「一緒に本物さがそうよ」
和佳奈 届いた手紙(8-1)
――午前9時58分。
高校に合格したときにお父さんが買ってくれたノートパソコンを開いて、私は食い入るように画面を見つめている。
朝ご飯を食べてる時から横根家の3人は完全に上の空で、いつも以上に何を話したのか覚えていない。
お父さんが「今日は休もうかな~」なんて言ってたけど、お母さんから「幸宏さん(これはお父さんの名前だ)がいても仕方ないし和佳奈のプレッシャーになるだけでしょ?」ってダメ出しされて渋々仕事に行った。
そのお母さんも普通に仕事に行ってるから、今この家にいるのは私ひとりだけ。
時計の針が、刻々と発表時刻に近づいている。手のひらににじんだ汗が冷たい存在感を主張している。さっきからちびちびと朝に入れたお茶を飲んでるけど、喉の渇きが全然なくならない。
それより何より、左胸の下でリズムを刻んでいる心臓がうるさすぎるくらいにカウントダウンを続けている。
あと1分、あと30秒、あと10秒……。
だけどあっけなく、その時はきた。手元にある受験票と画面に映し出された番号を、何度も何度も見返す。あとでお母さんたちにも確認してもらおうと思って、画面を写真に撮った。
――私は、春から、この町を出て……。
もう何回か画面を見直して、本当に本当に間違いがないことを確認する。嬉しさはじわじわと心の中に広がってきてるけど、爆発まではしていない。きっともっと後になるだろう。
お母さんとお父さんに、「合格してたよ」って簡単なメッセージを送った。二人ともきっと喜んでくれるだろう。
良かった。だけど、ここは……。
心の中にふいっとよぎった影から、私は目をそらす。あ、郵便屋さんだ。窓の外から聞こえてきた原付の音を理由にして、私は立ち上がる。ごとん、と、ポストに何かが入れられた音がした。ちゃんと回収しとこう、お母さんによく褒められるくらい、私は気がつく方だからね。
サンダルを履いて玄関から外に出る。少し霞がかかった空は少しだけ暖かさが混じっていて、穏やかな風が私のそばを優しく通りすぎていった。
山あいの小さな町の、さらに中心部から離れた小さな住宅地にも、春は少しずつ近づいてきてるみたいだ。ポストの中には、封筒が一通。書類とかが入ってる大きいサイズので、宛名は私だった。
横根和佳奈様。その文字がまったりした喜びの中にいた私の心拍数を、一気に上げる。
横根和佳奈様――見間違いようがない。これは、桃花の字だ。
きびすを返した私は家に駆け込んで、玄関先に置いてあるはさみを手に取った。何だろう、どうしてだろう。中に入っている物は傷つけないようにって慎重にはさみを入れながら、さっきとは違う動悸が私を急かしていた。
封筒の中に入っていた物。一つはどこかで予想してたもので、もう一つは予想外だった。
一冊のノートと、メッセージカード。私は折りたたまれていたカードを開く。
四隅に春の花が小さくあしらわれたカードには、緑色の文字で、短いメッセージが添えられていた。
嘘ついてて、ごめんね
本当は、ずっと和佳奈のことが好きでした
嘘、嘘でしょう……? こんなのって……。いつから? どうして……? でもだったら、何であの時……?
押さえ込んでいた桃花への思いが、びっくり箱を開けたみたいにぼろぼろと飛び出してくる。断片的で、自分でもどうしたらいいか分からない感情に私の心は押し流されていく。
――ノート、見なきゃ。
メッセージカードから無理やり視線を外して、私はノートを手に取る。
”Our memories” 表紙にそう書かれたノートは、あの日に桃花が持ち去って、そして今私の所に戻ってきたのだった。
ぱらぱらとページをめくる。そこに書かれていたのは、忘れようもない、桃花と二人で紡いだニセモノの思い出たちだった。そして――。
もうその先は、考えるよりも先に体が動いていた。部屋に戻ってショルダーバッグに最低限の…… 財布とスマホと定期入れと家の鍵とメッセージカードとペンケースを突っ込んで、春休みの高校生が外出する最低限の服に着替えて(上からコートを着るからちょっとくらいならごまかせるはずだ)、ノートはバッグに入らないから手に持って、そうして家を飛び出した。
1時間に1本の電車には、間に合いそうだ。今日の私は、ちょっとついてるらしい。
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