才能サブスクマスター〜チートアプリで理想の人生〜

卯月 幾哉

序:インストール

「今なら、この動画と音楽の配信サービスがセットで、更にお安くなります!」

「……え、ホントですか?」


 大学生になって一人暮らしを始めた才賀寧人ねいとは、いくつかのサブスクリプション――定期購入サービスを利用していた。


 入学当初は節約を心がけていたのだが、携帯電話会社の抱き合わせプランを熱心に売り込まれ、押し負ける形で契約を結んだ。後で個別に契約するよりは良いだろう、と思ってのことだ。

 しかし、いざふたを開けてみれば、学生割引もコミで月々の支払い額は一万円近くに上った。悔やんだところで後の祭り。寧人は泣く泣くアルバイトを増やすことになった。


 結局、楽しみにしていた動画配信サービスを視聴することはあまりできなかった。学業やバイトで忙しかったせいだ。



    †



「才賀君、おはよう」

「お、おはよう。外葉そとはさん」


 大学の講義室にて。

 わざわざ朝の挨拶あいさつをくれたのは、同じ電気電子工学科の女子学生、外葉美麗みれいだ。社交辞令だとわかってはいるが、美人に話しかけられると舞い上がってしまう程度には、寧人は女性に不慣れだった。


 年齢=彼女いない歴である寧人は、叶わぬ望みと知りながらも夢想する。


(……あんな美人が彼女だったらなぁ)


 そうすれば、きっと薔薇ばら色の大学生活を送れるだろう。

 ついつい美麗を目で追う寧人は、彼女が他の男子と長く談笑していると、ドス黒い嫉妬しっとの炎を燃え上がらせる。

 今回、その嫉妬の対象となった男子の名は、天堂すぐる。文武両道でイケメン。寧人のようなモテない男子にうらまれるために生まれてきたような男だ。


 ……何を話しているんだろうか? やけに楽しそうだ。


 天堂は話も上手いのか、美麗はころころとよく笑い、あまつさえ親しげに天堂の肩を叩いていた。それをの当たりにして、寧人の心中の黒い炎はいっそう激しく燃え上がった。


 ――イケメン、死すべし。


(……もしこの世が呪いで人を殺せる世界だったら、俺は真っ先にあいつを殺すだろうな)


 寧人はそんな黒い妄想もうそうをしつつ、一刻も早く教員が来て、二人の会話が中断されることを願った。



    ††



「今日もつっかれたー……」


 そんなある日の二十三時ごろ。

 アパートの自室に帰宅した寧人は、シャワーも浴びずにベッドの上に倒れ込んだ。居酒屋でのアルバイトに慣れてきた頃だったが、この日は団体の予約がいくつか入っており、ホールスタッフの寧人はてんてこ舞いだった。


「生きていくのって大変なんだなぁ……」


 一人暮らしを始めた結果、一人言が増えた寧人である。

 いまだ完全に自立したとは言えないが、身一つで働いてお金を得ることの苦労を身にみて味わっているところだ。


「なーんか、もっとラクして上手くやれる方法ねぇかなぁ……」


 根が怠惰たいだな寧人はそんなことをボヤきながら、ぼーっとスマートフォンでインターネットをブラウズする。


(――そうだ。あのAIにいてみるか)


 それを思いついたのは、寧人が無料で読める漫画を読み終えたときだった。


 〈ABYSSアビス AI〉――いつからかインターネットに出現した怪しげなサイト。どの検索エンジンでも見つからないが、URLを直接入力することでアクセスできる。

 昨今話題の生成AIとやらがベースのサービスらしいが、寧人はそれがどういったものか詳しくは知らなかった。


 サイトの見た目は、全体的に黒っぽい画面に、プロンプト入力欄があるだけのシンプルなものだ。

 プロンプトは英語でも入力できるが、日本語にも対応している。英語が不得意な寧人は、深く考えずに日本語で入力することにした。


 さて、何を訊こうか。


『私は日本の大学生です。簡単にお金を稼ぐ方法か、女の子にモテモテになるための良い方法はありませんか?』


 何度か試行錯誤を繰り返した後、最終的に寧人が完成させたプロンプトはこのようなものだった。


 AIはいくつかの案を回答として返してきた。

 アルバイトや自己啓発といったありきたりな内容もあったが、その中に紛れ込んでいた一つの回答に寧人の目が止まった。


『才能レンタルシェアサービス。個人間で才能を貸し借りできるプラットフォームサービスです。不要な才能を貸し出し、女の子にモテるための才能をレンタルすることができます』


(なんだよ、そのサービス。AIの捏造ねつぞうじゃねぇのか)


 寧人の第一印象はこうだった。

 人と人の間で才能を貸し借りするなんて、常識的に考えて実現不可能だと思った。


 AIの回答には引用元として当該サービスのURLが添えられていた。寧人は、そんなサービスなんかあるはずがないと思いながらも、冷やかし気分でURLをクリックした。


『サブスクリプション式・才能共有サービス「サガツク」』


 モノクロのシンプルなホームページだった。

 ロゴすらなかったが、ホームページの名称は確かにAIの回答に沿っているようだった。


「――え、これだけ?」


 よく見ると、スマートフォン用のアプリをダウンロードするための小さめのテキストだけのリンクがある。しかし、それ以外には何のコンテンツもないウェブサイトだった。


 気になった寧人はテキストリンクをクリックした。すると、画面はアプリストアに遷移する。


『サブスクリプション式・才能共有サービス「サガツク」――不要な才能を貸し出し、ポイントを稼いで必要な才能をレンタルしよう! 思い通りの人生をあなたの手に』


 何の説明もなかったホームページとは打って変わって、そんなきらびやかなうたい文句が並んでいた。


 ダウンロード数は一万以上。人気アプリには及ばないが、決して小さくはない数字だ。

 レビューの点数は4.2。なかなかの高評価だ。

 レビューのコメントとしては、次のような言葉が並んでいた。


『このアプリのおかげで、諦めていた夢が叶いました』

『まさか自分にこんな才能があったなんて……。貸し出そうかと思いましたが、せっかくなので自分でチャレンジしてみました。――おかげで、新たな道が開けました!』

『原理はよくわかりませんが、便利で愛用しています。もう、これ無しでは生きていけません』

『人気のある才能はポイントが高いのが難点ですが、公平だとは思います』


(……マジかよ)


 それまでサービス内容に懐疑的だった寧人だが、レビューの内容を見たことですっかり気持ちが変わった。なぜ今まで自分は、こんな良さそうなアプリの存在を知らなかったのだろうか。


 その後、寧人は明確に自分の意思で以って、アプリを自身のスマートフォンにインストールした。

 それが全ての始まりだった。

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