第8話 どんな手を駆使しても

「原因不明?」


「らしいな」


 寮の玄関で倒れていた水希は、その後すぐに救急車で近くの総合病院に運ばれた。


 治療も終わり、エントランスで待機していた悠真は一般病棟に入院したと露城から聞く。


 倒れた原因は不明。


 やや栄養不足と貧血気味ではあったものの、それが原因とは断定出来なかったらしい。


「おばちゃんから聞いたが、隣の部屋の友達が飯作ってくれてたから栄養失調はねぇってよ」


「……面会は」


「今はぐっすりだから無理だ、明日退院するから俺もその時話す、お前も来い」


「……はい」


 命に別状も無く、どこかしらに後遺症が残る訳でも無いため、水希は一晩病院に泊まり後日退院した。




   ※ ※ ※ ※ ※




 4月27日、午前10時ちょうど。


「よく考えたら今精神的に追い込まれてる女子の部屋訪ねるのってだいぶ鬼畜だよな」


「本人が良いっつったんだから問題ねぇだろ」


「いや、そういう問題じゃなくね?」


「つーか敬語使えガキ」


「つーか職権乱用すんなおっさん」


 誰も見ていないマンションの廊下、しかも女の子の部屋の前で男2人は、漫才にしか見えない軽いノリで会話を交わす。


 ちなみにこの2人は面識してまだ3回目である。


 2回り以上年齢の離れた両者がそんなこんなしていると、ガチャリとドアが開かれた。


「いらっしゃい、どうぞ上がって上がって」


 出迎えてくれたのは、管理人のおばちゃんだった。


 昨日とはまた別の緊張感を孕んで403号室の前に立った悠真は、生まれて初めて同学年の女子の部屋に入った。


 キッチンや水回りの部屋のドアが見える1本の廊下を抜け、8帖の部屋のドアが開かれる。


「お邪魔します」


 返答は無い。


 派手な飾りなどは特にないシンプルな部屋の奥のベッドで、水希は俯いたまま膝を抱えて座っていた。


 その面持ちは決して良いとは言えず、喜楽等の感情を忘れてしまったような、生気を失ったような表情だった。


 研究所に武装集団が侵入した際に妹と再会した時のような笑顔も、黒サンタが首謀者だと決め付けて怒り狂っていた時のような激情も無い。


 心にぽっかりと穴が開くとは、まさにこの事なのだろうと悠真は思った。


「ほら座った座った、お茶でいいよね?」


「あ、お構いなく」


 そろそろゴールデンウィークだというのにまだこたつ布団がかけられたままの正方形のテーブルに、露城はドアから1番近い位置、悠真はその左側に座る。


 右側に急須と湯呑み4つをお盆に乗せてキッチンから戻ってきたおばちゃんが座り、悠真と対面する位置で湯呑みに緑茶を淹れていく。


「あ、緑茶か……」


 生活環境のせいか、お茶=紅茶というイメージが定着していた悠真は、遠慮なく熱々の緑茶を口に含んだ。


「茶っつったら緑茶か麦茶だろうが、あとは烏龍茶」


「元同居人が紅茶しか出さなかったから」


「さすがイギリス人」


 露城も対面に座る予定の水希を待ちながら、湯呑みを上から掴むように取って一啜りする。


「へぇ~! イギリス人の方と住んでたの!? ホームステイ!?」


「説明すると時間かかるのでまた今度で」


「えぇえぇまた来てね!」


 日本から出たことの無いおばちゃんは、いつもテレビ番組でも海外の特集だったりネットニュースのおすすめ記事も海外ニュースばかりと、グローバルな物事に興味関心がかなりある。


 急須をお盆に置いてからゆっくりと1口お茶を飲み、喉を通してから早速露城が本題を切り出した。




「嬢ちゃん、?」




 静寂。


 再び空気に伝えた音は、おばちゃんが右手に持っていた熱々のお茶がこたつ布団の上にこぼれ落ちた音だ。


 続いて「熱っ」というおばちゃんの反射による声、布団に染みるお茶を拭うためにテーブル上のティッシュを取る音が悠真を正気に戻した。


 あまりにも信じられない、受け入れがたい露城の言葉に意識が一瞬切れていた。


 水希は微動だにしない。


「……刑事さん……何を」


「どう調べても泰智はシロだ、それに他の職員と水希てめぇを含む当事者も全員シロ、てな訳でまず水玖ひがいしゃの身寄りを片っ端から調べた」


 そういえば、水希の家族はかなり謎に包まれていた。


 病院に親が来ることも無ければ、そもそも女子高生が1人で暮らすための寮に5歳の妹と共同生活している事も不可解だ。


「母親は妹を産んだ直後に死亡、文字通り命懸けの出産だったんだな……で、父親──玲成れいな 一番エースはガキ共をほったらかして無職となって消息不明、と」


 聞けば聞くほど不可解な事が多すぎる。


 父親の育児放棄ネグレクトにより九里ヶ崎区に保護された2人は、姉が異能力者ディナイアラーだったため東京都も援助に乗り出し優遇された。


 第5研究所の紹介と住居の提供により、半ば孤児みなしごとなった2人は生き延びる事が出来た。


「その言い方だとあからさまにキラキラネームの親父が首謀者じゃねぇか」


「証拠はねぇが今んとこな」


 何かしら決定的な証拠さえあれば、事件の解決は目の前だ。


 しかし第5研究所の防犯カメラの映像や、唯一残した所持品である、水希の頬を擦らせた弾丸を調べても犯人特定には至らなかった。


 武装集団の移動手段であった瞬間移動系と思われる異能力ディナイアルも、痕跡を一切残さなかったため、相当の手練れという事がうかがえる。


「……無職になる前は何してたんだよ」


「九里ヶ崎区内の中学教師ってデータにはあったが、九里ヶ崎区と付近の区の全ての中学校に聞いたが──どの中学校もそんな人物は過去にいたことが無いと」


「は? なら何を」


「東京都が管理する個人情報すらも操作出来るような位置にいる、もしくはいたんだろうな」


 かなりの量の守秘義務らしき情報を垂れ流す露城だったが、この事件の早期解決にはやむを得ないと個人で判断した。


 何かしらの罰は受けるだろうが、5歳の少女が誘拐されて1週間も経っている。


 それも〝記号保持者スコアラー〟に入れば一桁台には食い込めるほどの強力な異能力ディナイアルを有する少女だ。


 この情報を知った上で水玖を狙ったのならば、水玖に異能力ディナイアルがあることを知っていた第5研究所のスタッフの誰かが関与している事はほぼ間違いない。


 そしてそれを知った者が、何らかの目的に水玖を利用しようとしているならば。


「東京都の情報操作も出来ちまう立場って、東京都はもはや日本政府と同等の勢力はあるんだぞ……どんな立場だよ……」


「まあ少なくとも日本では無い、んで今日本と対等に力を持つ国は──イギリスかオーストラリア辺りか」


「ならその国を調べ……出来ないか」


「俺がインターポールならまだしもなぁ」


 警察があらゆる手を駆使しても、首謀者と思しき玲成一番は見つけられない。


 故に露城は、どんな些細でも情報を持っているであろう水希と直々に話そうと思っていたのだ。


 すると。




「……てた……」


 まだこの部屋では聞いたことの無い声音。


 つまりこの場で言葉を一言も発していなかった者の声音。


 皆が注目する中、ベッドの上の少女は3人に聞こえるように、息を吸って声量を調整した。






「──先週のあの時、お父さんと会ってたの」






 4階からエレベーターで降る際に、何の用件かは不明ながら妹のいる1階ではなく、2階からエレベーターに乗った水希。


 悠真が黒サンタと共にイギリスからの使者と話している時、同じ建物の内部で事件の前触れは既に起こっていた──

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