第17話 発動条件
どんなに超大作なアクション映画でも、このレベルの真剣勝負は観られないだろう。
幅3~4人分の狭い範囲の通路で繰り広げられるは、強い意志の元で戦闘を決断した2人の女。
「あっはははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは!!!!!!」
宮木弥海。
身内にも友達にも誰からも理解されなかったこの狂気を認めてくれ、思うがままの生き方を示してくれた最愛の夫のために。
殺して、殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して。
「うっさいわね狂人が!!!」
メアリー・ケイン。
母国イギリスからクレア=ブラッドフォルランスの行方を捜索するために派遣され、重要参考人の嶋内悠真を守るために仕方なく同行した。
だが本当に仕方なくなら、こんな何の関係も無い事件にここまで深く干渉したりはしない。
秘めたる思いがあるのだろうと露城や黒スーツ達は薄々気付いていたが、真相は彼女の胸の内にのみ隠されている。
床のみならず、壁や天井も駆使して3次元的に空間を利用する宮木に対し、立っている場所からほぼ動かないメアリー。
どんなに激しく機動的に動いても、来ることが分かっているなら待てばいい。
それは迎え撃っても勝てる自身が無ければただの自殺行為だが、メアリーは普段通りの自信を示す笑顔を絶やさない。
「なぁ~にが面白いのかなぁ~ガキィィイイイイイイイアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!」
「私はあんたと大して年変わんないわよ」
床を蹴り壁を蹴り、凄まじい助走から天井に右足を着け、宮木は骨が軋むほどにためた力をバネに変えて弾丸のような速度で襲いかかる。
口の中にナイフをぶち込み脳幹を切断しにかかる宮木は、開けっ放しで涎を垂らした口から飢えた獣のような咆哮を上げる。
理性などとうにぶっ飛んだ宮木に対し、あくまで冷静なメアリーは両の瞳を紫色に輝かせた。
「全部見えてるわ」
メアリーの
本質は眼にあり、俯瞰だけでなく視力の調整や体感速度の調整など、見える事に関してはかなりの応用が利く。
無論人探しだけでも〝
メアリーは極めた射撃や体術を、
そして今、メアリーには宮木の弾丸のような速度もほぼ止まって見えていた。
「ッ!! ……ぐぅ……」
「諦めなさい」
──ッドゴオオオオッッッ!!!!!!
体を横に反らし、手首を掴んで勢いそのままに背負い投げ、固い床に亀裂が生じるほどの衝撃が宮木の背中から全身に伝わる。
「がはっ!?」
「……はぁ……はぁ……」
死ななくても確実に後遺症が残るだろう衝撃だった。
凄まじい速度の勢いを利用して叩き落としたため、相当の体力を消費して息を荒げるメアリーは、放置していたアサルトライフルを拾い上げる。
「……降伏しなさい、あんたの負けよ」
仰向けに倒れる宮木の頭頂部付近に立ち、額に銃口を向けて降伏勧告を促す。
「……ぁ……」
気は失っていない。呼吸も安定し目もちゃんと動いている。
──いやおかしい、そんなはずはない。
何故宮木は気を失っていない? 何故呼吸も他の状態も安定している?
「なっ……」
気付くのが遅いと、宮木は再び狂ったように口角を上げた。
直後、両手で銃口を握りしめた宮木は器用に後転して前のめりになったメアリーに肩車し、プロレス技のように足で頭を挟んだまま顔面を床に叩き付けた。
「あぶっ……あ……」
「ひひひひはははははははは……あっははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは!!!!!!」
一時的に目を行使出来なくなったスキを突き、宮木は思いつく限りの殴り方や蹴り方でメアリーをサンドバッグのようにボコボコに叩きのめす。
「れああああああああああああ!!!!!!」
四肢、肋骨、顔面、ありとあらゆる骨にヒビが入ったり完全に折れ、口や鼻から血を垂れ流し、それでも抵抗が出来なかった。
トドメと言わんばかりにみぞおちに渾身の蹴りをくらい、吹っ飛び床を擦ったメアリーは意識を失い為す術の無い状態だった。
「……ぅ……ぁあ……」
「もう終わりかぁ~☆ いっひひひひひひひひひひひひ……」
いつの間にか手放して床に落ちたアサルトライフルなど気にも留めず、ボキッゴキッと指や首を鳴らしながらメアリーにゆっくりと歩み寄る。
ニタリニタリと狂おしい笑顔を見せ続けるサイコパスは、ちゃんとその目で見るまで気が付かなかった。
気付いた時には、既に遅すぎた。
「……あ?」
──ゴッッッ!!!
後頭部から漬けもの石にでも殴られたのかと思ってしまうほど、重い重い一撃だった。
この一撃が何者によるものだったのか、気を失う直前に宮木は顔を拝む事が出来た。
明らかに日本人ではない風貌にサングラスがかけられ、黒いスーツで筋骨隆々な肉体を纏った男。
その拳が再び振るわれた瞬間、宮木の意識がプツンと途切れる──
※ ※ ※ ※ ※
「……ん……」
「大丈夫ですか」
「……ああ……っ……全身にガタが来てるけどね……そっちは?」
「大したことありませんでした、ただの度胸ある雑魚でしたので」
メアリーが意識を取り戻したのは事後の僅か5分後。
この5分の間に警視庁の応援が来て、黒スーツは事情を簡潔に話して地下への行き方を教え、研究所に入ってきた応援はほぼ全員が地下へと向かっていく。
宮木弥海は運ばれ、黒スーツ達が無力化した2人のテロリストも拘束されて研究所の外に出されていった。
自動販売機の隣のベンチで横たわっていたメアリーは無理に体を起こし、地下へ行こうと立ち上がる。
しかし激痛が走り、フラついた所を黒スーツが支える。
「無理はなさらず」
「いや……悠真嶋内の、身の安全を……この目で……確かめないと……」
「どうしてもですか」
全て英語で交わされる会話を聞く部外者はいないが、一応もう1人のギターケースを背負う黒スーツが見張っている。
あまりこの事件に積極的では無かったはずのメアリーだが、今やろうとしている行動に積極性が無いかと言われたら嘘になる。
「……私は……見てみたくなったの……」
「それは、事件の顛末ではなく……」
「ええ……報酬も何も無い、成功する確率も低い、命の保証も無い……なのにそれでもここへ身を投じる……悠真嶋内という人間をね」
「そこにクレア=ブラッドフォルランスに繋がるヒントが?」
「も、あるだろう……けどこれは……単なる私の好奇心なの……もしかしたら、この事件……ヒーローの誕生って、記念日かもしれないわね」
※ ※ ※ ※ ※
数分前。
地下室では、ある悲劇が起ころうとしていた。
「……な……んだ……」
三苫早霧が指を鳴らして水希が気絶した直後、これまで意識が無かった水玖が突然目を覚ました。
だが様子は通常とは大きく異なり、黒いはずの瞳は金色になり、ボソボソと何かを口ずさむばかりで周囲を見回したりもしない。
「はは……ははは……あっはははははははははははははははははははは!!! ついにこの時が来た……怪物が目を覚ました……」
瞬間。
ゴオオオオオオオオオオッッッ!!!!!! と地下室のあちこちに高い天井を突き抜けそうなほどの火柱が上がった。
「ぐっ……熱っつ……」
「まずい……」
「何がまずいんだ、言ってみろ、泰智!!」
その場にいた人々には火柱は擦らなかったが、黒サンタは死をも覚悟したような切迫した表情で、ベッドから降りて立ち上がる水玖を見る。
露城は黒サンタの胸ぐらを掴んで、想定でもある程度の現状把握を求めていた。
「……玲成水希が……蓋だったんだ──
──玲成水玖の
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