第4話 鍛冶屋の老人と新たな依頼

 翌朝。

 まばらな光が宿の薄汚れた窓から差し込み、俺はむっくりと目を覚ました。まだ体のあちこちが鈍く痛むが、それでも昨日よりはずいぶんマシだ。

 隣の部屋に泊まっていたフローラと合流し、簡素な朝食を済ませたあと、俺たちはギルドに向かうことにした。


「昨夜はよく眠れましたか?」

「まあな。疲れすぎて逆に爆睡って感じだ」


 宿の食堂から通りに出ると、街はすでに活気づいている。行商人の呼び声や鍛冶屋が槌を振るう音、さまざまな雑踏が重なってにぎやかだ。

 俺はまだしっかり確認できていない“武器進化”のことをぼんやり考えていた。昨日の戦闘では確かにあの剣が進化したような感覚があった。

 でも、あれが一時的な現象なのか、本格的な力として扱えるのかはまるで未知数だ。


「ねえ、レイさん。今日はどうします? また森のクエストを受けるんですか?」

「どうだろう……森はしばらくあのマリオネットバグのクエストばかりだろうし、さすがに同じ相手だと収穫も少なそうだ。何か別の依頼を探してみよう」


 フローラも昨夜のうちにショートソードを軽く研いでいたようだが、やはりボロ剣には変わりない。俺の剣も見た目こそ少しマシになったが、根本的には古びたままだ。

 金が十分にあれば新しい装備を買うことも考えられるが、昨日の報酬だけではそこまで余裕はない。


「……まずは、ギルドで掲示板をチェックしよう。何か良さげな依頼が見つかるかも」

「はい!」


 そう言ってギルドの扉を開くと、朝早い時間にしては既に人が多かった。受付カウンターの前には数人の冒険者が並んでいるし、掲示板の周りでも小競り合いが起きている。


「どんなクエストがあるんだろう……」


 俺とフローラは人波を縫って、掲示板へと近づく。目ぼしい依頼を探していると――


「……おや、レイくんにフローラさん。今日も早いわね」


 受付のシェリルさんが声をかけてきた。彼女の手には何やら書類の束が抱えられている。


「おはようございます。何かオススメの依頼とかってありますか?」

「うーん、最近はモンスター被害が増えてるんだけど、どれもそれなりに危険なのよね。あ、それなら……」


 シェリルさんはパラパラと書類をめくり、一枚の紙を取り出す。


「町外れの廃坑で小鬼系モンスターが暴れているという報告があってね。そこそこ危険度はあるけど、成功すれば金貨の報酬が出るし、素材が手に入れば二次収入も見込めるわ」

「廃坑……」


 古い鉱山には魔物が巣食いやすいと聞く。狭い通路を進むのは神経を使うし、トラップが残っている可能性もある。

 だけど、金貨報酬は魅力的だ。銀貨十枚なんて比じゃない額を得られるかもしれない。


「どうする、フローラ? ちょっとリスキーだけど、やってみる価値はあるかもしれない」

「私は構いません。でも、装備をどうにかしないと……」


 彼女がちらりと自分のショートソードを見下ろす。たしかにこのままの装備で潜むモンスターと戦うのは不安がある。

 そして何より俺の“ゴミ剣”も、まだ本当に進化するのかどうか安定しない。

 昨日みたいに都合よく力が湧いてくればいいが、頼りきるのは危険だ。


「……うーん、一度どこかで装備を見てもらう必要はありそうだよな」

「そうですね。できれば鍛冶屋さんに相談してみたいです」


 俺たちはシェリルさんに一旦そのクエストを仮予約してもらい、街の鍛冶屋へ行くことにした。

 ちょうどギルドから大通りをまっすぐ進んだ先に、数軒の武器屋や鍛冶工房が軒を連ねている地区がある。

 ただ、俺やフローラの財布事情を考えると、高級店なんて到底無理だ。修理か中古品の売買がせいぜいだろう。


「そういえば、あの辺りに腕のいい老職人がいるって噂を聞いたことがあるんだけど……」


 思い出したように呟き、俺はフローラと一緒に道を進む。

 賑やかな店先を横目に見ながら、さらに先に進むと、やや人気が薄くなる場所に出た。

 そこに一軒だけ、煤けた看板を掲げた小さな鍛冶工房があるのを見つける。扉は古びていて、まるで放置されているかのようだ。


「ここかな……? 確か名前は……」


 看板に書かれた文字はかすれていて判読が難しい。しかし、うっすらと“オズベルト工房”と書いてある気がする。

 俺が意を決して扉を押すと、きしむ音とともに中の薄暗い空間が広がった。煤臭い空気が鼻を突く。


「すみませーん……」


 声をかけると、奥から厳つい顔の男がゆっくりと現れた。四十代くらいだろうか、片目に古傷があり、鋼のような腕をしている。いかにも職人といった雰囲気だ。

 彼は俺たちをひと睨みし、ぶっきらぼうな声を出す。


「……客か? 若いのが珍しいな。武器ならあっちに適当に並べてある」

「あ、えっと、すみません。俺たちの装備を見てもらいたいんです。修理が可能かどうか……」


 そう言って俺のボロ剣と、フローラのショートソードを差し出す。

 男――多分この工房のオズベルトさんだろう――は、文句を言いながらも手際よく武器を受け取った。


「ほう、随分と使い込まれてるな。こっちのは……なるほど。ガキが振るには悪くないバランスだが、刃こぼれが酷いな」

「やっぱり、もうダメでしょうか……?」


 フローラが心配そうに尋ねると、オズベルトは軽く鼻を鳴らす。


「ボロいはボロいが、磨けばそれなりに使えるかもしれん。ただ、コイツをまともに研ぐとなると費用がかさむぞ」

「うっ……」


 フローラも俺も、これ以上大金を使うのは厳しいのが正直なところだ。

 オズベルトは次に俺の剣を手に取り、じっと観察し始めた。すると、何か気づいたように目を細める。


「……ん? この剣……妙に歪んでいるが、それでいて不思議な気配があるな」

「気配?」


 俺が聞き返すと、オズベルトは少しだけ表情を変えた。


「素材や作りは間違いなく安物。だが……刃を傷めているはずの部分が、なぜか独特の光沢を帯びてる。どういった使い方をすればこうなる?」

「それは……実は俺もよく分かってないんです」


 正直に答えるしかない。するとオズベルトは興味深そうに口元を曲げ、一層念入りに刃を検分した。

 そして、ポツリとつぶやく。


「まあ、もしかすると“宿って”るんだろうな」

「宿ってる……?」

「魂、あるいは魔力、あるいは何か別の力だ。普通の冒険者には到底辿り着けないような、“相棒”としての側面があるってことかもしれん。俺も詳しくは知らんがな」


 まるで暗号めいた言い方だが、俺もフローラもドキッとした。これが“武器進化”の片鱗ってことなのか?

 オズベルトは興味を失っていないようで、やがて俺に向かって言葉を続ける。


「まぁ、研ぎ直しや補強自体は可能だ。だが、お前さんが言うように金がないなら、最低限の修理しかしてやれんぞ」

「そ、それでもいいのでお願いします。安くできる範囲で……」


 フローラもすぐさま彼に頼み込む。どの道、まともに戦うにはメンテナンスが必要だ。

 オズベルトは渋い顔をしながら「仕方ねえ」と呟き、二本の剣を奥へ持っていった。


「明日の朝だ。その頃には終わってる。詳しい料金は後で決めるが、まあ出来るだけ勉強してやるよ」

「ありがとうございます!」


 こうして、俺たちは剣の修理をオズベルトに託すことになった。

 工房を出る頃には、すでに日が高い。シェリルさんに紹介された廃坑のクエストを受けるなら、今日の出発は厳しそうだな。

 フローラも俺に近づいて、遠慮がちに言葉をかける。


「レイさん、費用、大丈夫ですか? 私も少しは出しますから……」

「いや、昨日の報酬があるから大丈夫……ってほどでもないけど、ここは二人で折半しよう。せっかく鍛冶屋で修理してもらえるんだし、お互い必要経費ってことで」

「そう、ですね。それじゃお願いします」


 フローラはちょっとだけ安堵した様子で微笑んだ。俺たちの財布事情は似たり寄ったり。協力しなきゃやっていけない。


「これで剣が少しでもマシになれば、廃坑のクエストに挑んでもなんとかなるかもしれないな」

「はい。あとは……レイさんの剣の“秘密”も、もうちょっと解明できるといいんですけど」


 確かにな。オズベルトが言っていた“宿っている”という表現がずっと頭から離れない。

 進化するような感触があるこの剣は、一体何者なんだろう。俺が追放されるまでずっと安物の武器だと思っていたのに。

 あのときガルドンに散々バカにされたのを思い出すと、なんとしても証明したい気持ちがわいてくる。


 ――この剣はただのゴミ装備なんかじゃない。俺と一緒に限界を突破できる、そんな可能性を秘めてるはずだ。


「……まあ、焦っても仕方ない。今日は剣の修理が終わるのを待って、明日から動き出そう。フローラもそれでいい?」

「もちろん。私ももう少し体を休めておきます。廃坑にはたぶんゴブリンやコボルドみたいな小鬼系がいるから、いつ乱戦になるかわからないし」


 昨日の激戦から、まだ回復しきれてない体にはちょうどいい休息かもしれない。

 装備を整え、新たなクエストへ――。

 それが、底辺からの脱出の第一歩になるはずだ。


 気づけば、あの大通りに立つ武器屋群の騒音がまた遠ざかっていた。俺たちは鍛冶屋からの帰り道を歩きながら、曇り空を見上げる。

 俺はフローラと並んで宿への道を踏みしめた。

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