5/4:好きだ

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午前の出来事

・日本、美のるつぼ展に行ってきました! 前回行った奈良国立博物館の超国宝展は、仏像だとか、狛犬だとかに焦点が当てられていたのですが、今回の展示は絵や螺鈿、茶器が主役の展示でした。……間違いなく竜の石灯籠だとかレイピアだとかにも心惹かれはしたけどさ。

 有名どころで言えば、俵屋宗達の「風神雷神図屏風」や葛飾北斎の「富嶽三十六景」だとかが来ていましたね。前回と感想がかぶっちゃうけれど、威圧感が半端じゃないです、本当に。

 大阪の方はちょっと都合上行けそうにないけれども、今回の国宝展はお勧めしたいと思えるほどにすっごく良かったです。何が、どのようにって? ……言い表せません。感じてください。なぜか数時間も、古の国宝たちと見つめあってしまいますから。

・お昼ご飯は六波羅蜜寺から少しばかり北に行ったところにある「花かがみ」というお店で。何にも知らずに入ったし、にしんそばが1600円もすることに衝撃を受けたけれども……これまた、値段相応と思えるほどにおいしい。そばですよ? 言っちゃなんだけれども、エンタメ性もない真っ当な10割そば。都会価格っていうのはさておいてもそのあたりならワンコイン程度。それに価値相応だと思わされるってすごくないですか?

 他にもあんかけ豆腐そばだとか、京都らしくおばんざい御膳だとかもあって、穴場を見つけた気分。決して安くはないけれども、とても満足でした。

 ん-、お持ち帰りの海老豆だとかちりめん山椒だとかも食べてみたかったなぁ。



午後の出来事

・さっ、やらかしましたよん☆!

 テスト一週間前じゃないから自分の掟は破っていないにしろ、帰ってきてからヨムヨムとゲームに勤しみ、今だって学勉ではなく日記を書いている始末。

 ……でも、何でだろ。すっごい馬鹿だなぁって思って、笑えて来たら心も軽くなったや。


<好きだ>

 京都から家に帰ってきたとき、時計の差す時間はそう遅くもなかった。

 さっと手を洗ってから、寝に行こうとする妹に手を洗わせて。家族でお土産のういろうをちょっとつまみながら、テレビで録っていた国宝展の番組をみんなで観た。

 私が高校生になってからは、私自身が部活で半日は家にいないことも多いから、こうやって一日じゅう家族みんなで団らんできるのも珍しい。

 けれども、ここのところは2回も家族みんなで遠出した。

 少し前には奈良へ、そして今日は京都へ。

 どちらも目的地は国立博物館。話によれば、大阪で開かれた万国博覧会を記念して国の宝を近畿地方の国立博物館に集めてしまおう、という催しだったらしい。その展示品のすべてを見て回ったなら、建造物も含めた国宝のうちの35%もを拝めるともいう。

 奈良の展示ではお釈迦さんみたいな彫像の柔らかながら時代の重さを伝えるような、京都の展示ではどこか異国情緒あふれる熱気のような、そんなものを感じた。

 どちらの展示もすさまじい威圧感と天性の魔力を持っていて、京都の展示ではお腹がきゅるると空腹を訴えたことさえ無視して魅入っていた。

 とても、とても満たされていた。


 そして私は、それを壊した。

「あーっ」

 テレビに映し出されたレースゲームの中で、キャラクターが甲羅をぶつけられてひっくり返る。ゴール目前で赤い帽子をしたお父さんのアバターが星を散らせている間にコンピュータが操る姫様が颯爽とゴールテープを切っていった。

「また2位だねー」

「タイミングが悪い」

 お父さんがゲームの中止を選択して、もう一度レースが始まる。


 プレイしているのはお父さんで、私じゃない。私はただ、見ているだけ。

 これほど無駄な時間はないと頭では分かっているのに、この甘ったるい時間がどこか心地よくて、今日ぐらいは良いのではないかと囁く黒い天使に、私は心を預けていた。


 ピロロロ、ピロロロロロ…………


 軽やかな電子音と、百均ボールが大きくはねたような音が浴室から聞こえて、それとほとんど同時にバスタオルを巻いた妹がタタタと駆け出してくる。

「あー! ゲームしてるー!」

 きゃっきゃ、きゃっきゃとはしゃぎ出す妹に、私は「とりあえず着替えて」とだけ言ってスマホを取り出す。何となく、妹の前でゲームに釘づけになっているのはばつが悪かった。

「勝ってるの?」

「ううん、すっごく難しい」

「そっかー」

 自分で聞いておきながら、お父さんの返答に生返事をした妹は、あいかわらず私の声なんて何も聞こえていなかったかのようにバスタオルのまま。

「とりあえずさっさと着替えなって」

 んふー。妹から帰ってくるのはどこか私を小馬鹿にしたような鼻息のみ。

 私は外の気配をシャットアウトするように、読みかけのタブをクロームから開いた。


「これは……、無理!」

 ちょっと時間がたった気もする。スマホから顔を上げれば、お父さんがゲームを終了してコントローラーを本体に戻しているところだった。

 お父さんは何度も挑戦していたようだけれども、残念ながらめぼしい成果もなかったようで、にゅいーっと体を伸ばしている。

 その姿を見て、今日ぐらいならいいよね、と黒い心が囁く。

「やってもいい?」

 いつもならテスト一週間前までやっていたFPSゲームをわざわざ封じていることを、お父さんもお母さんも、きっと知らない。少しくらいなら、ゲームをしたっていいような気がした。


「うーん、むっず」

 結局私も結果はさんざんで。お父さんは寝てしまったけれど、隣で妹がいつかの私の様にテレビ画面を食い入るようにして鑑賞している。

 ああ、なんていう既視感なんだろう。私はそう思うけれども、

「ね、やる?」

 残念ながら今日の私は悪い人みたいで、妹にコントローラーを差し出していた。

 目の端に映る時計はもう妹が寝るべき時間の数分前を指し示している。心苦しくない訳ではないけれど、言い出した以上、ひっこめない。

 妹だって乗り気なのは、間違いないし。


 そうしてテスト期間の貴重な時間を食いつぶした私は今、カクヨムを開いてフォローてぃた作品を読み漁っている。全く、どうしようもない。

 おやすみー、と、妹とお母さんが30分遅れで寝てからもずっとさくさくと読み続けて、気づけば今日だけで40話は進んでいた。

 予告もなしに、画面へ白いフィルタがかかって私に11時を知らせる。親からの制限で、これ以上はスマホを触れないことになっている。

 お風呂にでも行こうかなぁ。

 そうして立ち上がった動きは緩慢で、時間の使い方は救いようのないものだったけれど、私の心はどこか、満たされていた。


 振り返って、スマホを見る。今日の相棒は悲しい事にもこいつだったのかもしれない。

 ふっと肩の力を抜いて、じっと見つめてみれば、どうしてだか笑いが込み上げてきた。


 ……私って、馬鹿だなぁ。


 自己中心的で、未来も見えなくて、格好をつけたがる時もあれば、その本性は臆病で。どうしようもない自分が、滑稽で滑稽でたまらない。

 けれどもその中に、愛くるしい何かを感じていた。


 おととい、一晩かけて文庫を一冊読み切った時もこうだった。絶対にもっとうまく時間を使えていたのに、愚直にその物事だけを突き進めてしまう自分が愛おしくてたまらない。

 そっとざらざらした背表紙を指の腹で撫でるとき、一晩私をのめりこませたスマホのカバーをかりっと爪でひっかくとき、その中に「私らしさ」があることを確かに感じる。


 自分の心を満たすために、時間を無駄にしたという罪悪感を抱え込まなくちゃいけないなんて、本当に難儀な性格だと思うけれど。

 だけど、私らしさが見える、私が好きだ。

 どれだけ身勝手でも、心を傷つければちゃんと答えてくれる私が好きだ。


 熱に浮かされた目線が、宙を流れる。


 ほぅ、


 甘くて重い、吐息を一つ。

 私は私を愛している、それは確かだ。

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