第16話 勇翔の力、勇翔の正体

「はぁ、はぁ、はぁ……」


 九里ヶ崎のビル街を走る悠真は、既に勇翔が辿り着いている廃ビルに向かっていた。


 体力が無尽蔵という訳では無い悠真からするとかなり遠い場所にあるが、止まっている暇なんてあるはずも無い。


 狙われているのは己の命なのに、今蘭堂に命を握られているのは水希だ。


 蘭堂を許してほしいと勇翔から言われたが、果たしてその通りに行くかどうかはこの時点で怪しくなっている。


 自分が下手な動きをすれば水希の命は無い。一挙手一投足に水希の命がかかっているとなれば、その1歩を動かす価値は計り知れない。


 だからこそ止めるわけには行かない。


「クソっ、俺のせいで……」


 自らの不注意で水希を巻き込んでしまった事、守れなかった事を戒めながら走っていると、横を通り過ぎた白いハイブリッド車が少し先で停車した。


「悠真君!! 乗って!!」


「クロさん……ありがとう!!」


 左側の運転席から出て来て手を振る黒サンタのおかげで車に乗れた悠真は、さらに速度を上げて廃ビルを目指す。


「待ってろよ水希……」




   ※ ※ ※ ※ ※




「っ!」


 指鉄砲のポーズを取った勇翔の右手の人差し指の指先から、音がほぼ響かず銃弾のような何かが放たれた。


 首を横に傾げてかろうじて直撃を避けた男子高校生だったが、擦った頬は鋭利な刃で切られたような切り傷を負い、ツーッと赤いモノが流れる。


「いい反射神経だ」


 1発放ったと同時に姿勢を低くして踏み出し、瞬時に間合いを詰めた勇翔は男子高校生の至近距離でも笑みは崩さない。


「野郎ッ!!」


「安直」


 体勢が整わないまま男子高校生が放った右拳を軽々とかわし、伸びきった右腕を背負い投げをしようと両手で掴む。


 相手の勢いも利用して完全に一本取ったと思われた流れだが、そう上手くはいかない。


 男子高校生は微動だにしない、投げられる条件をほぼ満たしていたアンバランスな状態でさえも。


「そう簡単にはいかないよな」


「触るんじゃねぇ」


 左脚を振り上げて勇翔の脇腹に蹴り込むが、咄嗟に左拳で男子高校生の左脚のすね辺りを叩き込んで無効化する。


 そこからバク宙の要領で跳び上がり、両足で男子高校生の首を絞めて倒そうとするが、やはり倒れない。


 通常ならば間違いなく背中を叩き付けて怯んだはずだが、図太い根を伸ばした大木のようにピクリとも動かない。


「正攻法は無理か」


「うおらああッ!!」


 また息苦さを感じる様子も無く、勇翔の足を掴んで引き剥がし、コンクリートの太い直方体の柱に投げ飛ばした。


「がっ……」


「これで終わりだァァ!!!」


 背中を柱にぶつけて怯んだ勇翔のスキを突き、完全に殺しに来た拳を凄まじいスピードで放つ男子高校生──。


「なっ……」


 その拳はニヤリと笑う勇翔の眼前で急停止し、さらには男子高校生の動きも全く動かなくなっていた。


「クソっ!! 何だこれ!! 動けねぇ!!」


「そもそも銃弾を指の間で挟んで止めた所から、俺の膂力では勝てない事は分かった」


 立ち上がった勇翔は語りかけながら、取り出した拳銃の銃口を男子高校生の額に突き付けた。


「けど動きは着いていける、学生はどんなにエリートでも異能力ディナイアルは未成熟だから助かったよ、まんまと罠にハマってくれたしね──


 ──俺の異能力ディナイアルは〝蜘蛛の剛糸スパイダー・スレッド〟、指先から蜘蛛の糸みたいなのが出せる──


 ──ありがたい事に大昔の映画で似たような力を持つヒーローがいたから、色々参考にさせてもらったんだよ」


 初手で勇翔が指鉄砲で糸の塊を発射した時から、計算して体を動かしながら透明な糸をばら撒き、男子高校生の動きを止めた。


 男子高校生が力任せの単純な動きだったからこそ出来た技だが、勇翔の空間認識能力も秀でたモノがある。


 1本でも細く強く透明で粘着力もあるという強力な異能力ディナイアルを使いこなした、はっきりとした実力での勝利だ。


「じゃ、後がつかえてるから」


 そして拳銃で男子高校生の額を強く殴りつけて気絶させ、ばら撒いた糸を全て男子高校生に巻き付けて突き進む。。




   ※ ※ ※ ※ ※




「ここね」


 公道で思い切りドリフトをするなどのハチャメチャなハンドルさばきを見せ、メアリーは予定よりも早い時間で廃ビルに到着した。


 早速ビルの中へ入り、エレベーターが使えない事を確認してから階段を全速力で駆け上がる。


 アサルトライフルの入ったギターケースを担ぎながらとは思えないスピードと、喫煙者とは思えないスタミナで一気に3階まで突き進んだ。


「……速いわね」


 そこにはコンクリートの柱の前でうつぶせに倒れて気絶する男子高校生がおり、メアリーが初めて勇翔の力を垣間見た瞬間でもあった。


 瞬間、上階から床が壊れたような大きな音が響き、加勢しようと一気に階段を上っていく。






「……ホントに……速いわね」


「あなたこそ」


 7階に辿り着いたメアリーは少し切らした息を整え、女子高校生を糸で柱に貼り付けて行動不能に至らしめた勇翔に呼びかける。


 気絶している女子高校生は、水希をトイレで眠らせて瞬間移動で連れ去った張本人だった。


「相手が高校生だったのは僥倖でした、メアリーさんのようなプロだったらもっと手こずっていましたが」


 高校生とはいえ九里高の生徒。1年生とはいえ異能力ディナイアル総合力世界最高水準の東京都が示したA組行きの基準値を満たしたエリート。


 雇えばそれなりの金額が発生するレベルの強さはある高校生だが、勇翔にとっては相手にならないそうだ。


「悠真さんは?」


「黒三が回収した、間もなく来るわ」


「よかった……急ぎましょう」


 蘭堂はおそらく悠真がいなければ水希の手を離さない、また悠真がいても離さないという可能性も大いにある。


 蘭堂の復讐心がどれほどのモノなのか計り知れない以上、悠真の動きに全てがかかっていると言っても過言では無い。


 階段を駆け上がる勇翔に、後ろのメアリーは声をかける。


「ここまで来たらそろそろ教えてくれないかしら、蘭堂が悠真の命を狙う理由、狙うと知っている理由、あなたの正体」


「……言わなきゃダメ、ですかね」


「精力的に活動してくれたから今までは見過ごしてきたけど、全貌を知っているなら明かしてほしいわ、それを知る義務は既に生じているはずよ」


 蘭堂の秘密も勇翔も秘密も、おそらく大きな共通点があるとメアリーは見ている。


 でなければ説明のつかない事が幾つかある。悠真は九里ヶ崎区の情報を全く知らない風だったが、蘭堂の事だけは細かく知っていたのだから。


 勇翔と蘭堂にある共通点──何故この2人だけなのか、何故この2人なのか、そこに悠真はどのように絡んでくるのか。


 疑問を残さず、知った上でメアリーは蘭堂と相見えるべきだと判断した。


「……信じてくれとはいいません、これは紛れもない事実ですから」


「信じるわ、どんなファンタジーでも受け入れる覚悟よ」


「そうですか……」


 屋上手前の階段の踊り場で立ち止まった勇翔は、見せたことの無い真剣な表情でメアリーと視線を交わした。


 メアリーも真剣な表情と視線で答え、勇翔は口を開く。


「俺も蘭堂薫も、時間を超えてここに来ました──






 ──2100年、今から20年後の未来から」





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