和佳奈と乃愛(4-2)


 大丈夫……、大丈夫なんですかねえ……?


 まるで他人事みたいに思わず口にしてしまって、いやいや聞かれてるの私だからって自分で突っ込みを入れる。桃花がいないとやりづらいなあ。


 今、3年4組の教室には、私ひとりで勉強してた時とも、桃花とふたりでわいわいやってた時とも違う雰囲気が満ちている。どこか居心地の悪さを感じてる私と乃愛を、しんと冷えた空気が見守っている気がする。


 ――私を、特別だと思ってよ。


 不意に、桃花が私に告げた言葉を思い出していた。この教室の中だけでいい、他には何もしなくていい、それでも二人で重ねてきた、ウソだけの短い日々のことを。


「あのさ、湯川さん」

「は、はい……」


 言葉は、自分で思ってたよりも優しく口をついていた。


「私の友達が前に言ってたんだけど、受験前になると恋人を作りたくなる子がけっこういるんだって。何ていうかな……、恋人! とにかく恋人作らなきゃ! って焦って、そういう子は1年の時も、2年の時も考えてなかった様な相手と付き合うことになったりするんだって」


 まあそのほとんどは卒業で別れるらしいんですけど。私は美月から聞いた意外に厳しい現実も思い出していた。


「それは、何となく分かります。けど……」

「そうだよね。桃花と私の組み合わせじゃ、まあおかしいって思うんだけどさ。でも何百人もいる3年生の中で一人や二人くらい、そういう『普通じゃない』がいてもアリじゃん? 最近、そんな風に思うんだ」


 草越君の目を桃花から逸らさせるための、ただのウソ。本当はそれだけのことなんだけど、桃花とのことが全部作りごとだって言いきるのには抵抗を感じてしまう気持ちに、自分でも戸惑う。


 まあ……、ね。3年まで桃花とちゃんとお話できなかったコト、ちょっともったいなかったな……。なんて。


「私、最初すごくびっくりしたんです」

「ここに桃花と一緒に来た時? だよね~。目が泳いでたもん」

「私に恋人がいればいいんでしょ?考えがあるから任せてって連れて来られて、そんな都合のいいお芝居に付き合ってくれる男子なんているかなーって思いながらドアを開けたら、女の子……、あ、いや女の先輩だったんですよ! 驚きますって!」


 あの時の空気を思い出したんだろう。話ながらテンションが上がっていく湯川さんの言葉の中に、ちょっとだけ素の彼女が見えた気がした。

 桃花は、湯川さんにとってどんな先輩だったのかな……? 信頼してた? でも自分の好きな草越君が桃花のコトを好きで、不安になったりやきもち焼いたりした? 桃はそんな湯川さんを見て、どう思ってた……?


「私も、湯川さんと同じくらい驚いたよ」

「でも横根先輩、何ていうか意外にあっさり引き受けてくれましたよね。それにも正直驚いたんですけど」

「あはは、あれは『意味分かんないんですけど、まあいいですけど』って感じだよ。桃の言ってたコト、正直今でも実感がないっていうか……。あ、でも湯川さんは真面目な顔してるし、桃もわざわざ私にって言ってくれたから、それならお付き合いしてもいいかなって思ったんだよ。だから安心して」


 本当のところは、私にもよく分からないままだ。だけど勉強の合間に桃花とたわいもないおしゃべりをしたり、思い出ノートを作ったり、桃花がどんな3年間を過ごしてきたのか知るのはとても楽しかったし、地味だった高校生活の最後に降ってわいたこの波乱を今もちょっと楽しんでいる。だから……


「分かりました。それなら、いいです……。って横根先輩、『桃』って本当に呼んでるんですか?」


 あ、いつの間にか出ちゃってた。言いやすいし慣れちゃってたからねえ。


「うん、桃がそう呼んでって言うし」

「他の人、誰もそんな呼び方してないですよ。放送部の先輩たちも」

「へえ、じゃあ特別なんだ」


 特別な呼び方――、確か桃花も言ってた気がする。そうか、私だけか。優越感とくすぐったさが混じった不思議な気持ちになった。

 桃花に会いたいな。会って、今日のことを話したい――湯川さんから言われたコトも、私が思ったコトも。そんな素直な思いが、胸の中に広がっていく。


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