第三話 薬園

「じゃあ、また明日~」

「うん。また明日な~」


 私は弥生と別れ、アルバイト先へと向かう。

 そう、あの「薬屋の翡翠」がやっている裏稼業の「神様の薬屋」の看板娘が私のバイト先だ。


「こんにちは……」


 恐る恐る昨日訪ねた、町で唯一の薬屋の門をくぐる。

 すると中には翡翠さんがいた。


「ああ、芽衣さん。学校終わったんですね。お疲れ様です」

「ありがとうございます。バイトにまいりました」

「もう来てくれなかったらどうしようかと思いました」

「やると決めたからには全力でやらせていただきます」

「よかった……さて、今日からは通常通り時給1000円になりますので」

「え……?」


 時給2000円じゃなくなった……? なんで?


「でも昨日は時給2000円って……」

「ああ、それはお試し期間の昨日だけですね」


 だまされた……。時給が初日に想定した半額になってしまった……。

 まあ、それでもこのちょっと田舎なところにしては時給はかなり高いほうだし、仕方ないか……。


「わかりました」

「昇給はありますので、芽衣さんぜひがんばってくださいね」


 まばゆい笑顔を向けられた。

 要するに仕事がんばれということだ。


「早速ですが、今日は岩戸いわと様がお見えなのですが、薬草がきれてしまっているので薬園に取りにいっていただきたいのです」

「岩戸さ……ま……? やく……えん?」


 「やくえん」というのは何を指すのだろう。


「岩戸様は岩の神様になります。本日は頭痛でいらっしゃっています。それと薬園は薬を栽培している場所です」


(ああ、「やくえん」は「薬の園」と書いて薬園か!)


「この札を持っておいてください。その札がないと薬園には入れないように結界が張られているので」


 結界……物語では聞いたことあるけど本当にあるんだなあ。


「いまり」

「はい!」

「芽衣さんを薬園へ案内してあげてください」

「ええ……でもわしには看板息子の任が……」

「い・ま・り」

「……はい」


 いまりは翡翠さんに促されると私についてこいと言う。

 私が「お願いします先輩」というといまりは途端に機嫌がよくなり、スキップしながら歩いて行った。



「ここが薬園だ」

「ひろーーーい!!」


 辺り一面見渡す限り、畑と木が植わっている。

 緑一面でどれだけの広さがあるのか私にはわからない。


「今回はウドを取ってくるように翡翠にいわれておるからそれを取ってこい」


 と言われても、私はウドの見た目の想像もつかない。

 しかもこのだだっ広い薬園の中から目的の一つの薬草を探すのは可能なのだろうか。


「薬園に何か御用でしょうか?」


 すると、何やら妖精みたいなものが話しかけてきた。

 可愛い……少女のような子が宙に浮いている。


「あれ? いまりさん、こちらの方は?」

「新入りじゃ、ウドを今日はもらいにきた」

「はじめまして、如月芽衣です」

「こんにちは、桜と申します。芽衣さん、以後お見知りおきを。薬草をとってまいりますので、少々お待ちください」


 そういうとふわーっと空を飛び、どこか遠くに飛んでいってしまった。


「いまり、桜ちゃんも神様?」

「桜は木の精霊じゃ。ここの薬園の管理全てを担っておる」

「え! この広さをまさか一人で?」

「そうじゃ」


 一人で切り盛りしていることに驚いていると、やがて桜が手に薬草を持って戻ってきた。


「芽衣様、こちらがウドでございます」

「ありがとうございます」


 そういって私は軽く会釈した。


「では、戻るぞ。翡翠と岩戸様が待っておる」


 桜ちゃんはこちらに向かって深々とお辞儀をして見送ってくれた。



「戻りましたー」

「おかえりなさい。ありましたか?」

「はい、ウドです」


 私はカウンターの上に薬草を置く。


「ありがとうございます。薬草を煎じてきますので、少々お待ちください」


 そういうと奥の土間のほうへと向かった翡翠さん。



 しばらくするとお湯のみを持ってやってきた。


「芽衣さん、これを岩戸様にお飲みになるようにとお渡しください」

「は、はい!」


 まだお客様相手だとちょっと緊張する……。


「岩戸様、お薬をお持ちしました。こちらをどうぞ」

「ああ、ありがとう」


 岩戸様はかなり体格のいい屈強な体つきをしていた。

 見た目は人間とそう変わらない。


「お嬢さんは見かけない顔だね、新入りかい?」

「あ、はい! 如月芽衣です。よろしくお願いします!」


 思い切り頭を下げてお辞儀をした。

 すると後ろのほうから翡翠さんの声がする。


「うちの看板娘なんですよ?」

「はは、そりゃあいいや!」

「わしがいれば十分だというのに翡翠は……」


 いまりが文句をつらつらと並べ立てる。



 やがて、症状もおさまったようで岩戸様が立ち上がった。


「さあて、現場に戻るかな、ありがとな、翡翠」

「ええ、また何かありましたらお越しください」


 去りながら手を振って出ていく岩戸様。


「芽衣さん、すみませんね、薬園まで行かせてしまって」

「いえ! 大丈夫です。それに薬園すごく綺麗でした!!」


 あそこは様々な草花があり、とても綺麗だった。

 行くだけで癒される、そんな場所だ。


「桜さんが管理してくださっていますからね、あの薬園は素晴らしい場所です」



 なんだかんだ、このアルバイト楽しくやっていけそうな気がする―─。

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