第12話 動き出す

「おい本当にいいのか?」


「むしろ邪魔だ」


 黒のワンボックスカーに乗り込んだ悠真達は、露城の部下達や〝D─SAT〟は呼ばずに第5研究所へと乗り込もうとしていた。


 運転席と助手席には黒スーツのボディーガード、真ん中にメアリーと悠真、後部座席に黒サンタと露城が乗るという配置だ。


 メーターでは法定速度を維持しているのにやけに速く感じる感覚の悠真は、一般道でもちゃんとシートベルトを締めていた。


「私達が中に入ったタイミングで連絡を入れろ、けど中には入れるな」


「何でそこまで慎重なんだよ中学生」


「……フーッ」


 言葉で言っても信じてもらえないと悟ったメアリーは、ポケットからタバコとファッションに合う特注ライターを取り出し、副流煙を車内にまき散らす。


「……マジだったのか……」


「……窓開けろよ」


 辟易とした口調の悠真は鼻をつまみ、窓を開けながら不満をこぼす。


「命を懸けた大勝負だ、そういう大事な時の前は必ず吸うっていうRoutineがあるから」


「いや急にイギリス人出さないで、あとこの車タバコ臭いからお前結構パカパカ吸ってんだろ」


「そりゃ吸わないと生きていけないし」


 ルームミラーに映るサングラスが怖い助手席に座っているボディーガードは、何も言わずにダッシュボードから灰皿を取り出しメアリーに手渡した。


「あんたも吸わないの? 死んだら吸えないぞ?」


 灰皿にタバコを擦り付けて火を消したメアリーは、何故か不敵な笑みを浮かべながら灰皿を渡そうと差し出す。


 やはりどこからどう見ても中学生なロリ系喫煙者から灰皿を差し出されるという、何とも言えない罪悪感が襲ってきた露城は渋々受け取る。


「大丈夫か泰智」


「だ、大丈夫……うん……うっ……」


 酔いと格闘する黒サンタの隣で副流煙をまき散らす露城は、疲れが吹っ飛んだようにリラックスしていた。


「手遅れの肺が4つあるこのメンツで大丈夫なのか?」


「あんたが抱えてるそれさえ無事なら百人力よ」


 重さからして絶対にギターじゃないと確信しているギターケースを抱える悠真は、より一層落とさないようにしようとぎゅっと抱える。


「お前も吸うか?」


「やだよ未成年だし、そもそも自分から死亡率上げにいくその行為が意味不明なんだよ」


 火を消してから灰皿をメアリーに返す露城は、分かってねぇなぁと言わんばかりに鼻で笑う。


「かっけぇ、だろ?」


「アホなだけだろ」


「がはっ、このハードボイルドな雰囲気に欠かせないだろタバコ! なあ!?」


「ボカロ大好きなおっさんがハードボイルドって……」


 そして2本目に突入したメアリーは口から煙を吐くと、開けた窓の外を眺めて黄昏れながら悠真に質問をした。


「……あんたはさ……どうしようもなく打ちのめされた時、逃げたくならないの?」


 本気のトーンで話してきたため、悠真はちゃんと考えてから真面目に返答する。


「多分俺はまだ、タバコに縋りたくなるほどの絶望は見てないんだと思う」


「……あっそう……」






 それ以上、メアリーは何も言わなかった。


 緊迫した状況だがあまり強張らないように、全員が何も言わずに察して場を温めようとしていたが、一気に緊張感が高まる。


 タバコを吸う理由に、1秒前まで饒舌だった口を閉ざすほどに思い馳せる過去でもあるのだろうか。


 窓に頬杖をつくメアリーに、しばらく誰も話しかけられなかった。




 突然会話が止まり気まずくなりそうな車内の空気を変えるべく、何も言わずに音楽をかけてくれたボディーガードに心の中で感謝する悠真と露城。


 しかし曲が悠真や露城でも知ってる超人気ゲームのサウンドトラックだったため、2人は驚きを隠せずにいた。


「メアリーたんこのゲーム好きなの?」


「たん言うな死ね、ゲームは好きよ、1から全23シリーズ全クリしてるわよ」


「嘘だろ!? お前17の裏ボス倒したのか!?」


 死ねと言われてもめげない露城は、この話題で何とか再度空気を温めようと試みる。


「正直私も2度とやりたくないわね、近付けばこっちの動き遅くなるし、すばしっこいから遠距離も半分くらい当たらないし、デバフも大して意味ないし」


「お、おう……」


 割とガチめな返答だったため会話が続かなくなった露城は、助けを求める視線を悠真に送る。


「ゲ、ゲーム好きなんだな……メアリーたん」


「2人は後で殺す、デバフも分かんないド素人に話す事は無いわね」


 どうしてこちらが気を遣ってるのにことごとくぶち壊していくんだこのロリババア、と怒鳴り散らしたい気持ちを抑え込む2人。


 年齢はロリでは無いがババアでも無い(だがしかし秘密)メアリーはその後もやはり話すこと無く、2人は気を引き締めなければならない状況で想定外に調子が狂う。


「も……う……限界……うぷっ」


 そして黒サンタもまた別の意味で、BGMが流れるだけの車内に胃から爆弾を落として空気をぶち壊してきた。




   ※ ※ ※ ※ ※




「……はぁ……はぁ……」


 悠真達が黒サンタの家にまだいる頃、水希は警視庁のテープが貼られて立ち入り禁止となっている第5研究所に、たった1人で辿り着いた。


 ペース配分など考えずにがむしゃらに走ってきたため、荒い息が中々収まらない。


 そして爆破による破壊の跡が生々しい研究所の入り口を見て、水希はある違和感を覚えた。


「……何で……誰もいないの……」


 警備の1人がいてもおかしくない。


 いや、むしろそうでなければ不自然だ。


 立ち入り禁止のビルが建ち並ぶ区域の大都市のど真ん中で、閑散とした異様な光景なので気付くのに刹那の時間を要してしまった。


 まるで廃墟のように嫌な雰囲気を醸し出す第5研究所を前に、水希はようやく息を整える。


「ふぅ…………っつ!!??」


 また同じ頭痛に襲われる。


 それも今回は以前の2度とは比べ物にならないほどの、アイアンメイデンにぶち込まれたように刺された痛みが全身に走る。


「うああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!」




 だが、しかし。


 凄まじい激痛に歩道の上で悶える水希だが、倒れるどころか膝をつく事もない。


 無我夢中でここまで走ってきた。

 だけど、何の心持ちも無しにではない。

 曲げられない思いがあってここへ来た。


 絶対に水玖を助け出す。


 揺るぎない覚悟が痛みすらはね除け、強い信念が震えきった心と体に勇気をみなぎらせ、言うなれば気合いと根性で立ち上がる。


「……水玖……」


 耐えて、足を出す。


 人の気配のしない第5研究所へ、今度こそ約束を果たすために単身向かっていった。




   ※ ※ ※ ※ ※




「……ぐっ……」


「やっと起きたか、玲成一番エース


 気を失っていたせいで、この暗闇に目が慣れない。


 自身を見て名を当てるという事は東京都の人間か、警視庁を凌ぐまでの情報通か、はたまた昔から命を狙っているのか。


 カツン、カツンとゆっくり聞こえる革靴の足音が、両手を背後の壁に取り付けられた鎖で繋げられて身動きの取れない玲成一番エースに近付いてくる。


 聞き覚えのある声に驚きながらも、そんな感情を悟らせる事無く首を上に向ける。


「水玖は……ここにいるな」


「さあ、僕には何の事かよく分からないよ」


 バキィッッ!! と玲成一番エースの左頬に、革靴のつま先が勢いよく突き刺すみたく蹴りを入れられた。


 歯が1本取れて床に投げ捨てられ、しかし特殊工作員シークレット・エージェントの過去を持つこの男にすれば痛くも痒くも無い。


 暗くて顔は見えないが、おそらくこの男はニタリと嘲笑の笑みを浮かべているだろう。


「これから僕が九里ヶ崎のクソ野郎に変わって東京を、異能力ディナイアル社会を手中に収める……あとはお前を殺せば終わりだ」




「──三苫みとま幹嗣みきつぐ……」




 元凶が闇から躍り出る。


 黒幕がついに動き出す。


 奇怪な笑い声と共に、歯車は回り出す──

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