第5話 エマージェンシー
『警戒態勢、警戒態勢、エントランスに武装した者が侵入、内2人は
エントランスには
スタッフや許可証を持つ者のみが通る事が出来る改札口が、爆発によって破壊された。
しかし、爆発物の使用はどの監視カメラを見ても確認出来なかった。
「ちっ、キンキンうるせぇな」
第5研究所はセキュリティモードへとシフトチェンジし、エントランス付近の各部屋の出入り口や廊下の角には厚さ100ミリのシャッターが降ろされ、プランクトン1匹侵入不可能となっている。
「分かってた事だろ、とっとと行くぞ」
爆発の煙で火災報知機が発動し、研究所中が水浸しになっている。
「でもやっぱ耳に残るから止めらんねぇかなぁ~?」
普段は私服姿でカモフラージュしている研究所の警備員が、シャッター1枚を挟んだ先で武装した状態で待機している。
「なら目の前のシャッターの先にいる警備員にでも言ってみろ」
警報装置が発動した時点で警視庁への通報は完了しており、情報は研究所内のアナウンスと同時に伝わる。
「えぇ~、俺人見知りだからや~めた」
今回は襲撃犯に
「んじゃ、飛びまーす」
瞬間、エントランスにいた3人はその場から消え失せた──
※ ※ ※ ※ ※
「水玖!!」
「お姉ちゃん!!」
警報器のブザーがけたたましく鳴り響く中、託児所に入った水希は両手で耳を塞ぐ水玖と再会した。
双方が双方の無事を確認して抱きしめ合い、涙ぐむ水希は腕の中の妹の名を連呼し、水玖は嗚咽を漏らして姉の服を濡らした。
「はぁ、はぁ……よかった……」
その様子を見届けた悠真は安堵し、隣で慌てふためく変なTシャツの宮木もケガが無かった。
「あ~悠ちゃ~ん! だだだだ大丈夫~!? おおおおお落ち着いついつい、ついてね!?」
「いやあんたがな」
託児所には白衣を着た研究者をはじめ、誘導されたたくさんの人々が流れ込んできていた。
研究所内で最もセキュリティが固く安全性が高いエリアが託児所であり、避難シェルターとしての機能もあるため設備が充実がいる。
また常駐している警備員がいるため、機械だけでは安心出来ないという人々への配慮も払われていた。
保育士達は頭に叩き込まれたマニュアル通りに子供達と教室でひとまとまりになり、安心させるために声を掛け合っている。
避難してきた人々もここに来られたなら安全だと信じているので、子供達がびっくりするほどの大騒ぎが起こしていない。
繰り返されるアナウンスを聞きながら、火災報知機のシャワーでびしょ濡れになる人々は警察や警備員による早期解決を祈るばかりだった。
(どういうつもりだ……九里ヶ崎研究所は世界最高峰のセキュリティ技術が結集してる、警視庁までだってほぼ1本道だし、
──それでも侵入してきた、それもたった3人で……勝算があるから来たんだ、だとしたらどういう策だ──
──なら狙いはなんだ……やっぱり……俺?)
「発け~ん」
その声が託児所に木霊した瞬間、少し騒がしかった人々の口は止まり、視線を逸らすことが出来なかった。
「な……」
「黙ってろよ~頭でっかち共~」
※ ※ ※ ※ ※
「……どうなってやがる……」
警報装置が発動してから5分も経たない間に、第5研究所には警視庁
(消えたのは移動系の
研究所内の防犯カメラのリアルタイムの映像が繋がり、その託児所に突如武装集団が現れた瞬間がちょうど映し出されたところだ。
(仮に空間認識系の
──偶然が功を奏したなんてのも限りなく不可能だ、壁1枚先ならともかく最も奥の託児所だぞ……下手すりゃ死にかねない中長距離移動をこうも躊躇いなく──
──まさか……いやそんな……)
一課長はある仮説に辿り着く。
考えたくは無いが、職務上その可能性を私情で排除するわけにはいかない。
(……あの研究所に……奴らの協力者がいるのか……!?)
※ ※ ※ ※ ※
「目標発見、被害も出さなかったのはこっちとしてもありがたい」
弾丸などからあらゆる痕跡の有無を調べられ、身元が特定される可能性を捨てきれない。
ガスマスクで顔を覆い隠す、声からして男である3人は、悠真、水希、水玖を目で確認するように眺める。
「あああわあわ慌ててなないで!!」
「うるせぇぞ女」
「ひぃ!!」
パニックで衝動的になった宮木だったが、銃口を向けられると両手を挙げて大人しくなる。
水希は怯えて声も出ない水玖をさらに強く抱きしめ、悠真は武装集団に背を向ける水希を護ろうと左腕を広げる。
「……お前、高校生のくせに妙に落ち着いてるな……」
絶体絶命の窮地に慣れている事は無いが、銃口を向けられても呼吸は一切乱れなかった。
(狙いが俺ならさっさと投降すれば皆は守れる……けどさっきの口ぶりからして、奴らは俺を知らない、なら狙いは俺じゃない……だとすれば何だ……)
冷や汗がこめかみを通り、目元から頬へと澪を辿るように流れる。
嫌な緊張感が走る。バラエティ番組で観る再現VTRやドキュメンタリー番組で聞く話とは比にならないリアルが、目の前で激しく蠢いている。
託児所にいる人々は1歩も動く事無く武装集団を凝視する。恐怖に満ちたその視線を一身に受ける武装集団は威嚇の1発も撃たない。
「俺達の要求はただ1つ!! 玲成水玖の身柄をこちらへ引き渡せ!!」
悠真の脳内に、はてなマークが所狭しと埋め尽くされる。
「え……」
絶望に堕とされた時に似た悠真のふいの声は、想定外過ぎる要求に疑問を呈する意味合いが込められていた。
「女、お前が抱いてるそのガキを寄越せ」
「……断る」
武装集団の目的がはっきりとした今、水希にあるのは未知の恐怖ではなく、たった1人の妹を守らなければならない責任感。
それとほんの少しの勇気に、底知れないほどに沸き立つ怒りだ。
「渡せ」
「嫌よ! 目的は知らないけどこの子は絶対に渡さない!! この子だけは私が命を懸けても守──」
ダァン!!
弾丸がドリル回転をかけて放たれた音が炸裂したと同時、水希の左頬に焼けるような痛みが走った。
ツーッと弾が擦った傷口が開き、赤い血が頬を伝う。
音による衝撃と容赦ない攻撃に声が詰まり、ポカンと口を開けた水希は目を見開いて、理由無く水玖の頭頂部を見つめていた。
「お前が懸けたところでその命は何の役にも立たねぇ、いいから渡せ」
「……お……お姉ちゃん……」
小刻みに震えだした水希を案じる水玖は、焦点が合っていない水希に話し掛ける。
「……あ……水玖……」
放心状態にあった水希は木を取り戻して涙ぐむ水玖の顔を見ると、様々な感情が交錯して考えが纏まらなくなる。
水玖は絶対に守る。守らなければならない。
嘘偽り無いこの気持ちが、たった1発の銃声でへし折られかけた。
脆い。あまりにも脆い。
どんなに意志が強くたって、この程度で折れそうになるならば無意味もいいところだ。
こんな程度の心持ちで、軽々しく命を懸けてなどと口走ってしまった。
申し訳が立たない。顔向けできない。こんなにも無責任な姉の愚行を目の前で見た幼い妹は、さらなる不安を煽られたに違いない。
見せないと誓っていた涙が、溢れ出した。
「……ご……めん……ね……」
(ヤバい、折れかけてる……俺が突っ込んでも周りに被害が及ぶだけだ、しかも今研究所はセキュリティ態勢、応援も期待出来ない──
──考えろ、被害を最小限に留めてかつ水玖ちゃんを奪われず、現状を打破する方法は……今の俺に出来る事は……何か……何か……)
思考を回す悠真だったが、どれだけ方法を模索しても何も出てこなかった。
(……くそ……クレアなら……あいつなら全部出来たのに……くそ……)
いない者に縋り求めたって、何が起こるわけでもない。
「早くしろ」
どの感情が先行しているか分からないまま震える女子高生の左耳に照準を定め、再び引き金に指をかける男。
はっきりと命の危機を感じ取った水希は、もう動けない。
悠真が1人動いても無駄死にで終わる可能性しか無いだろう。
他の者達は自分の命だけは助かりたいと願うばかりで、中には早く引き渡せと考える輩もちらほら現れる。
そんな邪な考えがよぎってしまうほどに、この緊張状態がストレスとなっていた。
まだ5分も経っていないが、数秒経つが永遠にも感じられてしまう。
──しかしこの後、希望が絶たれたこの現状を変える衝撃の手がつけられた。
それは誰かが望んだ展開で、誰もが望まない展開だろう。
「待って!!」
抱きしめる腕が弱くなり、脱けだした身長100センチの少女は、16センチの靴でリノリウムの廊下に踏みつけた。
「……え……」
その場にいた全員が、武装集団をも、想像のつかなかった状況だ。
──5歳の少女が、自らの意思で投降して武装集団の元に下ったのだ。
「水玖ちゃん!!!」
「おっと動くなよ」
ぶん回していた思考を放棄して助けようと床を踏み出す悠真だが、すぐに銃口を向けられてダァン!! と目の前の床に銃弾が放たれる。
膝から崩れた悠真は激情の表情を浮かべるが、手出しの出来ないやるせなさに歯を強く食いしばり、両手をグググと握り締める事しか出来なかった。
「へ~賢い嬢ちゃんだなぁ~、目的達成だぁ~」
「っははは! どういう気持ちだ? こんなガキのおかげで命拾いした気分は? 情けねぇなぁこんだけ英知を集めてもガキ1人助けらんねぇんだもんなぁ!!!!」
ガスマスクのせいで顔が見えない。
だが今、3人全員が悠真達を嘲笑っている表情だけは容易に想像出来た。
そして水玖はこちらを振り向く事無く、武装集団と共に託児所から姿を消した──
「……あ……い……いや……いや……あ……いやあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!」
水希の慟哭が託児所に響き渡る。
警備員がここに辿り着いたのは、この4分後。
そんなたった4分の時間も作れなかった。
悲しみのドン底に叩き落とされた水希に、悠真は胸を貸す事も声をかける事も、何も出来なかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます