 依夜が、わたわたと急ぎながら、宿の自室に向かう。そして、依夜の準備が整ったのを確認すると自車を停めてある地下駐車場に二人を連れていく詞御だった。

 地下駐車場のフロアに着き、駐車場の入り口に着くと扉の側に一人の警備員が立っていた。詞御たちが泊まっている宿はセキュリティに関してかなり厳しく、普通は自動警備になっている処、わざわざ人件費を割いてこうして監視をしている。

 警備員が詞御たちに声を掛けてくる。


「何処かにお出かけですか、お客様」

「あぁ、少し野暮用でな。処でーー」


 警備員の何気ない会話に一泊おく詞御。

 そして、抑揚のない声で応えを返す。


「ーー極力抑えているようだが、“殺気”が滲み出ているのでは、始末屋として失格では?」

「…………」


 詞御の言葉を受けて沈黙する警備員。

 彼の背後にいる依夜とジョーズは首を傾げる。


 だが、次の瞬間! 虚空に大きな鮫の顎門が顕現し、詞御たちを噛み砕こうと襲いかかってきた!!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る