第14話 その時

「……おいおいどういう事だよ」


 スタンドにいた観客が呟く。


 おそらくこの場にいるA組以外の全ての者が、そう考えながら驚いているに違いない。


 昼食を挟んだ後に、球技大会は第2試合へと入った。


 大熱戦の末に2、3年生はA組が連勝、観客の盛り上がりも最高潮に達し、スカウトは新たに目を付けた生徒の情報の入手に奔走する。


 テレビの視聴率も例年通りの高さをキープし、この時期の風物詩として人々が楽しんでいたその同時刻。


 1年生の第2試合は、誰も予想しなかった展開を繰り広げていた。


〝A組 0─1 B組〟


「勝った……のか……」


「まあでも、試合内容を見ればって言った方が正しいだろうよ」


 またしてもエリート8人は1人も出場せずに攻める気など一切無かったA組は、序盤に打たせたシュート1点以降は徹底してディフェンスに回る。


 その結果、A組はB組と引き分けにもつれ込ませて最終第3試合に臨むために早々にロッカールームに戻っていった。




   ※ ※ ※ ※ ※




「ふざけてんのかあいつら!!!」


 危うくA組の生徒と一触即発となりかけた生徒は、第1試合後以上に声を荒げてロッカールームの壁を殴る。


 皮膚を硬くする異能力ディナイアルを持つため、拳のサイズに壁に凹が出来ていた。


「どんだけ俺たちを舐めくさってやがんだクソッ!!! 正々堂々やる気ねぇじゃねぇか!!!」


「落ち着け!! 皆同じ気持ちなんだ!!」


「……チッ」


 第1試合では為す術無くゴール前に立ち尽くしていた仁科が呼びかけ、生徒は舌打ちをしながら頭を冷やすためにトイレに向かった。


「分かんねぇよ、A組は何がしたいんだ?」


「さっぱり分からん……」


 このまま釈然としない心境のままでは、第3試合にもかなりの影響を及ぼしかねない。


 しかしA組の意図がどこにあるのか全く分からない今、考えたって仕方が無いと1人が切り出す。


 それからだんだんと士気が戻って来たことを、トイレにいっていた生徒と廊下にいた悠真は知らなかった。




   ※ ※ ※ ※ ※




「そうか」


 第2試合終了後、悠真は同じ場所で再び3人と通話していた。


 蘭堂は結局第2試合中も動く事は無く、他の会場でも誰かが怪しい動きを見せる事は無かったようだ。


「水玖ちゃんの方は?」


『動きは無しよ』


「てことはやっぱり……」


 悠真が試合に出場しているタイミングで、何かしらのアクションを起こす。蘭堂薫の狙いはそこにあるかもしれない。


「試合に出てたら下手に動けねぇって考えか?」


『あるいは直接、どれにせよ悠真の動きがあらゆる最善から離れた位置に立つタイミングだから、選択肢も多くなる』


『もしくはその選択肢そのものが罠という事もあるね』


 ここまでの状況から大方の予想として、蘭堂薫は悠真達の詳細を詳しく知らないと思われる。


 メアリーや露城のような異能力ディナイアルのプロや、黒サンタや勇翔のような調べなければ想像もつかない勢力。


 これらを鑑みたならば、より綿密でかつより慎重に事を運んだかもしれない。


 また悠真が試合に出ていれば動けないという予測を立てていても、悠真にとっての最優先は球技大会ではなく蘭堂だという事を分かっていたら違った方法で攻めてきただろう。


『確かに蘭堂薫は意図不明な動きを繰り返しているし、実際私達は必然的に後手に回るから手の平の上で転がされているわ──


 ──ただ言動のツメが甘い、動機が感情的だからか所詮女子高生だからなのか、付け入るスキは親切にも大きい方よ』


「はは……それすらも疑わなきゃなんねぇのが苦しいトコだけどな」


 悠真達が思考や予測をより幅広く繰り広げる事を逆手に取り、実行する作戦を意識の外側に仕向けるという算段なのかもしれない。


 蘭堂に悠真達の行動の確信が無いように、悠真達も蘭堂の行動に確信を持てずにいる。


『それで蘭堂は生徒内だと誰と繋がってるんですかね?』


『学校の交友関係なんかも調べたけど、誰とも必要最低限の接触以上はしてないんだよ』


「ぼっちって事か」


『おかげか警戒心もより強くて、尾行しようとして学校で待ち伏せても出てこないし』


 九里高で車椅子での生活を送っている人物は蘭堂しかいないので、抜け道を知っているか異能力ディナイアルで認識阻害をしたのか。


 悠真達の情報を集めないという大きな選択をしてでも身を隠したい理由は不明だが、そんなリスキーな手段を選べるだけの自信があると考えるべきだ。




「あ~嶋内君、ちょうど良いところに~」


「な、なんだ」


 すると悠真はクラスメイトの釘舘くぎたち空緒あおと出会し、通話中にしたままスマホをポケットに入れて対応する。


 通話中の3人も察して口を閉ざし、悠真と釘舘の会話を聞く。


「水希見なかった~?」


「いや見てねぇけど」


「おかしいな~、トイレ行くって言ってから帰ってこないし、トイレにいなかったんだよ~」


「──は?」


「もうすぐ試合なのにどこほっつき歩いて……って、ちょっと~?」


 悠真は突如廊下を全速力で走り出し、競技場の出口へと向かっていった。


 走りながらポケットからスマホを取り出し、再び3人との通話を始める。


「水希のGPSは!?」


『競技場から動いてない! 多分外したか外されたかだ! スマホも持ってない!』


 黒サンタが急いでタブレットを見て確認するが、GPSからでは水希の動きは無いように見える。


『俺が追います!』


「待て! 闇雲に動いても……」


『この数日で大体どの辺りに集まるかの目星はつけました!』


「マジか、頼む!!」


『はい!』


 というのは嘘で、勇翔は万が一のため密かに水希の体内に、人体に全く影響を及ぼさない極小の発信機を仕込んでいた。


 バングルからホログラムの立体地図を起動させ、凄まじい速さで移動しているオレンジ色の点を追って駆けていく。




「ちぃ、私達もすぐに…………なっ!!??」


 通話中のほんの刹那に目を逸らしたスキに、スタンドから蘭堂の姿は消えていた。


 それだけならばまだ慌てるような状況ではない、メアリーが平静を保てなくなりかけた事態は他にある。


(マーキングから外れた!? 私の異能力ディナイアルを破ったっていうの!? マズいわ……)


 メアリーは蘭堂を追うためにボディーガードと共に、車に乗るべく会場の出口へと全速力で駆けていく。


 黒サンタもボディーガードと共に、車を停めてある駐車場へと急いで走り出した。


 ついに動き出した蘭堂薫は、アクーニャランドと同様に今度は水希を連れ去り、狙う悠真の命を屠らんと笑う。


「──お疲れさん」




 瞬間──


 メアリーと黒サンタ、そしてボディーガードが出口を通過するタイミングを見計らったのか。


 空から降ってきた何の変哲もないソフトボールが、4人の上空で爆ぜた──




   ※ ※ ※ ※ ※




「作戦は上手くいったようだな」


「はい、滞りなく」


「なら良い、準備が終わり次第配置につけ」


「蘭堂先輩お1人で大丈夫ですか?」


「問題無い」


「分かりました」


「ふふふ、はははは……っはははははははははははははははははははははは!!!!!! その命喜んで握り潰してくれる、嶋内悠真」

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