天使ムニエル

「こんばんは、関原涼君。私は『孤独対策課』の天使、ムニエルです。気軽にムニエルちゃんって呼んでくださいね」


 幼い子供に接するような明るくも柔らかい口調でムニエルは元気に言葉を出す。


「ムニ、エル……?」


 関原が困惑がちに彼女の名を復唱すると、ムニエルはニコリと笑って大きく頷いた。


「そうですよ、ムニエルです。貴方の孤独を救いに来た天使です」


「はぁ!?」


 驚いて声を荒げる関原に、ムニエルは優しく微笑んで一歩足を踏み出し、彼に近寄る。


 そして、くたびれた灰色のスウェット越しに関原の胸に触れると、そのまま手のひらを押し込んで手首まで手を埋め込み、彼の内側をまさぐった。


 ちょうど心臓の位置に直接、突っ込まれたムニエル手を見て、関原が声なき悲鳴を上げる。


 関原は硬直したまま、大きく開いた目で、大胆かつ繊細な動きをするムニエルの腕を見つめた。


「冷たいですね。ここまで冷たくなっているとは、流石に予想外ですよ。大人だから、これまでの人生で少しは良い思いをして、ちょっとは温まってるんじゃないかと思ったのですが。苦しみは人それぞれですが、ここまで『寂しさ』が強い子は初めてかもしれません。いや、みきちゃんと同率一位でしょうか。いや、でも……」


 丁寧な口調で独り言をつぶやくムニエルの表情は真剣だ。


 やがて、彼女は関原の内側で何かを掴むと、一気にソレを引っ張り上げた。


 関原の胸から出てきたのは、一冊の薄っぺらい本だ。


「こどもと、一緒だ」


 本を見たムニエルが露骨に驚いた表情を浮かべ、ヒュッと息をのむ。


 それから、彼女は真剣な瞳で黙々と中身を読み進めた。


 少し気合の入った映画のパンフレット程度の厚さしかない冊子は、すぐに読み終わってしまう。


 それでも、ムニエルは繰り返し中身を読みこんだ。


「お、おい……」


 突如、巻き起こった異常事態に目を白黒させていた関原が、ようやく声を絞り出して曖昧にムニエルに話しかける。


 紙面から顔を上げ、彼の方を見たムニエルは、大きな白銀の瞳からポロポロと涙を溢していた。


 ムニエルの泣く姿は、「嘆きの天使」とか、「慈愛の女神」などといった仰々しいタイトル付きの宗教画が描かれてしまいそうなほど、美しい。


「かわいそうに、かわいそうに、もう大丈夫ですよ、涼君。もう、平気です。私が、貴方が幸せな人生を歩めるようにしてあげますからね」


 大きな雫をいくつも瞳から溢れさせたまま、ムニエルはギュッと関原を抱き寄せた。


 豊かな胸に関原の顔面を埋め、ワックスのとれかかった、妙にくたびれた彼の頭髪をヨシヨシと何度も撫でる。


「おい、やめろ!」


 急に体につきまとう柔らかな感触と匂いに背筋が凍って、同時に酷く顔面が熱くなる。


 関原は、いてもたってもいられなくなって、声を荒げると彼女を押し返した。


 しかし、関原をしっかりと抱き締めるムニエルのたおやかな腕はビクともしない。


 むしろ、関原を抱き締める力を強めて、

「大丈夫ですよ。そんなに怯えなくてもいいんです。もう、平気ですから。対象者が成人男性となるのは今回が初めてですが、それでも、何人もの子供たちを救ってきたエリート天使として、できる限りのことをしてみせます!」

 と、宣言までし始めた。

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