和佳奈と桃花 受験前の最後の日々(7-5)
「……和佳奈?」
「何?」
ふたりの疑問符がぶつかり合った。私の心が、この教室の温度くらいまでしんと冷えていくのがはっきりと分かる。
「……どっち?」
「キス」
「ウソでしょ?」
「嘘じゃない」
短く放たれた私の答えが、桃花の戸惑いから逃げ場を奪う。
「だって……。でも……」
「分かってる。これは湯川さんと桃に頼まれた演技で、私たちの関係はお芝居で、全部ニセモノ。そうでしょ?」
「そう……、なんだけど……。和佳奈、何か怒ってる?」
「別に、怒ってないよ?」
普段と全然違う私の態度に、桃花は混乱してるみたいだった。自分では冷静に話してるつもりだったけど、やっぱり顔には出ちゃってたらしい。
桃花が耐えきれないって感じで私から目をそらした。
「何か、無理してる気がする」
「そうかな? 自分じゃよく分かんないけど」
「そうだよ。全然いつもの和佳奈と違うし。ウソとかニセモノとか、いつも言わないコト言うし。……キスとかだって」
自分で言ったコトと私が返した答えに挟まれて、桃花が動揺してる。私がねじ曲げて伝えた草越君の言葉がそうさせてるんだって思うと、ちくりと胸が痛んだ。
「――キスとか、だって?」
桃花の言葉を、私がくり返す。桃花が視線を上げて、無理矢理作ったみたいな笑みを浮かべた。
「和佳奈に変なコト頼んで、色々付き合ってくれて、感謝してるんだよ? だけどさ」
「うん」
「別にそこまでして付き合ってくれなくてもいいっていうか、私のわがままに合わせてそんなにしたら悪いし……」
「……」
「……」
「……」
「……だって和佳奈、嫌じゃないの?」
「嫌じゃない」
短い沈黙の後、不安げに発せられた問いかけに、私は静かに首を振った。それから右手で、カーテンをいじっていた桃花の左手を捕まえた。
一瞬、桃花の指先が跳ね上がる。だけど桃花は私の手を振り払ったりはしなかった。
「和佳奈……。ホントに? 本当に私でいいの?」
「……いいよ。だって、湯川さんに協力するんでしょ?」
一瞬、傷ついたみたいに息をのんで、それから桃花が視線を床に落とした。
バカ。最低。
私の方が桃花を好きになって、草越君のコトばっかりな桃花に嫉妬して、言葉尻をとらえるみたいに桃花を追い詰めて、最後は湯川さんに責任かぶせるみたいな言い方して……。
冷たい自己嫌悪が心からあふれ出しそうになってるのに、頬が火照って、心臓がうるさいくらいに自己主張しているのに気付いた。
はいはい、冗談はここまで、とか
ちょっとやりすぎちゃったねー、とか
そろそろ帰らなきゃ、とか。
この場の空気は、今ならまだ簡単に変えられる。
分かってるのに、私はそれを口にできなかったし、桃花もそれをしなかった。
だって、止めて欲しいけど、自分じゃ止めたくないんだもん……。
「――和佳奈から、して」
乱高下する感情にかき乱されてる私の心に、ささやくような桃花の言葉がすべり込んできた。
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