出戻り勇者転生してやり直す!

アイギス

旅の終わり

1話 旅の終わり

ある日、7つの黒い光を放つ直径5メートル程の丸い球体が、突如として世界各地の上空に現れた。

それは雷鳴のように轟音を立てるでもなく、ただ黙ってそこに浮かんでいた。


人々は初めこそ謎の球体に恐怖し怯えるものや、世界破滅の陰謀論を語る者などいろいろと騒がれていたが、奇妙なことに、その球体は何もせずただそこに存在していただけだった。


いつしか人々は、その異質な存在を空の一部のように受け入れ、日常に溶け込ませていった。


「ゴーン、ゴーン……」大きな鐘の音がライドレアス王国全域に鳴り響く、どうやら依頼を頼んでいた勇者達が帰って来たようだ。


「コンコンッ……」

二度のノックのあと、扉が静かに開いた。


入ってきたのは、白銀の鎧に身を包んだ長身の美女だった。

長く美しい金髪がさらりと揺れ、整った顔立ちと凛とした眼差しが印象的だ。


「国王様! 勇者御一行様が帰還されました!」


響く声もまた、剣のように鋭く澄んでいた。

彼女の名はラズエル・ミラーダ。

ライドレアス騎士団の団長にして、この国の誇る英雄である。


二十歳で入隊し、わずか三年で騎士団長の座にまで上り詰めた天才。

その功績は、国王ドレフすら一目置くほどだった。


そんなミラーダからは、見る者を圧倒するほどの自信と威厳が漂っていた。

その背筋は真っすぐに伸び、一歩踏み出すたびに鎧の金属音が静かに響く。

まるでその一挙手一投足が、この国の秩序そのものを象徴しているかのようだった。


「うぬ、ワシもしたくができ次第向かう」

「ハッ!」ミラーダは歯切れのよいいい返事をすると踵を返し、会釈をして部屋の外へと出ていった。


この国にはもう一人、誰もが知る“英雄”がいる。

三年前、反乱の魔王を討伐し、世界を救った勇者――

アルウェン・クラード。


勇者でありながら、農作業や猫探しなど地味な依頼もこなし、困っている者を見れば放っておけない性格だった。


彼の仲間たちもまた、世界屈指の実力者ばかりだ。


魔法使いのリリシア・ロマネシア――

ソルフィリオン大魔法学校を史上二位の成績で卒業した才媛。

世界に七人しかいない《七大魔道士》の一人。


大盾の戦士ガロム・ハイメルツ――

“闇翼大戦(アーク・ノワール)”の生還者であり、身長二メートル半。

その巨体と怪力で仲間を守る屈強な盾だ。


弓の名手アルテミシア――

眠たげな目をしたエルフの女性。

二百年前、死王ヴァルドレアドラゴンを単独で討伐した伝説の狩人。


聖女ルルミア・セシルリア――

大聖堂アールリアス修道院出身。

傷口の“時間”を巻き戻すという、常識外れのヒールを使う奇跡の少女。


――そして彼らをまとめる勇者、アルウェン。

その力は、一国の均衡を狂わせるほどだと囁かれていた。

もし剣を極めれば、原初の勇者シュメルツ・ヴァン・ドラゴレアに並ぶだろうとすら言われている。

 

「さてと……」

国王ドレフは腰かけていた椅子からゆっくりと立ち上がる。

机の上に散らばっていた書類をざっとまとめると、重厚な外套の裾を翻し、静かに部屋をあとにした。


「こちらへどうぞ。国王陛下はすでに王の間にてお待ちです」

金髪の美女が軽く一礼しながら、手のひらを前方へと差し出した。


赤い絨毯が真っすぐに伸び、その上を金糸の刺繍が流れるように彩っている。

両脇には豪奢な燭台が並び、窓から差し込む陽光が白銀の鎧に反射してまばゆい光を放った。アルウェンたちを案内しているのは、この国の騎士団長ミラーダであった。


ミラーダはいつも自信に満ち溢れた顔をしており、騎士団のメンバーたちも彼女の顔を見れば、自分たちももっと頑張らなければと引き締まった表情へと変わっていくのである。


アルウェンが剣だとするならばこの国を守るミラーダは盾のような役割をしている、アルウェンの剣術には敵わないが、相手の攻撃を受け流しカウンター攻撃を得意とする、波心流(はしんりゅう)の使い方手で、剣術にはランクがありSからCまでと存在している。


各剣術のランクAを取るためには大体10年ほどの鍛錬を積む必要があり、その上のランクSを取得しようとするならば更に鍛錬を積まなくてはならないが、基本的には皆ランクA以上に上がる事はできずほぼ不可能に近い。


それこそ生まれ持った剣の才能がなければその領域には達せれない程に、そのランクSを3年で取得したミラーダは剣に愛されている本物の天才だった。

 

 王の間の前でミラーダが足を止めた。

すると、扉の両脇に立っていた兵士たちが直立し、剣を胸の前で構える。


「――勇者御一行様、到着されました!」


鋭い声が廊下に響く。

直後、重厚な扉がゆっくりと開かれ、奥から眩い光と荘厳な空気が流れ出した。


アルウェンたちが王の間に足を踏み入れると、左右に整然と並んだライドレアス騎士団の兵たちが一斉に剣を抜いた。

鋭い金属音が空気を震わせ、次の瞬間、全員が胸の前で剣を構え――そして静かに鞘へと納める。


見事な統率だった。

流石はミラーダが指揮を執る騎士団だけのことはある。

一人ひとりが、この国を守るという誇りと責任を胸に刻んでいる。

その姿を見ながら、アルウェンは心の中で深く感心していた。


アルウェンたちは玉座の前へ進み出ると、片膝をつき、深く頭を垂れた。

王の間に静寂が満ち、鎧の擦れる音さえも遠く感じられる。


「勇者たちよ、ご苦労であったな。――長旅で疲れているだろうが、何があったのか聞かせてほしい」


重厚な声が玉座から響く。

アルウェンは静かに頷き、顔を上げると、落ち着いた声で口を開いた。


時は遡ること、一週間前――。

アルウェンたちは国王ドレフからの直々の命を受け、水のアクア・マ・ダラーオス王国へと向かっていた。


ある日を境に、《アクア・マ・ダラーオス王国》との連絡が一切途絶えた。

原因は不明――だが国として看過できない事態だった。

そこで国王ドレフは、真相の調査をアルウェン一行に託したのだった。


アクア・マ・ダラーオスまでの距離はライドレアス王国から1週間程で辿り着く位置にある。


「おーい! アルウェン!」

山道を歩いていたアルウェンたちの背後から、若い男の声が響いた。


振り返ると、荷馬車を操るひとりの男が手を振っている。

黒髪の短髪に、無精ひげを生やした中肉中背の男――アールスだった。


アールスとは同じ村の出で、小さい頃からの幼馴染である。


「おっ、アールスじゃないか! 元気そうだな!」

「ははっ、まさかこんな場所でお前に会うとは思わなかったぜ!」


アールスが笑いながら、荷馬車から軽々と飛び降りると、土煙がふわりと舞い上がった。

 

「アールスじゃない!」

リリシアが目を丸くして声を上げた。


アールスは慌てて会釈し、営業スマイルを浮かべる。

「リリシア様、我が商店をいつもご利用いただきありがとうございます! 本当に感謝しております!」


「ふふっ、相変わらずね」

リリシアは苦笑しながらも、アールスと軽く握手を交わした。


「リリシアもアールスと知り合いなのか?」

アルウェンが少し驚いたように眉を上げる。


「そうよ! アールスには依頼して、いろんな国から魔法具を調達してもらってるの!」

リリシアは胸を張って答えた。


アルウェンは目を瞬かせ、苦笑を浮かべる。

リリシアとアールスが知り合いなのは少し驚きだった。


「大盾使いのガロム! 神速の弓使いアルテミシア! 大聖女ルルミア! 皆さんのお名前は、いつも噂で耳にしております!」

アールスが興奮気味に言った。


「どうもー……」

アルテミシアは片手を上げ、眠たそうな声で短く返した。


「アルウェン、そろそろ日も暮れる。ここらで一晩休んでいかないか?」

アールスの提案に、アルウェンは周囲を見渡しながら頷く。


「そうだな。ここなら風も穏やかだ。……みんなもいいか?」

その声に、リリシアたちはうなずき、荷を降ろし始める。


山道の脇に小さな焚き火が灯り、オレンジ色の光が仲間たちの顔を照らす。

柔らかな夜風が草を揺らし、静かな山の夕暮れを包み込んでいった。

 

「そうだ!皆さん前に寄った街でいい酒を手に入れたので呑みましょうよ!」アールスが立ち上がり荷馬車の方へと向かうと、手に2本の酒瓶を持ち自慢げな顔で帰ってくる。

「それは……ザイドの酒じゃないかー!?」アールスが手に持った酒瓶を見るやいなや、ガロムは興奮しているのかいつもよりも大きな声を出し、血管が浮き出ている鍛え上げられた腕を天に掲げガッツポーズをしていた。


「いやー!流石ガロムの旦那!お目が高い!」アールスが拍手をし、それに合わせてガロムがガハハと笑い始める、その姿が面白かったのかルルミアがクスクスと笑い、ガロムたちの方へと歩いていった。


「ガロムの旦那、聞いて驚かないでくださいよー!なんとこのザイドの酒は一般流通している物とは違って、王族や貴族の間でしか取引されていない、プレミア版なんですよ!」

「なんだとー!!!!!」ガロムが大声を出すと地がかすかに揺れ、木の上で眠っていた鳥たちが一斉に羽ばたき出していった。


「さあ!飲みましょうよ!ガロムの旦那!ささ!ルルミアさんも!」そう言って3人は談笑に浸りながら酒を交わし親睦を深めていった。


「あの二人、お似合いよね」

リリシアが小さく笑いながら呟いた。焚き火の灯が彼女の頬を淡く照らす。

小さな両手でカップを包み、ふうふうと息を吹きかけてミルクを冷ましている姿は、どこか子猫のようだった。


「そうだな。俺もそう思う。もしかすると、もう付き合ってたりしてな」

アルウェンが冗談めかして言うと、リリシアはピタリと手を止め、コップを顔の前まで上げたまま視線を泳がせる。



「そのアルウェンは誰か、気になる人とか……いないの?」リリシアの声が少し上ずる。


「うーん……」

アルウェンは数秒考え込み、首をひねる。

「特には、いないな」


その言葉に、リリシアは「そう……なんだ」と小さく呟く。

カップの中のミルクを見つめたまま、少し寂しそうに、けれどどこかホッとしたように微笑んだ。


「それでアルウェンたちは何処に行く気なんだー?」かなりの量を飲んだのだろうか、顔を真っ赤にし目尻がだらんと下がったアールスが問いかけてくる。


「国王様からの依頼で俺たちアクア・マ・ダラーオスに向かってるところなんだ!」

「アクア・マ・ダラーオスだって!?そいつは奇遇だな!俺もちょっと商売仲間との商談で向かってる真っ最中なんだよな!ただな……」アールスが困った顔をしながら頭をポリポリとかきはじめる。


「それがよ、数日前からぽっくりその商談の約束をしてた仲間と連絡が取れなくなっちまってな……結構真面目なやつだから飛んだり、約束をはぐらかしたりする奴ではないんだよ、だから何かあったんじゃないかとも思ってな、うーん……」アールスはそう言うと木製のジョッキにザイドの酒を注ぎゴクゴクと飲み始める。


「俺たちもアクア・マ・ダラーオス王国と連絡が途切れてしまって、それでこうして出向いてるわけなんだ」


「おいおい、嘘だろ!?国同士の連絡が途絶えるってただ事じゃねぇな……とりあえず目的地は一緒だしどうだ、荷馬車だけど良かったら乗って行くか?」


「それは助かるよ!」それから日が昇りアールスと共にアクア・マ・ダラーオス目指して進み始めた、荷馬車にガロムが乗れるか不安ではあったが、意外と中は大きくそんな心配は無用であった。


「…………」

ただ静寂だけが流れていた。


水の国――アクア・マ・ダラーオス。

その名の通り、水に恵まれた美しき王国だ。


国中を透き通った川が縦横に流れ、家々の前には木製の小舟が並ぶ。人々は水獣カイローンに舟を曳かせ、川を道代わりに暮らしている。


街の中央では、竜を象った巨大な噴水が水を吐き、陽光を受けて虹を生んでいた。

また、魔法によって形作られた水のドラゴン像が、まるで生きているかのようにゆっくりと宙を泳ぐ。


薔薇の楽園では、水でできた蝶が舞い、その羽からこぼれる雫を薔薇が吸い上げる――。

それはまるで、ひとつの生態系そのもののようだった。


ここに足を踏み入れた者は誰もが思っていた。

「まるで別世界の中に迷い込んだようだ」と。

 

アルウェンも私用で何度かこの水の国を訪れたことがあるが。

来るたびに、その美しさに心を奪われていた。


とりわけ印象に残っているのは、メイン通りから少し外れた小道の先――。

長い階段を登った先にある、高台の塔だった。


そこから見える景色は、まさに絶景で国全体が光に包まれ、水面が宝石のようにきらめいていた。


その光景を眺めていると、不思議と胸の中の重さが消えていき、嫌なことも、悩み事も、すべて忘れさせてくれる――

そんな不思議な力を持った場所だった。


「ねぇ……アルウェン……」

沈黙を破ったのは、リリシアだった。


「……何かの冗談でしょ? ここが水の国なわけ……ないじゃない!」

声が震えている。けれど、必死に強がっているのが分かる。

リリシアは自分の背丈ほどある杖を抱きしめ、眉を寄せた。


皆もそれぞれに言葉を失っていた。


アールスは頭を抱えてうずくまり、

ルルミアはその場に崩れ落ちる。

ガロムはそんな彼女の背に、そっと大きな手を置いた。

アルテミシアは腕を組み、険しい表情のまま黙り込んでいる。


――無理もなかった。


あれほど美しかった水の国、アクア・マ・ダラーオス。

その場所には今、巨大なクレーターが口を開けていた。


人々も、動物も、薔薇の楽園も、

そしてアルウェンが“お気に入りの場所”と呼んでいたあの塔さえも。

すべてが、跡形もなく消えていた。


まるで、最初からその国が存在しなかったかのように――。

 

  

先程まで頭を抱えていたアールスがガバッと立ち上がると、とある方向に向かって指を指す。


「なぁ……アルウェン……空を見ろよ……」

アールスの震える指先を追うように、アルウェンが顔を上げた。


――そこにあるはずの黒い球体が、消えていた。


「……嘘だろ……?」

アルウェンの声が低く漏れる。

それは驚きでも、恐怖でもない。

胸の奥底から湧き上がる“嫌な予感”が、彼の言葉をかすかに震わせていた。

 

慣れというものは本当に恐ろしい、初めこそ非現実的な存在が突如現れたりすれば、人々は慌てふためき騒ぎ立てる、だがその非現実的な存在が日常に溶け込んでいくにつれて、人々の関心や興味はなくなり、まるでその非現実的存在を現実的日常に取り入れてしまうのだから。


「うっ……!」

 突然、鋭い痛みが頭を貫いた。

  

アルウェンは思わず地に膝をつき、頭を抱える。

視界が歪み、鼓動の音が耳の奥で反響する。


――“世界が終わってしまう……お願い……彼らを止めて……”


脳裏に、女性の声が響いた。

その声は、まるで母が子に語りかけるような、優しくも切ない響きをしていた。


「クッ……誰だ……!」

額から汗が流れ落ちる。


「アルウェン!? ちょっと、どうしたの!」

 リリシアが駆け寄り、肩を支える。

「ねえ! ルルミア! アルウェンの様子が変なの!」

 

痛みがさらに強まり、意識が削られていく中で――再び声がした。


――“三魔神の復活が近いわ……気をつけて……”


その瞬間、頭の奥で何かが弾けるような衝撃が走った。

耐えきれず、アルウェンは地面に倒れ込む。

指先の感覚が遠のき、息が詰まる。


「アルウェン!? アルウェン! しっかりして!」

リリシアの悲鳴が、揺らぐ意識の中にかすかに届く。すると聞き覚えのある声が聞こえてくる。


「穏やかな火よ――痛みを焼き払い、安らぎを」

 ルルミアが両手の平をアルウェンに向かって出しヒールを唱え始める、するとルルミアの手が淡く発光しアルウェンを優しい光が包みこんでいく。


先程まで眉間にしわを寄せて苦しそうにしていたアルウェンの表情が和らいでいき、穏やかな表情へと変わっていった。




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