和佳奈と桃花 12月(5-4)


 何気ない日常の、何気ないお昼休み。愛華や美月との、何気ない会話。いつものお昼休み。

 放送部が担当する、結高ゆいこうなんとか――番組名は忘れてしまったけど、聞き慣れない英語のタイトルだった――っていう短い校内放送の番組。


 リクエストに合わせて曲をかけるとか、トークをやってみたりとか、そうそう、軽音部のバンドの曲をかけるとか、いかにも放送部っぽい感じだったっけ。

 そういう放送はお昼休みのBGMみたいなもので、頭の片隅で聞くともなしに聞いている、そんな時間だった。


 だけど、あの時は。

 「放送部制作の、ボイスドラマです」って前置きもなしに始まったそれに、いつもの放送部の軽いノリとは違うひどく真面目な口調に、思わず引き込まれていたのだった。


「かっこいい、か……」

「さっきも言ったけど、全部は覚えてないんだ。だけど……、うん。その時に思ったコトはちゃんと覚えてる」


 そう、あの緊張感を帯びた始まりの合図。

 あ、露切さんだ――教室で耳にする快活な声とは全然違う雰囲気は、美月の声も、愛華の声も飛び越えて私の耳に飛び込んできたのだった。


「あの時、部室でお弁当食べてて、愛華と美月とおしゃべりしてたんだけどね。私、引き込まれて箸が止まっちゃってたんだ」

「そっか……」

「一応、確認なんだけど。ていうか外れだったら恥ずかしいんだけど」

「うん」

「あれって、桃が一人で全員の声をやってたんだよね? 確か4-5人はいたよね?」



 短いおとぎ話みたいなストーリーだった。

 自分は何もできないし、何者にもなれない。これから何をしていいかも分からない。そんな思いに苦しむ主人公が、山を歩き谷を渡り川を越えて ”どこか” を目指す。そこで出会った人たちからの言葉で、思い込んでいたのとは違う自分の姿を知らされる…… そんなお話だったっけ。


 「私には、何もない」「あの日、全てを失ったんです」主人公の、自分が暗くみじめで救いのない存在だっていう叫びにも似た言葉。

 「苦しさの先にある喜び、それとは違いますか?」「本当に何もない人間からは、そんな言葉は出ねえから」 出会った人たちの、時に優しく、時に怒りに満ちた言葉。

 そして最後の――進もう、もう少しだけ――静かな決意に満ちた言葉。


 その時、私の目の前には、薄暗いステージに独りたたずむ桃花の姿があった。

 たった15分の、魔法の時間。荒れ地を這うように進む桃花。言葉にならない何かを背負い、それでも前を向く桃花。そして、それを観客席から固唾をのんで見守る私の姿も……。



「当たりだよ。難しいし全然自信なかったけど、私が全部やった」

「同じコト言ったかもしれないけど、すごいねえ。ホントにすごかったよ。私、桃が舞台? みたいな所に独りで立ってて、それを見てるみたいに思っちゃったもん。だから……」


 私は開いていたノートを引き寄せると、桃花の青文字の隣に書き込んだ。


 放送劇――これは本当にあった出来事の、黒文字で。

 桃の声と言葉に感動。かっこよかった!――こっちは私の心の声だから、青文字で。


 隣の桃花に、どやあって感じでそれを見せる。「褒めすぎじゃない?」 桃花はそう言ってぷいっと横を向いてしまったけど、その瞳はちょっとだけ潤んで見えた。


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