和佳奈と桃花(2-3)
椅子に座ったきり、また桃花はしばらくぼうっと表情をなくしていた。
どこか遠くを見るみたいな視線。何を、どう話せばいいのか探してるみたいだ。
「あのさ、和佳奈」
不意に目が合う。私をからかってた空気は、今度はちょっと真面目で切実なものに変わっていた。
「はい、何でしょうか」
気の抜けた私の返事。だけど桃花は、少しも表情を変えなかった。
「本当に、私でいいの?」
「はぁ」
「だからさ…… か、彼氏とか、好きな人とか、そういうのいたらウソでもやっぱり良くないんじゃないかって」
くすり。
さっきの桃花のとは違って、本当は「くふっ」とか「しゅっ」とかそんな意味不明の音が口元から漏れただけだったけど、何故か困惑気味の桃花を前にして自分の表情が緩んでいくのがわかった。
「いないよー、そんなの。つーかいたらさすがに断るって」
「だよね…… だよね。さすがにそうだよね」
「だいたいさ、私にそんな人いるわけないじゃん。こんな地味で目立たない……」
「そんなことない」
私の言葉にかぶせるように、ちょっと強めの桃花の言葉が重なる。
「……桃?」
「あ、ゴメン。だけど私は、和佳奈に恋人がいたっておかしくないって思う」
「ありがと、でいいのかな。まあでも現実はいないんだけどね」
「そっか」
「でも、こんなお話にいいよって言ってあげられるの、私だけかも知れないんだからね。ちょっとは感謝してよね」
「してるよ。つーかこれから始まるんだし。――ね、いつから付き合ってることにしようか?」
にんまり。「付き合ってる」って言葉を口にした桃花は、なぜか満面の笑みを浮かべてる。
「ええ? いきなりだなー。それ今必要?」
「必要だよー。リアリティっていうの? こう…… 付き合ってる二人もさ、最初はただの同級生だったわけじゃん? それで、まあ3年になるまでの間に色々あって、最初はお互いに別の人が…… アレ」
「あれ? 何が?」
「和佳奈、今まで好きだった人とかは?」
「この流れで今聞く? つーか私も桃も、いまいま言いすぎ? まあそれがさー、いなかったんだよねえ。残念なことに」
「へー残念。ていうか『わたしもももも』って、もがいっぱいだね」
「こらー! 何その全く残念じゃない感じ! もう、そういう桃はどうなの? 放送部とかにいい人はいなかったの?」
「ないしょ」
「ウソ、信じられない」
「あ、だけど同じ部にはいなかったな。いい子たちで部活は楽しかったけどね。そういう感じにはならなかった」
「……草越君には、好かれてるのに?」
あっちに行ったり、こっちに行ったりしながら、私と桃花の会話はやっぱりココに戻ってくる。湯川さんから草越君、草越君から桃花への一方通行の矢印に。
「う~ん、それなあ」
「どんな感じだったの? 部の中だとやっぱり仲良かった?」
「あいつは、結構私と似てるトコがあってね。やるならちゃんとやる、とか、演技するときは絶対に恥ずかしがったりしない、とか」
「おー、何かかっこいい」
「ちょっと頭でっかちっていうか、融通が利かないトコもあってさ。映像作品とか劇とか作ってる時は、部の子たちとしょっちゅうぶつかり合ってたよ」
「こだわり…… 職人肌、みたいな?」
「そうそう。普段は明るくて、まあまあイケメンで、先輩とも後輩とも楽しく話すタイプだから、ギャップあってね。んで、女子部員にはそういうトコが受けてた」
湯川さんの、思い詰めた表情を思い出す。真剣に恋してる、女の子の表情。
草越君とどんな風に関わって、草越君をどんな風に好きになったんだろう……?
「桃とは? 桃は草越君と、ケンカしたりもしたの?」
「私か~。私は、あんまり正面からぶつかったコトはないかなあ。『どう思う?』って聞かれて、『私ならこうする』みたいなのが多かったかな」
「や~。何か対等? パートナー? って感じ。草越君にとって桃はいつからか、特別な存在だったんだよね……。価値観が近くて、対等な目線で話ができる。俺にとってあいつの存在って、ちょっと他の子とは違うんだ……。とか? いいなあ、いいなあ」
「出た、和佳奈の妄想。ていうか、今あいつの心の声をセリフにしたの? 和佳奈も変わってるって」
「変わってなーい! 桃にだけは言われたくないんですけど」
「まあでも、もしかするとそんな感じだったのかも。 ……難しいよね。特別って、何なんだろうね」
不意に口を閉じて、桃花はしばらく物思いにふけっていた。辛抱強い私は、そんな桃花をそっとしておくことにした。
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