第20話 ヒーロー

 最悪の魔女は、死を望んでいた。


 不老不死の肉体、400を超える異能力ディナイアル、人の夢を全て持ち合わせていながら、心が満たされる事は生涯無かった。


 どんな毒でも死なず。

 どんな兵器でも死なず。

 どんな災害でも死なず。


 孤独を抱えたまま、400年を超える年数を生きてきた。


 その望みを知る者は唯一、嶋内悠真のみ。


 Iウイルス蔓延という史上類を見ない大災害を引き起こした張本人は、少年の手によって人生最大の慈悲と幸福を得た。






 少年の右腕に宿っていた異能力ディナイアルは、クレア=ブラッドフォルランスを殺すためだけに存在した──〝命の冒涜クレアブレイカー〟。


 左腕には、クレア=ブラッドフォルランスの死によって真の力が開花する異能力ディナイアル──〝魔女殺しの蕾バッド〟。


 そしてクレア亡き今、悠真の左腕に宿された異能力ディナイアルは──







 ──〝約束されし心の灯火アンネームド






   ※ ※ ※ ※ ※




 三苫幹嗣の半ば強引な洗脳により、水希の異能力ディナイアルでも抑えきれないほどに水玖の異能力ディナイアルは暴走状態に陥っていた。


 水玖は暴走による影響はほぼ受けておらず、その影響を水希が全身の激痛という形で一身に受けている。


 一心同体の2人を、同時に救うための唯一手段。


 それは己の命を懸けなければ、誰も救われない非情な決断。


 だが悠真は何の躊躇もなく、それが確実な方法では無いにも関わらず、己の命を捨てて1歩を踏み出す。



「な……」


 現在の水玖を見た上ならば、誰もがそのような行動に至ろうと考える事は出来ないはずだ。


 露城も一番エースも幹嗣も黒サンタも、水希でさえも……それは悠真でさえも出来ないはずだった。




「大丈夫だ」


 


 幹嗣は一番エースによって押さえられ、水希も目を覚ました。

 端から見れば水玖の暴走が止まる条件は満たされている。


 なのに、そんな条件や予測を軽々と凌駕する水玖の火力。


「もう大丈夫だ」


 残された道は2つ。


 ──水玖が限界を迎えるまで破壊の限りを東京都、日本で尽くすのか。


 ──水玖の心を取り戻させるか。


 悠真は後者を何としてでも叶えるべく、文字通り命を懸けて水玖を抱きしめる。


「ごめんな、お前を初めて見たときは殺さなければならないって思っちまった、お前が抱えるこの異能力ディナイアルの力に、本能的に拒絶反応を示しちまった……本当にごめんな」


「……しょ……う……却」


 瞳の色が変わらない水玖は、自らと悠真を巻き込むように火柱を真下から天を突き抜けるように放つ。


「おい!! お前が死んじまうぞ!!」


 露城が叫びながら悠真を救出しようと近付くが、火柱はさらに膨大化して近付けなくなる。


「ぐっ……ちくしょう!!」


 両膝にドン! と拳を落とし、俯く露城は何も出来ない情けなさに歯を食いしばる。


 その思いは口にせずとも、悠真と水玖を見守るしかなかった一番エースも黒サンタも同じ心持ちだった。


 激痛で悶える水希は何とか意識を保ってはいるが、失えば水玖の心を取り戻しても暴走は止まらないかもしれない。


 このギリギリの状況を全員で繋げなければ、救出というミッションは遂げられない。




 不思議と、全く熱くなかった。


 服も燃えず、体も焼けず、体感もまるで熱くない。


 理由はきっと物凄いエネルギーが集約している左腕にあるのだろうが、悠真はその左腕の異能力ディナイアルの詳細が分からない。


 本来異能力ディナイアルが発生したという事は、発動させなければ一生分からない。


 しかし悠真のソレは


 走馬灯の中でクレアが言っていた、史上最高の異能力ディナイアル


 この現状で容易く生きていられるのだから相当なモノなのだろうが、一体どんな力が眠っているのかは何ひとつ分からない。


 だけど、これで水玖が救えるならば。


 使わないという選択肢は元より無い。


「大丈夫だ、助けに来たよ……怖かったなぁ、痛かったなぁ、辛かったなぁ、でももう大丈夫なんだ、お姉ちゃんも来てくれてる」


「……ぁ……か……」


(マズいな……収まるどころか威力は増す一方だ……このままだとどっちも共倒れになる……クソ……何か手は……)




「うっ……うぐ……水……玖……」


 水玖の暴走はさらに膨大化しており、さらなる激痛に苛まれているはずの水希。


 なのに水希は、立ち上がる。


 水玖が負うべき傷を一身に受け、想像を絶するほどの苦しみで頭がおかしくなりそうなはずの水希は立ち上がる。


「水希……ちゃん……大丈夫なのか?」


 押さえていた黒サンタも思わず手を離してしまったが、心配な事に違いはない。


 だが黒サンタには、足を引きずり転けそうになっても持ち直し、激しい痛みと闘いながら歩みを止めない水希にそれ以上声を掛けられなかった。


 水希もまた、水玖を救うために命を懸けている。


 前方から水希が来ている事が分かった悠真は、水玖を抱きしめながら左腕を伸ばす。


「来ォい!!!! 水希!!!!!!」


「水玖……っぁ……ぐ……水玖!」




 ついに右手で悠真の左手を掴んだ水希は、ゆっくりと火柱の中へと入っていく。


 悠真の左手に触れた瞬間に、体中の痛みが最初から無かったかのように引いていった。


 悠真と水希、2人に抱きしめられてなお水玖の暴走は止まらない。


「……ぁ……ああ……」


 瞬間、揺らめく熱エネルギーの球体が部屋全体に数十展開された。


「ぐっ……くそっ……くそったれぇぇええええええええええええええええええ!!!!!!」


 ヒュンッ、と同時に放たれた熱線はあらゆる障害物をあっさりと溶かして貫き、悠真達に吸い込まれるように向かっていく。


 ──寸前に、3人を囲うような防御結界が展開され、かろうじて防がれた。


「露城!!」


 叫ぶ黒サンタに、露城は笑って返す。


「……こんな事しか出来ねぇけど……俺にも格好つけさせろよガキ共……刑事なめんじゃねぇぇえええええええええええええええええええええええええええええええええ!!!!!!」


 露城もまた、命を削って熱線から3人を防ぐ。


 それを見た悠真と水希は、より強く水玖の心に訴えかける。


「帰ってきてくれ!! 劇でお姫様やるんだろ!! 俺にも観させてくれよ……だから……目を覚ませええええええええ!!!!!!」


「水玖!! 私が付いてるから……お父さんも付いてる……お母さんも見守ってくれてる!! 1人じゃない!! だからお願い!! 目を覚まして!!!!!!」


 六角形が連なる防御結界に、パキンとヒビが入る。


 最大規模の固さを誇る結界だが、全方位からの強烈な熱線には長時間耐えきれない。


「くそ……まだだ……まだ行ける……うおおおおおおおおおおあああああああああああああああああああああああああ!!!!!!」


「水玖ちゃん!!!!!!」


「水玖!!!!!!」




 ポツリと、頭に何かが滴り落ちた。


 それが水希の涙だとは分からなかったが、2つ3つとこぼれ落ちてくるそれに、包み込まれるような優しさとぬくもりを覚えた。


 そして突然、部屋に現れていた水玖による異能力ディナイアルの現象が、跡形も無く消え去った──




   ※ ※ ※ ※ ※




「っ……ぐすっ……うぅ……」


 暗い、暗いどこか。


 たった5歳の少女は、そんなどこかの中心に座り込み、1人泣いていた。




 どうして友達の皆にはお父さんやお母さんがいるのに、水玖にはお姉ちゃんしかいないの?


 どうして水玖を見たときに、怖い顔をする人達がいるの?


 水玖が何か悪い事をしたの?


 何で誰も、教えてくれないの?




 ポン、と。


 肩に置かれた手を見て、すぐに誰なのかと顔を見る。


 最愛の姉、水希だ。


「水玖」


 優しい笑顔で名前を呼んでくれた姉は、優しく頭を撫でてくれる。


 愛いっぱいに包まれた小さな幸せが、確かにそこにあることを思い出す。



 すると前から、大きな人が腰を下げて手を差し伸べてくれた。


 その人はただの顔見知りなだけで、友達でも何でもない。


 なのに思わずその手を取り、顔を見る。


「水玖ちゃん」


 胸がポカポカと温かくなった。


 いつの間にか涙は止まり、自分も2人と共に笑っていた。


 何に囚われていたのだろう、どうしてこんな事になっていたのだろう。


 暗い黒は砕け散り、真っ白な光に包まれた。


 水玖は思い出す。


 自分は、玲成水玖なんだと。




   ※ ※ ※ ※ ※




「……終わった……のか?」


 尻もちをついた露城は、キョロキョロと辺りを見回して確かめる。




「……水希……水玖……」


 一番エースは止め処なく涙を流し、救われた娘達を見てこれまで抑え込んできた感情が爆発した。


「くそ……ぐっ!」


 スキを突いて一番エースの元から逃げ出した幹嗣だが、正面を振り向くとニヤリと笑う露城がバキバキと指を鳴らしていた。


「さてと、大人しく逮捕されろよクソ野郎」


「ふ、ふざけるなああッッ!!」


 必死になる幹嗣は右手の平を向け、そこから砲丸を銃弾のような速度で何発も発射する。


 が、防御結界を張った露城の前にそれらの攻撃は無意味であった。


「あ……く……来るな……来るな!! 僕の計画はまだ……まだ」


「あ~今俺に攻撃したなお前、だったら正当防衛しねぇと……なッ!!」



 バキィッッ!!! と露城渾身の右拳が振り上げられ、顎に直撃した幹嗣は仰向けに気絶した。



「はっはっは、スカッとしたぜ」


 人差し指でクルクル回す手錠をかけ、腕時計を見ながら現行犯逮捕を口にした。


「泰智、扉開けろ」


「あ、うん!」


 黒サンタが急いで扉に向かい、ロックを解除して扉を開けると、待機していた警官達が一気になだれ込んできた。


「一課長、お疲れ様です」


「向こうのJKも共犯だ、隻腕の奴は俺の知り合いだから任せろ」


「はっ! それで……彼らはどうしましょうか」


 部下の視線の先を見て、露城はフッと笑いながらポケットから取り出したタバコを吹かす。


「丁重に病院まで運べ、ヒーローだからな」


「わ、分かりました」




 4月27日。


 この日、東京都はおろか日本全体が灰燼に帰しかねなかった大事件を未然に食い止めた。


 事件は連日報道されたモノの、悠真や玲成親子の名前が出ることは無かった。


 露城や黒サンタを中心に懸命な働きの末、第5研究所は6月1日に再開、お遊戯会は九里ヶ崎公民館で行われる事となった。


 かくしてこの事件最大の功労者は、世間一般に知られる事無く、またいつもの日常へと戻っていく──

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